⑩底辺クランと上級シーカー
拳で割ったガスマスクの仮面からは空気の漏れる音が聞こえた。覗く善人面は薄気味悪く口角を捻り上げている。不気味さの塊のような奴。俺は距離を取りたいが為に胸倉を掴み咄嗟に奴を煙幕の外へぶん投げた。
ジマリ牛の糞は毒気を放っている。死なない程度に吸い込んでもらおう。
「ゲぇ...ハァ…、痛いな...、というかさ、おぇ……、思い出したよ。ハァ…君は地元の人間なんかじゃハァ…無いね?――入窟すら拒否されていた…、素人のパーティーじゃないか…。」
「――そうですそうです。いやはや、ざまぁないな。素人ルーキーにやられる気分はどうだ?」
倒れ込んだ男は気分が悪そうに俯いている。俺は落ちてる拳ほどの岩を持ち上げ当てやすい距離まで近づいた。
「終わりにしよう。俺はあんたに勝つ自信は無いが、敗ける気も毛頭無い。」
仮面の欠片を見つめながら、男は溜息を吐いた。
「その通りだね。じゃあ、どうするつもりかな?」
「――捕まってもらう。」
男はニヤけてこちらを向いた。
「おいおい…へへっ。――なぁ!…善人ぶるなよ。お縄に着くのは君もだろ?」
支離滅裂な奴だ。肺に毒が回るから黙っていて欲しい。
「俺なんもしてないもん。」
「君の仲間が私の仲間を撃ったね。彼は、はは…。傀儡だが…、ただの村人だった者だ。それに君らが遅れてこなければ、こんな悲劇は起きなかった。……か、神の罰さぁ!」
傀儡か、前提としてシーラに魔法は持ち込めない。なら催眠の類か、或いは人間を機械化したか、例えばオーパーツの力で。
「大方4人は仮面マスクを被せて操ってたんだろ。人に当てた弾だけは性質が他とは違うはずだから、牛に殺されて無きゃ死んじゃいない。それに、隷属させてない共犯者だっているんだろ…。」
興奮冷めやらぬジマリ牛の第二波は風に流れたフレアの煙と共に流れていく。隷属させていない共犯者とは、例えば中間層で目撃された{偽ユーヴサテラ}の一人だ。
「それなら、ここでアンタらを止めたとして、別の所でまた人が死ぬ。」
――こんなの、結果論に過ぎないが。
「はぁ…ははッ、じゃあ君らは...、冒険者たちが死ぬと分かっていて、その上で、…止めなかったんだな?!そうだよなァ?!ヒェッヒェッ…ゲホッ...!!はぁ…、はは…、そうさ、ここは高難易度特殊領域、シーラだもんなァ?!」
見殺しにしたとでも言いたいのか。どうでもいい、それよりこのダンジョンは深部に迫るにつれ毒ガスが濃くなっている。加えて風向きは芳しくない。身体に回ってしまうから、本当にあんまり……、まぁ、いいか。死にたきゃ死ね。
「確証は無かった。不確定要素をペラペラ喋ったって、俺らみたいなよそ者は殴られて終わりだ。」
「殴られた..腹いせだろ…?」
「ンなわけ無いでしょ。」
「――いいや!。いいか、はぁ…、君らは悪だ。ここがシーラと分かっていて彼らを見殺しにした!私は神に誓って私の正義の為に行動したぁ…、はぁ…、確証だったよ君が、あぁ神よ!はぁ…、これはジハードなのですね…。ゲホッ…!!」
――人殺しが善だ悪だ語るな。なんなんだよコイツ、めんどくせぇな。
「結果論だろさっきから。てめぇの理屈じゃ、俺たちは飯も食えねえ貧困者を毎日見殺しにしてるし、そうと知ってて美味い飯食ってる奴らは全員悪だ。」
「……そうだ!はぁ…!!そうなんだ!ゲホッ...!!だから僕は毎日祈っている!はぁ…、ハハッ神にィ!そして絶対的な力の元に世界を統べる。ガハァ…、悪は悪では無く、善は悪を知り、はぁ…、ガレス様の名の下に世界は…」
「――そのガレスは俺が殺した。」
「は...?」
真相はどうであれ、この明言にはメリットが有るはず。
『見つけたぞッ、……ユーヴサテラァ!!!』
分かり易い反応だ。やはり既に標的にされていたか。ただ、情報は浅い。顔も素性も人数も知らなかっただろう。しかしなんにせよ厄介だ。
動揺を隠すように俺はケラっと笑ってやりながら、持ってた岩を全力で頭部に目掛けて投擲した。
――動揺は隙なんだよ、馬鹿め。
恐らく死なない程度の力加減。ガッと顔面にめり込んだ岩石。恐らく男は気絶した。まぁ、毒にやられて死ぬよか良いだろう。なんせ、苦しみを持って贖罪を果たせるのは、生者だけなんだから。
死なれちゃ困るんだよ。
――――――
{ジマリ大洞穴・C2}
「テツ。早かったな。」
「……急いだからね。アイツらは?」
「五人ともテントの中。縛ってある。死んでるかもだけど...」
空気には流れが生まれ、強くなり、風になる。挿し込む光も強くなり川の流れは反転する。一時的か、恒久的か、シーラを攻略すると環境は緩くなり探索が容易になる。ジマリ牛はまるで牧場の乳牛の様にまったりと太陽を浴びて伸びている。これほどまでに環境を一転させてしまう要因を最深部まで潜り、取り除くなり、破壊するなり、手に入れるなり、如何せん一人でやってのけるのは天才だ。それにテツは毒ガスを首巻き一枚で防いでいる。
「終環点には神棚と秘石これが有った。」
テツは透明な黄金色に輝く丸石を取り出し、俺に投げる。シーラとは本来、初見単独で踏破、攻略するものでは無い。終環点とは時に、人生を賭してでも辿り着けないような高見である。
――怪物め。
「ナニ?」
俺の視線に気付いたテツは睨むようにこちらへ振り向いた。
「いや、スゴイなって。」
「どうかな。このダンジョン、レベル4が良いとこだよ。」
――充分過ぎる難易度……。レベル5が通常のプロレベルの限界と呼ばれている。一つ手前だ。
テツは微かに笑いながら帽子を取る。短髪だった髪は首巻きの中へ入り込むほどに伸びていた。伸びた髪にうなじが隠れていると、それはそこはかとなく女子っぽい。髪は汗のせいか湿気の為か、少しばかり濡れていた。
「随分伸びたな。……散髪行くか。帰ったら。」
「いい。リザに切って貰う。注文面倒だし。」
「アイツ何でも出来るよな……、お嬢様だからかな。…おしゃれな服とか生地の性質とか色々詳しいし、でも、本人は簡素な服着てるよな。何でだか。」
「汚れるからじゃない。あと動きやすいだろうし。」
「…機能的なのか。」
焚火を囲み、カップに入った牛乳を飲む。ホットミルクだ。多分菌とかは死んでるはず。日は段々と落ちていき、風には冷気が混じっていく。
「…眠くなってきた。」
「よいよい、功労者はゆっくり休んでてくれたまへ、見張りはやっとく。」
もう一度、ホットミルクを口に含んでカップを置いた。テツはその場で横になり丸まって、身に付けた布類に器用に包まった。プロのシーカーは何処でも寝れるらしい、俺なんか枕の高さ一つで不眠になる。
さて……、疲れた。温泉に入りたい。
ジマリ街には天然温泉が湧いているらしい。ジマリ大洞穴の鉱泉は特段高い効能を持っていると有名で、そこから湯を引いているとか。
――あれ、こいつまさか源泉…。いやそんな時間は流石に無いよな。。。
一人になると色々考える。考えながら空気を深く吸ったり、それを細く長く、遠くまで飛ばしたり。肺をしぼめて膨らませて、ここでしか吸えない空気を確かに身体に取り込んでいる。
――――――
「なーに考えているの?」
――時に、ふっと意識が戻る。
「……いや、なんでもない。」
気付けば、キャラバンはC2へ辿り着いていた。黒猫エルノアは何故か機嫌が良い。
「なぁ、まだ生きてたのか。なぁ。」
殊更嬉しそうに聞いてくる。とてもウザい。
「悪かったな。」
「――悪かったにゃぁ~。」
ムカつく猫だ。柔らかいほっぺたしやがって。
「真似するな。」
「――真似するにゃぁ。」
「はぁ、ウざかわ……」
感嘆の溜息。俺は焚火を消してカップを遠くへ投げた。ここに来た記念の、不法投棄である。
「悪人め。」
「まぁ…」
割れた陶器を見下ろして思う。
「その通りですよ。」
――きっと大丈夫だ。土は土に帰る。
俺は立ち上がり、テントへ潜って、解体した牛をキャラバンへ運んだ。
「ナナ~!!神ィ!!」
「――僕が撃った…。」
「おい、誰が運んだと思ってるんだ。ほら、言ってみろ…、なぁ…言ってみて下さい、重かったんだから。」
肉塊と諸々の道具をゲートに繋げた倉庫の中へ、重傷者は極力横にして、後は満員電車の如くキャラバンに乗りこんでもらう。身体の動くものは屋上だ。
この光景もデジャヴのなかに有る。俺たちは救命クランではないが、この結末すらも神々の森域エル=フォレストの術中であるのなら、悍ましいことである。
鏡のようだ。対象のダンジョン、その対称に位置するシーラ。
俺はキャラバンの屋上で、風に吹かれながら、腰に差していた短剣でさり気無く秘石を打ち砕く。何が起こる訳でも無い。眩い光に包まれて幻視が見えるだとか、攻略本が現れるだとか。本当に何も無い。ただ今は、それだけの事実に安堵している。




