⑤魔女&異世界転移な件
セカイの、フードで影った顔が目の前に飛び込んでくる。
「あら…、こんにちは」
優しい笑顔だ。もっとも、笑っているのは陶器のような白色の仮面だけ。左顎から左頬までが三日月の形に欠けた仮面から覗くその口元は、ピクリとも動いていない。
「――ッ…!!」
認識阻害と残留魔法による完璧な視界誘導。更にビルの四階程の高さから客席を蹴っての高速下降、もはや滑空。加えて、着地した体重の勢いを一瞬にしてゼロにする圧倒的な脚力。今、後ろを振り向けば誰が実力者かが分かるはずだ。
「あれ、消えたぞ……」
「なんだ、幻覚か?」
「何が起きた……。」
――ザワザワ、ザワザワ。
息を呑むような大衆のさえずり。すなわち後ろを振り返った時、コレを目で追えている者は、こちらへ視線を向けている者は、強力な認識阻害に対する耐性と圧倒的に秀でた動体視力を有する確かな猛者。
……今の内に確認しておきたい。けれど目線が外せない。俺の鼻先でピタリと止まった彼女がジィーッと、仮面に空いた闇から俺の瞳を覗き込んでくる。とても長い時間、実際には一瞬だろうけれど。この体感時間はあまりにも長過ぎる。エルノアは今どんな顔をしているのだろうか。いや目ん玉を丸くして黒毛を逆立てているに違いない。俺は眼前のセカイから距離を離す。こいつのパーソナルスペースはバグってる。
「やぁ...、――ははっ、どうも…」
『誰?』
仮面の中の目線は鋭い。俺を見ている、俺しか見ていない。俺しか見ていない上で俺を認識してない。
『エルノア。久しぶりね?』
背筋の凍るような、冷たい声。それは小さくとも、突き刺す様によく通る。
「久っ...久しぶり、です。いや、というかその...。さっきも――」
上ずったエルノアの声を裂くように、セカイは首を傾げて言った。
『――さっき?』
「ヒェッ.......。いあや、そのぉ…」
恐らく、仮面の中満面の笑みで笑っている。目線を逸らすエルノアを嘲るように、しかしながら方向的には俺に笑いかけている。俺にしか笑いかけていないのに俺と会話をしていない。目が合っているのに、目だけ笑ってない。
「あ、あのー?」
彼女の黒目が一瞬間、大きく開く。鬼だ。鬼がいる。
『え?』
――こっ、怖ぇぇええええ……!!!
俺に気付いてる!俺に気付いた上で全く取り合わない。と、というか、怖ええええええ……!!!
『あれ? いたんだ。』
「……な、なに言ってんのお前?」
『誰の、どの口が言ってるの?』
――こっ、怖ぇぇぇええええええ……!!!目の前にいる一回りも二回りも小さいこの女に、身体も、心も、圧し潰されそうな、そんな威圧感がここにはある。
『ねぇ。私の命にも等しいダガーを失くしておきながら、一切の謝罪もせずに、一体どの口が、開口一番どの立場で、どのようにして声を出しているのって聞いているの?』
冷たい声色が俺の耳から脳を刺す。心臓は冷たい手で握られたかのように――キュウっっと、委縮する。
「大変……。申し訳、ございませんでした……。この度は……。本当に。」
俺は素直に謝る。しかし何故だか、少しばかり笑えてくる。とかく、彼女は失くした経緯だとかも事前に知っているのだろう。何故なら彼女は理不尽に怒らない。俺が怒らせるべくして怒らせたのだ。恐らく。多分。数秒の沈黙の後、セカイは腕を組み横を向く。
『まぁいいけど。』
――いいのか…
『ほらエルノア。もっと近くで顔を見せて。』
「えっ…、あ、はいぃ……。」
エルノアは渋った顔をしながら俺の肩から降りて、地に素足を着ける。猫の肉球付きでフサフサとした足では無く。真っ白な人間の足。黒い毛並みはストレートの長髪へと変わり、目の前にいる少女、ヤキ・セカイと瓜二つの顔が恥ずかしそうに眼を開き、彼女よりも少し低い高さで上目遣いに並んだ。
「お久…し、ぶりです。」
「さっき、会ったじゃない。」
「そう…ですね。」
意地悪な奴だ。というか、さっき会っていたのか。
「あ、セカイ!」
プーカがやっと認識阻害を抜け出し、セカイを視界に捉える。
「プーカ。久しぶりだね。」
「おぉおー。感動の再会、プーカもギューする。」
三人はエルノアを中心にハグをする。確かに、こんな光景は久しぶりだ。
――よし俺もギューするか、俺も俺もー。
心の中で冗談吐いた途端、セカイが睨めつけてくる。きっと心の中を読まれた。昔からよく思考を読まれる。きっとそういう呪いの延長だ。魔女め、魔女か。魔女だったわ。
『なに?』
――冗談じゃないですか。
「――被害妄想だ。」
『まだ何も言ってないけど?』
――ぐッ…。
俺はしり込みしながらも、とうとうソレを問い詰める。
「……なぁ、セカイ。単刀直入に聞くぞ。」
『なに?』
「目的は何だ。」
セカイは片手でエルノアの黒髪を撫でながら、その側頭部に頬刷りをして「心外。」と呟いた。何故かエルノアの耳元で。
「ひぃっ……。」
エルノアはセカイに身を寄せる様に縮こまる。
『私はただ、逢いたい人たちに、逢いたい時に、逢いに来ただけ。そしてその序に、君に怒っているんだよ。』
「短剣を失くしたのは……、悪かった。如何なる理由が有っても、お前が怒る理由は分かる。」
「そう。それなら良いけど。まぁ、あと折角だから私用も。」
やっぱり仕事か…。こいつが受けているんだ。どんな依頼だろうが、セカイが受諾したという一点だけで、もはやただ事じゃない。
「それを教えろって……。」
『んー。……嫌だ。』
急に子供っぽくなって、セカイは二人から手を離した、
「またね!」
そしてローブをバサッと身体に巻き付け、彼女は忽然と姿を消す。エルノアは唖然として、セカイの消えた空を仰ぎながら呟いた。
「ママ…」
――また言った。
「みんな!!」
合流したアラタが来た方向から、テツが何かのビラを振りながら近付いてくる。
「あれ、エルノア。」
「――え?」
アラタが驚き振り向こうと動く一瞬。エルノアは瞬く間に猫の姿へと戻り俺のたるんだフードの中へと潜った。
「どうしたテツ。」
「それが、形式はバトルロイアルだって。」
なるほど。どうりでトーナメント表が無かった訳だ。それに誰が選抜されるか分からない程に全員が装備を整えていた。集められたクラン数が多いのも納得。大所帯のクランがいるとかそんな理屈より遥かに整合性が取れる。つまるところ、トーナメントに出たきゃ生き残れと。
「で、場所は?」
「それが明記されてないんだ。ただ、“クランの総力を持って万全を期して集まれ”と。」
「この不親切な感じはアレに似てるな。」
思い浮かべた情景はテツと同じだろう。情報が限られた情報戦。始まる前から始まっている試し合い。
「うん……。探索士の試験みたい。」
呆れた顔のテツがビラを折ってポケットへ締まった。
『さぁさぁ、みなさんグランデ祭の予選を始めます!!』
唐突にバァンと扉が開き、ピエロの様な男が登場する。客席では観戦者がなだれ込むように入って来た。ピエロの声はそこかしこに反響する。マイクやスピーカーの役割を持つ伝達様の特殊な鉱石。
『大人も子供もさぁさぁ、席に着いて、用意は良い?観戦のお供にコークとサイダーは?ビールもいいね!ワインはもちろん有名所!カツサンドも忘れずに?定番はやっぱりホットドック!でも本当のおすすめは、名物伝統の墨タレ付き燻製イカ焼きだよ!』
いつのまにか台座の横に戻ったセカイが、小悪魔みたいな微笑を浮かべた。
『君らもだぞ勇者たち。さっき渡したワッペンは肌身離さず付けたかな?"失くしたら死んじゃう"から忘れちゃダメだぞぉ?』
――失くしたら、死ぬ……?ってかワッペンどこ!?
「――みんな、コレ!」
テツはそういうとワッペンと題された"龍の鱗"を俺たちに配った。
『それじゃあ行ってよう!!グランデ祭“決勝の部”スタァァァアアアアアッ・・・ツ!!!』
台座の横のセカイが両手を広げた。彼女だけではない。闘技場を囲むように客に紛れまばらに散った魔法使いたちが、一斉に立ち上がり、フードを捲り上げそれぞれに両手を広げ何かを唱える。
――何が起こる、何をしている、何が始まりこれからどうなる?分からないが念のためだ。分からないからこそ、やるべきことは定まっている。
『――エルノアァッ!!』
「良いよ。」
彼女は冷静沈着に小声で囁く。
刹那、エルノアは俺の肩から跳ね上がり、身体を仰け反って頭と前足を下にし、空中で詠唱した。
『――扉魔法・無角、円方転移。』
端的な詠唱。パッと景色が入れ替わった直後、俺たちの身体は光に包まれ、見慣れた光景の中へストンと落とされた。
「いててて……。」
頭をぶつけたアラタに手を貸し、俺は運転席で眠っていたリザの肩をポンと叩く。
「あ? ふわぁ。はぁ、終わったのか?」
「いや、……始まったんだ。リザ、キャラバンを固めてくれ。」
「ん。ふわぁうわ。はいよ……、何だかワケ分かんねぇけど、それ言う時は大体緊急だよなぁ。なんとかならないかね……。」
「確かに、いつもすまんね~リザ君。」
「はいはい。」
俺はせっせと動くテツたちを横目に、アラタの手を引っ張って屋上から顔を出した。
「え、なにコレ…?」
「さぁな。だが、多分初めて見るよな。」
赤い空に灰色の雲が浮び、局所的には噴石が降る禍々しい空模様。活火山は噴火を続け、ドラゴンはさも鳥の様に飛び回り、骸骨やゴーレムが市民のように平然と歩いている大地。景色にミスマッチしているのは飛ばされた他クランのメンバー、そして俺達だけであった。
『――なんだコレぇええええええ!!!!!!!!!』
状況はまだ飲めない。しかし、大規模魔法で転送が起きた。ならば現状、この場所にいることが不安要素であり、問題であるということを俺たちは"知っている"のである
「なんだろうな。ようこそ。異世界へ。」
俺はなんとなく声に出す。俺達だって状況は飲み込めていない。けれどこういう時のマニュアルが頭の中にはある。
「……えっ?」
アラタはそれに戸惑って言葉を失った様子であった。全員そうである。だからこそ俺たちは動じない。
「危ないから鍵閉めろー。」
リザが呑気な口調でそう言った。
{勇者の街・a}
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{二冊目相当(完)}
二冊目相当完
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