⑤死装束に巫女
そういうとスタスタと嫌そうに近づいてきたアルクの胸の前を俺は撫でるようにスッと一太刀、空を切ってみせた。
――ストン。
「たった今、切れました。」
「はて…」
「はて!!分かりませんでしたか!!ではもう一回。」
今度は座っている少女の前で短剣を振り下ろす。
「切った。」
「はぁ、何をですかな?」
――良い村だった。一期一会とは言うが、また来たい。詐欺師さえいなければ。
ふんすと鼻から空気を通し、俺は村長たちを見渡した。
「悪しき運命と、御縁が切れた。」
『――――――
依頼主 【ミーレナ・メンラス】
請負【ユーヴサテラ】
報酬【300000イェル】(護衛先までの諸々経費込み。救出確認後半分をギルド経由で支払い、保護先到着確認後残りを支払い。)
クエスト難易度:☆不明
・ウヌメン村、村長の娘(長女){ニーナマ・メンラス}の救出と下記に示す保護先までの安全な護衛。
・詳細を本人に伝えないこと。
――――』
満たされていた緊張感が飽和した。そこからは刹那のスタートダッシュ。俺は白装束の少女をタックルする様に抱えて後ろへ走る。
「行くぞユーヴ。」
「逃げるぞ!出会え!!出会え!!」
村長の背後、両端の扉がクルッと回り、覆面の黒服の暗殺者の様な奴らがワラワラと出てくる。
「――用意周到じゃねぇか。」
俺は短剣の幻影を掴み、村長の後ろにある神棚目掛けて投げつけた。幻影は鞘が溜めた魔法の集積が一気に爆ぜ、周囲が崩れるような幻覚を見せる。
「て...天井がぁ!!天井が崩れるぞ!!――うわぁぁぁぁあああ!!」
手をあげ、頭をふせ、叫び、飛び上がり。短剣からある程度離れた場所では村長を中心に狂い始めたようにしか見えないだろう。
「行くぞ!!」
俺たちは障子を破って、子供たちで溢れた中庭を飛び越えた。
「あ、おい!ニー姉だ!なんか出てきた!!」
「バカッ、予定通りやるんだよ!ほらッ!」
「そっか。」
「やだ~、逝かないでニー姉!!」
子供たちは揃って声をあげはじめる。
「祟りだぁ~!祟りだぁ~!」
「また当たったゾ~!!}
「ニー姉が死んだ~!!」
「あ、ナナシぃ~!!」
――見知った子供たち。
「ホントだー!、また遊ぼうね!!」
「おう。じゃあな!」
俺は滞在中に遊んだ子供たちに手を振り、抱えていた死装束の巫女を肩から背に乗せて待機中のキャラバンに合図を出す。
「――きゃあっ!!!」
「――行けッ!エルノア!!」
急速発進したキャラバンにテツはアンカーを打ち込みプーカと乗り込む。俺もすかさず踏ん張りを利かせ大きめに飛んで欄干へ掴まった。
「よし、峠を下る!目的地セントヴァン城下街!!」
「りょーかい!!」
リザは颯爽と舵を切り細い林道の入り口へキャラバンをねじ込む。峠はカーブと坂の連続だ。一つ曲がれば追手の姿は見えなくなった。
「……ふぅ、一息。しかし良い村だったなぁ。」
俺が言葉で一息つくとテツが屋上から手を伸ばしながら、不思議そうに言った。
「ナナシ。アルクは?」
テツの言葉に俺は後方をチラっと振り返り、鼻で笑う。
「やべ。」
アルクは泣き出しそうな顔で、鋼の槍を持った黒服たちに追われていた。
「何が悪しき運命だッ!!ナナシぃ!!!」
「ありゃ死んだね。」
テツがそう呟いた。
――――――
「テンテンテテレレン、テンテンテ、テンテンテレレン。テンテンテテレレン、テンテンテ、テンテンテレレン♪」
生い茂る大木らを割って出来た土の道路が、ひたすら斜めに下り続けるダウンヒルを滑るように走っていく。木造の車輪は特殊なゴムを巻き付け、接地面に対して食いつくように設計されているらしいが、この圧倒的な速度で進むキャラバンを操作するのは技術とか以前に度胸がいる。エリザは其処ら辺、鉄の心臓を持っている。否、圧倒的技量から来る自信か。あるいはバカなだけでしょうか。
「スピーっ、スピーっ、ボーイ!、アソスソー、カンビー♪」
前髪を吹っ飛ばしながらプーカが大声で歌う。俺とプーカはキャラバンに速度が出るとこうして欄干の隙間から足を放っぽり出し風を浴びている。アルクは全く対照的でいつも震えながらキャラバンの柱に掴まり固唾を飲んでは祈っている。テツの行動はまちまちだが、もしかしたら寝ているかもしれない。
「な、プーカ。その歌はな…ッ、わ、うわぁぁああ!!」
アラタは屋上に顔を出すや否や、階段を転げ落ちていく。
「おー、あぶねーぞー!素人は中で待ってなー!!」
アラタには、まだこのS席早い。もっともスペシャルだとかシークレットだとかでは無く、スリルのSが一番言い得てるのだが、ここまで行けばもはやD席、そうデンジャラス。
「あっ、よっ、よっ、よよいの、よい!」
峠の坂は長く、カーブも激しい。無論ガードレールなど無いわけで落ちたら一瞬で奈落行きだ。特にこのキャラバンは通常時車体が高くバランスが難しいはず、けどどうでもいい、今はただこのスリルが心地いい。
「ひゃっほぉううううう!!!!!」
カーブに差し掛かる度、―ズガガガガガ!!と、激しい摩擦音を響かせながら車体の向きが変わり、遠心力で俺の左肩がプーカにぶつかる。
「違うもっと抑揚をつけてだなぁ、アソスソオオ↑↑」
「なんだその歌は!!」
必死で屋上への階段に留められた手すりにしがみつきながら、アラタがヒョコッと顔を出す。
「分からーん!!世代じゃないー!!」
「はぁー!?」
向かい風は強烈だ。全員の前髪は後ろへ吹っ飛び続け、山間部特有の湿気で顔が濡れる。俺たちの声も風にかき消されながら音を届かせている。ひたすらに速く、ひたすらに長く、ひたすらに恐ろしい躍動的な一瞬の連続。昂ぶりが止まらない、心臓が跳ね続けている。
「ナナ~!?」
直線をぐるりと回って見えた直線に、格子状に重なった枝の壁がキャラバン目掛け飛び込んでくる。
「いきます!!」
俺はエルノアが倉庫から出した大太刀を振り回し、キャラバンに引っ掛かからないよう斬り分けた。
「おー!みごと!!」
「まだまだぁ!」
跳ね除けるべきものは他にもある。それは例えば猿だとか熊だとか蛇だとかよりも圧倒的に質量も危険性も高い障害物、奈落とは逆の方角から奇襲をしかけ、自ら身を挺し、共に崖下へ巻き込んで落とす悪魔のような自然現象。すなわち落石。つまり俺の役割は落石防止の傘であり、プーカは往々にして付き添いである。
「よっしゃぁああ行けぇえええええ!!」
俺が叫ぶ。
「進めぇえええええええ!!!」
プーカが叫ぶ。
「助けてぇええええええ!!!!」
アルクが震えて叫ぶ。
しかしキャラバンの中から聞こえてくる貧弱トレーダーの悲鳴はかき消されるように、俺とプーカは強く絶叫していた。来る目的地はセントヴァン城下街。数多の英傑を世に放ち、数多の伝説が始まったと言われている場所。その地は別名を{勇者の街}と、そう呼ばれていた。
「る~らー、る~らー、る~らー、らららら、飛行機雲...日向に描く~、ロケットボーイズが~うんたらかんたら~♪」
「なにそれ~」
「教えてやろうか!プーカ?」
「うん、たのまぁ!」
上りは果てしないこの道も、下ればまだ足りないと思う程に刺激的で、流れてく風景は時折妙に切ない。加速し減速しまた加速する木造キャラバンの上から、流れるように過ぎ去る景色の中に一輪、勿忘草が咲いていた。




