④とある旅人の話
首の横から喉仏へ、動脈が確実に切れる。骨は断たない。抵抗を出来るだけ減らし致命傷だけ与える様に、浅い一振り。吹き出る鮮血は空を舞いキャラバンの欄干は赤く染まった。倒れた身体は痙攣し続け、床には血の海が出来る。そしてもう、起き上がらない。
「こ、殺したのか...?」
「――当たり前だろ。命を狙われたんだ。」
俺は赤く染まった自分の短剣の、血に染まったその刀身を、血の付いたまま鞘へとしまった。
「その代償は命だろ。」
それを見たプーカは目をこすりながら階段を降りていく。何事も無かったかのようにお腹を叩きながら。
「どーも。」
テツは俺の肩を叩き、軽い謝意を述べてプーカに続く。
「んじゃ、飯にしよう。昼飯も兼ねてな。」
俺たちは一斉に動き始める。しかしただ一人、アラタだけは時間が止まったかのように立ち尽くしていた。
「おいプーカ、ちゃんと縛っとけよ。」
「えぇ~、切られたんじゃないの?」
「違う、足のことだよ……。」
「あぁー、なるほなるほ。…次からそうする。」
昼飯は牛肉を使う。朝は食べる奴と食べない奴に分かれるが、昼と夜は大体一緒に食べるのだ。
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「食べないの?」
屋上でいつまでも呆然と佇むアラタ向かって、テツが声をかけた。アラタは血の海に移る自分の影を見つめながら、目を丸くして言い返す。
「……人が死んだ後に、よく食べれるね。」
アラタは呆れた様に俯いて答えた。流れる血は一段ずつ階下へと広がっていく。
「――俺たちが人を殺さないと思ったか?」
俺はアラタの顔を見ずに言った。
「…思ってないよ。」
アラタは答える。
「そうだよな。俺たちだってもちろん人を殺す。敵だって俺たちを殺しに来るし、殺される覚悟を持っている、…はずだ。稀にリスクだとか考えないバカもいるけど、いつだって正当防衛は生者の権利だ。それが正当かどうかなんて問題じゃない。問題は俺たちが今ここで、生きて、笑って飯を食えるかどうか。そこで伸びている20数年間生きていた賊の人生なんてものは俺たちには関係ない。」
アラタは悔しそうに唇を噛んだが、真っ直ぐこちらを向き直し口を開いた。
「――それでも、人を殺すのが当たり前だなんてどうかしてる。」
アラタがキャラバンの壁を殴り、バァンと激しい音を立てた。エルノアは苦い顔をし、キャラバンには静寂が流れる。
どうでも良い。
久々のステーキだ。それも最高クラスのジマリ牛。格別な旨さが有る。咀嚼すればするほど、肉汁のジュースが口いっぱいに広がる。塩味は素塩でもソースでも良い。合わせるのは炊き立ての御飯、牛肉はたんまり有るが、これは先に米が底をつきそうだ。
「…ほれなら。……んぐっ。――まともでいればいいのか、キャラバンの外は四方八方にどうかしてる奴らをがいる。そんな中で俺たちだけがまともで、…生きていけると思うのか。殺しに来る相手に対して殺さない俺たちが勝てると思うのか。いまの賊だって迷いが無かった、きっと何人も殺してるぞ。」
俺は立ち上がりアラタの方へ近付いていく。縄を持ったプーカも同様に俺の背中に付いてくる。
「いいかー、お前がどんな物語を読んできたか知らないが、生け捕りなんて強者の特権だ。殺さずに制圧するなんて刃物を持った奴に対して普通はしない。」
俺は短剣を抜きアラタの顔前へ突き出す。
「なぁ、ガキんちょ。……こうしよう。俺とお前は他人同士で、お前は俺を殺す言葉を持ってる。お前がそれを言わない限り俺はお前を刺し殺す。その言葉は“やめて”だ。お前が「やめて~」と懇願すれば俺は止める。そして同時に、俺はお前に殺されることとする。」
アラタは何も言わず、周りの誰も言葉を発さない。沈黙の中でもキャラバンは動き続け窓から見える景色は移ろい、豪華な飯の香りは流れ、カタカタと走る音だけが車内に響いていた。
「3!」
アラタは俺を睨み続ける。
「…2ぃ」
俺もアラタを見ている。
「…1。」
互いの視線は一向に外れない。彼にとっては長い暇だろう。よう震えてらっしゃる。
「はい、」
俺は短剣を振りかざし、アラタに刺すフリをして自分の左手を貫い抜いた。
「グサリ…、と。」
手からは大量の血が噴き出し、キャラバンの床へ飛び散った。俺は短剣の向きを変えグリグリと穴を広げるようにし、出血量を増やす。傷口からは血と共に肉が抉り出る。
「――な、何してるんだ...!!!」
アラタは目を丸くしながら声をあげた。対して周りは表情を変えず一声も発さない。というか飯を食い続けている。俺はそのまま血まみれになった左手をアラタの頬へ、ベトリとくっつけて揺らした。
「…いいか。――お前を庇って今、誰かが死んだ。それがこの左手だ。」
「は...?」
「そして俺は次に、このままお前を殺して生き残り、お前の友人百人くらいを殺しましたとさ。大分月日が経ち、復讐が為に、やぁっと遅れてやって来た、とぉっても強い正義のヒーローが遂に俺を殺してハッピーエンド。めでたしめでたし。ここまで犠牲は101人。」
アラタは黙って俺を睨み続ける。
「お前の正義感が本当に正しいとは限らない。そして正しさってのは往々にして力だ。悔しかったら強くなれ、俺たちみたいにな。このイベントの教訓は、そんなところだ。」
俺は右手で、血まみれになった短剣をアラタの目の前に差し出し、血まみれの左手はその傷を見せる様に広げて見せた。
「あれ、」
短剣は徐々に靄の様に姿を崩し、流血はシミの様にぼんやりと、付着した皮膚や床の色に馴染みながら最後には跡形も無く消えていく。
「あちゃー、時間切れ。はいマジック終了!あれもこれも全部ウソでしたー!!」
俺は短剣の刺さっていた鞘を抜いてアラタに見せた。
「魔法の短剣(剣無し)だ。でも知らない人には鞘に短剣が収まってるように様に見えるし、短剣のリーチで敵を切れば幻覚が見える。無論、短剣が溜めた魔法だから、魔法が使えない俺が出しっぱなしにしてると魔法が解ける。」
「――なんだよそれぇ!!」
この短剣の名前を『皇女の短剣』という。今は鞘だけであるが、とある事情により鞘しかない状態の扱い方は熟知している。
「はは、悪かったな!酷なことして!」
俺は道を開け縄を持ったプーカの背中を叩いた。アラタはその場で膝から崩れ階段を塞ぐようにもたれ掛かる。
「上にいるオッサンも死んでないし、俺もケガはしてない。」
「はぁ~。酷い奴だ。」
――そうかもしれない。
「でもアラタ。もし同じ状況になったとして、俺が普通の剣を持っていたとしたら、俺はどうしたと思う?」
「――え?」
アラタは安堵の表情のまま言葉に詰まり、顔を上げた。
「まぁ聞いといてアレだけど、答えは無い。俺にもそんなの分からないさ。ただ考えておいた方が良いと思うよ。もし自分なら、もしこういう状況なら、どう動くのかなって、そうすれば次は、もしくはそういう状況に出くわしたのなら、その時は今よりも、もっとマシな答えが出る筈だ。まぁ《《相手が俺くらい》》なら、その前に死んでるけどなー。」
「はぁ…。」
腰が抜けたアラタを避けながらプーカが階段を上っていく。
「でも酷いな、全く、ハハッ。」
笑いながら袖で顔を拭うアラタをプーカが見下ろしながら、呟くように言った。
「――でも実話やんね。」
「え…?」
そう。これは悪人を逃し、多大な犠牲者を出した"とある旅人の話"。
「アルクー。ユッケはマズイかなぁ、新鮮ならいけると思うんだけど。」
「食中毒になったらどうするんだ。主に僕が!」
「食べなきゃ良いだろ。」
「有ったら食べたくなるでしょ……。」
「でも表面だけ焼けばいけるって。」
「私食べる~!」
運転中のリザがルームミラー越しに手を挙げて答えた。それに続くようにテツが皿を用意する。
「僕もだ。」
「じゃあ、アルク以外で...」
「――除け者にしないで...!」




