①勇者の街とクーベルタンへの投石
第11譚{勇者の街・a}
「何故...こんなことをしたのですか?」
彼女は一向に喋らない。黒いモノトーンのドレスを身に纏い、あたかも“それ”らしく振る舞っている。無口なのは緊張しているためか。否、彼女に限ってそんなことは無いはずだ。
「困りますねぇ、何か仰ってもらわないと。コミニュケーションは心同士の円滑材です。それが無ければ摩擦が生じる。実に、こういう時の貴女が何をしでかすかを想像するたびに、毎度肝を冷やしていますよ私。」
私にとってはジャブを打つような軽口一つすらも恐れ多い。普段なら冷たい圧力をかけるように脅しの言葉が返ってくるのだが、今は睨み一つで許されている。
いっそのこと殺してくれれば、仕事としては楽なのですけれども。いや、そうと分かっていればそもそも願い下げですがね……。なんせ面白いものが見れると聞いて来たわけですから。ここで死んでは元も子もない。
「ふむ、特等席ですな。」
私は土の大地を見渡す。もっともそれは限定的で、母なる大地とは客席で区切られた人工的で小さな大地の一部なのであるが、そこに立つものたちは全員見込みのある若者ばかり。ふむ、実に。『コロシアム』は簡素ながらに、この途轍もない大きさからか堂々たる威厳がある。
観覧席としては少し遠い気もしますが...、そこは警備上高い所の方がいいのでしょう。元より彼女に警備など必要無いわけですが……。しかしそれでは、折角彼女が"おめかし"をした理由が無くなってしまう。故にこの場所なのでしょうが、なんとも計算高い。
「なかなか、全員強そうで。私にとっては手も足も届かぬような猛者達なのでしょうね。あ、でもあそこにいる彼には勝てそうですよ私、ほら見えますかね?今辺りをキョロキョロしている彼。アレ、今目が合いましたね。アレ……、何か睨まれてますね私。アレ……?」
――そうか、そうですか。彼をずっと見ていた。なるほど。
「貴女が不機嫌な理由が分かった気がしますよ。恐らくは...」
そんな私の頬を掠めるように拳ほどの石つぶてが一つ、重力など無かったかのように一直線に飛来する。数十メートルは高低差の有るだろうコロシアムの中央から、この客席まで。
――ヒュッ、ガァアン!!
風切り音から、目を瞬かせる内に後方の座席が破損する。
「どぅほぉああ!!?――な、なんて恐ろしい。なんだ、はぁ...、やりますね彼。」
私は驚いた拍子に膝をつき、落とした帽子を拾って冷や汗を垂らした顔を上げる。すると彼女は手の甲を払い、ようやく私の為にその貴重な喉を震わせ、とても高貴なその一声を発したのであった。
「クーベルタン。向こう...行ってて。」
――泣けますね。実に。開口一番がソレですか。
「仰せのままに、陛下。」
皮肉めいた口調でそう言うと、彼女は微笑みながらまた私を睨んだ。
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{数時間前・キャラバン内}
「故郷に返してぇえええ!!」
「そんなものは無くなったろ。」
俺たちは白装束の詐欺師と孤児を乗せ、セントヴァン城下街へ向かっている。
「貴方のせいですぅ~。私の生きる場所がぁあ!!!」
「実際に旅人を騙してたんだろ?――良い機会じゃないの、外の世界で色々学んで、もし故郷に帰れたら村をいい方向に導いて、てきな。」
「だからぁ帰れないんです、貴女が私の居場所をぉ...!!」
泣きじゃくる女に対して慰めの言葉だとか謝罪だとか、兎に角俺は、なんてフォローしようかと頭を巡らせたが、…やめた。
「おいおい、じゃああんた三日後に蒸発して死ぬんだったよなぁ?でもさぁ死んでないじゃん。ねぇねぇ、どう説明すんの?俺の仲間も死ぬらしいんだけど。村長さんにそう言われたんだけど?」
俺が問い詰めるとニーナマは木床に俯き、ぶつくさと唱える。
「うぅぅ…、し、社会的に、その、死にましたし。」
なるほど、それは腑に落ちる。
「はぁ...。それに、俺たちが悪漢の集いだったら本当に死んでるんだぜ?生きてるだけでも感謝しなよ。」
彼女を誘拐した体裁は秘密事項である。実妹からの依頼だと言う事は最後まで伏せねばならない。
それからキャラバンのフロントガラスはしとしとと濡れ始め、リザはフロントガラスの一部に木とゴムで作られたワイパーを展開させた。
――ガッコガッコガッコ・・・・
静寂の中、ワイパーの稼働音と雨音だけが耳に響く。そんな車内の穏やかな空気を裂くように、ニーナマは口を開いた。
「うらっ...!!う、占いの一部は..ホンモノですぅ。死ぬなんてのはまぁ誇張かもですけど...不幸は、不幸は訪れる筈ですぅ。」
「あぁ...、へぇ、あっそう。」
ニーナマは上目遣いで俺を睨んだ。
「ま、まぁ。多かれ少なかれ呪いだとか残念な運命だとかのオカルト類に憑かれても、このキャラバンはそれを弾き返す。俺達には関係ない話だよ。」
雨の匂いが増してくる。もっともその根幹にある季節の匂いも混じって変わってきている。
「とにかく、確か…、次の街でお前には降りてもらう。近くに『観光で栄えた村』が有るからお世話して貰いな。あるいはその村で降ろすかもしれない。」
「なんてアバウト!!――嫌ですぅううう!!!人見知りなんですぅぅぅううう!!どうやったて生きて行けば良いんですかぁ!!!」
「大丈夫だって、アラタもその村で降ろしていく。仲良くやんなよ。」
「――えぇ!!僕も!?」
「そうだ、お前は10歳になるまでその村で過ごす。つまりは半年ほど。10歳になったら通いか寮生活で勉学にいそしむ手筈だ。」
「――聞いて無いよ!!」
「俺は伝言しただけ。詳しいことは知らないからジマリのギルドに手紙でも送って確かめな。どうせ腐れ縁なんだろ?」
「――えぇえええ!?」
アラタは心底驚いた顔で俺を見た。きっと裕福な城下街生活を夢見ていたんだろう。甘いな、甘すぎてスウィーティー。つまり甘い。
「あのなぁ、残念がってるようだけどエリート街道なんだぜ?多分。なんせ次の街は{勇者の街}って呼ばれててな、そこに建てられた学校も中々に評価が高い。英雄の街なんだ。」
「私は学校に通いませんっ!!お金もなぁああいいい!!!」
――うるせぇ。
「まぁまぁ。ある意味、悪い村を裏切った勇者な訳だしお似合いなんじゃないの。それに、近郊の村には色んな...」
「嫌ですぅうううううう!!!」
「聞けよ……。」
話し合ってれば時間は短い。別れの悲しさだとかは元より無いが、アラタたちの緊張が少しでも忘却の彼方へ消えてくれれば、もとい新たの冒険への昂ぶりへ変わってくれればそれは願ったりだ。
「晴れてきたな…」
リザが呟き、キャラバンには日が差し込む。目の前はあっけらかんとして、しかしポツリと遠くの方に立派な城壁と城が見える。その大きさからくる威圧感は近づくにつれ増していき、城壁の影にキャラバンが重なった頃にはジマリ街とは比較にならない程の発展した街並みが広がっていた。
監視所から駐屯兵の鎧、街の旗に至るまで精巧な装飾が施されている。城下街を囲むように広がる低い田畑のスケールはきっと、この街の食糧消費を補っても余りあるだろう。それにウヌメン村を含めた大小様々な村々が城下街の周りには有るという。きっと文化的にも物資的にも多様性に富んでいる。セントヴァン城下街。正にこの街は「繁華」そのものなのだろう。
{勇者の街}




