④屋台でソースを焼いた匂い。
{ドラコ・グランデ闘技場中央}
トーナメントの説明及びルール確認の為、俺たちはクランごと招集された。戦闘要員、非戦闘要員問わず。
場所はドラコ・グランデ闘技場の中央、すなわち戦地の砂場。我がクラン{ユーブサテラ}の出場者は二人である。無論その二人とは戦闘要員枠の俺とテツ。周りの冒険者たちも筋骨隆々な奴がクランの中に最低一人はいるだろうが、しかしテツ同様に、見た目などは指標にならず誰が戦闘要員かは分からない。特段、小柄でも大そう立派なロッドを携えている奴はまず戦闘要員と見て差し支えないだろう。強力な魔法攻撃を得意とする典型的な装備、取り回しは悪いが厄介極まりない。アルクのように飄々としているような奴も怪しい。上等な魔法使いは小枝のような携帯用のワンドだけでも充分に戦えてしまう。最も相手にしたくないタイプはそういった携帯用ワンドに片手剣を携えているような全距離得意型のバランス系魔法剣士。そういう奴は往々にして隙が無い。
「あれ、プーカは?」
「良い匂いがするって向こうの方に。」
リザは淡々と指をさす方向には、その時を待つ冒険者たちの人混みが有った。
「冗談だろ...」
俺は急いで人混みをかき分け、肉の油や、しょうゆ、砂糖、ソースが焼けるような豊かな匂いが広がる方向へ、すなわち客席の裏に広がる屋台の方へ足を運ぶ。
しかし場外に出られたら迷惑な話だ。説明を聞いて無かったから敗退しましたとか、別に珍しい話じゃない。バカは良くやる。
「――なぁ。」
視界では鼻の穴を広げながら歩くプーカを捉えると、突然、キャラバンを見張っていたはずのエルノアが、俺の肩へヒョコっと飛び乗った。
「えぇ...お前、見張りはどうした。」
「そんなことより…」
エルノアは鼻を鳴らして話始めるが、遠くに捉えたプーカが走り出す。
「――そ、そんなことよりプーカだ、見つけたぞっ。待てッ!!」
「うわッ、ナナ!」
遠くからプーカの驚いた声が聞こえる。気の抜けた奴め。
「うわ、じゃない。待て!」
「あの匂いを前にして、アルクからお駄賃を貰ったプーカはッ...!!」
俺の腕と腕の間をすり抜ける様にステップを踏むプーカを何度も掴み損ね、
「誰にも止められないんよ!!」
肩に乗るエルノアが揺れる。
「待つんだプーカ!――ほぅら、動くな!!」
プーカの肩とイカ焼きを持った腕を抑えた瞬間、
「うわぁああああイカ焼きぃいい!!」
「んなの後で食わせてや……」
「――おい、ナナシ!」
珍しく大きな声を上げたエルノアが俺の頬に爪を立てた。
「――痛っ、なに?」
「11時の方向だ。」
「んな、11時...?」
こういう時の11時は現在向いている方向から算出する。360°を12等分し、30°左に顔を上げる。そこにあるのは壁。更に上には疎らな人影、ポツリと双眼鏡で覗く貴族か大会関係者の女。その後ろには優勝報酬である短剣の台座。彼女らはその真横に立ち尽くし、俺達へと視線を送っていた。
『――っ!?』
「君も大概、気の抜けた奴だ……。」
見知った気配とその面影。
――気が抜けてるとは全くそうだ。グゥの音も出ない。
「じゃあ、……認識阻害か。ついでに睡眠不足による注意散漫。やっぱり疲れてるらしい、俺は。」
ウヌメン村からは寝る間が無かった。一晩掛けて追ってを巻き、何度か道を間違えながらも峠を下り朝になった。
「そうだな。」
コロシアムでは大会の開催を告げる陽気なファンファーレと、続くように流れる多様な吹奏楽のメロディーが会場に響く。
「何で教えてくれなかった?」
「ボクの主人は君じゃないから。」
それもそうだが。
「あっ、そう。それよりさ…」
俺はポケットに入れていた拳ほどの石つぶてを右手でギリッと握りしめ、生い茂る樹海よりも深く息を吸って、海底よりも深く息を吐く。
「――ナナシ!!」
握力は上々。血圧も上がり始めた。背中越しではアラタの声が聞こえる。喧騒の中で、か細く遠い場所から僅かに聞こえる。
……アラタの声だけじゃない。『声』が聞こえる。
無数の話し声が鮮明に隔てられて、一言一句余さず聞き取れる。音も確かだ。ドクンドクンと、速さの違う二つの心音が鳴っている。一つは俺の、もう一つエルノアの小さなもの。体感する時間は長く伸びる様にゆっくりと遅い。目に見える空間はより広い。それはまるで良く寝た後の朝の様に、意識は頗る冴え渡ってきた。
「それより...アイツ、距離近くね?」
エルノアが察したかのように肩からその上の空へ飛び上がる。俺はその刹那で握力から腕力、肩の力から腰の力まで目一杯に脱力してから振り絞り、石を投げた。俺は腕を振り切って、エルノアは肩へと着地する。
"投石は"真っ直ぐ進みながら浮かぶような下回転のストレート。
「ほぅ…、良く届いたな。」
投石を掠めた男が飛び上がって叫ぶ。
「そうだな、ビビッてやがるぞ横の奴、良い様だ」
「ちなみにアレは穏健派のクーベルタン公爵。自らママの…。じゃなくて、セカイの監視役兼護衛を勝手出たらしい。」
「えぇ…。やっちゃったよ。先言えよ…。ってかママって。」
穏健派クーベルタン公爵。北西地域のとある砦を管理、守護する実力者。有名な貴族だ。名前だけは聞いたことがある。聞かなかったことにしよう。
「いいや、良くやった。ボクもあいつはいけ好かないと思ってた。まぁ如何せん失礼な奴だよ。セカイの横にのうのうと。あと、ママって言ってない...」
エルノアは付け足す様に否定する。それは無理があるだろうと横を見るが、彼女の髭はいつも以上にピンと張っていた。ここは小馬鹿に出来る追討ちチャンス…。
「いや、確実にママってw」
俺は馬鹿にするように笑って言う。
「――言ってない。」
「いやwママって…w」
「――言ってな。おい、次言ったら嚙み千切るぞ。」
俺は内心でもクスクスと笑いながらエルノアを見ていた。
「それよりも怒ってるぞセカイは。君が失くした短剣をジッと見つめて一言だ、“殺す”って。」
厳密には失くした訳では無いことを俺は知っている。だがしかし、そんなことは恐らく重要では無く。一先ず俺の手元にソレが無いことばかりが問題なのである。
「……マジ?」
「マジ。」
コロシアムの音楽がまた変わる、客席に設けられたオーケストラの特別ステージからは、軽快なテンポは維持したまま緊張感のある雰囲気の曲調が風に乗って流れてくる。投石を頬に掠めたクーベルタンが天を仰ぎ慌てふためく。その動きは奇妙に派手で、壊れた人形の様だった。それに気付いたギャラリーはコソコソと喋る。
「……おい、アレがセルフ王女かな?ほら短剣の隣のさ……」
「ホントだ、瘦せたのかなぁ。」
「顔は見えない、仮面かアレ?近くで見たいな。」
「どうやら立ち居振る舞いは美人だったらしい、大会関係者から聞いたから間違いない。」
一つの小声が二つ、三つと重なり。やがて、広がり尽くした一つの喧騒の輪の中で、無数の目線が一人のフードを被ったとある少女に向けられた。そこは客を入れる前の物静かな客席、大手の冒険者クランを見ようと集まった貴族の集団から一つ視線を外した先。
実にその女はかつて、勇者と呼ばれる数多の英傑、そして数多ある国々の最も嫌悪すべき公敵であった。
「おい…、なんか怒ってないか?」
俺はエルノアに聞く。
「だから、怒ってるんだって。」
少女の名前はヤキ・セカイ。単独による革命と恐怖政治で中央都市アイギスを転覆、中枢機関を掌握し、あらゆる敵対勢力を破壊してこの世を統べた“元世界皇帝”。 そして今は、あろうことか、一般の魔法学徒である。
「本当?」
「本当だって。"殺す"って、言ってったって。」




