⑥~進行~ 薬師と交易人
「おっ。」
胴体に大きな穴の開いた、かつて人間だった物。
現在では獣を引き寄せる新鮮な餌である。
最もダンジョンでは特段珍しい光景では無い。
彼らから借りた通信石は、見知らぬ冒険家らへと繋がった。
どうやら連絡を取り合う寸前だったらしく、ギルドへの周波数は分からないままだ。
可能性が有るとすればギルドからの連絡を折り返す形。
向こうから連絡が有れば通信石のダイヤルは勝手に正しい周波数を刻んで回ってくれる。
つまり今、俺たちの目の前にある"死体"の通信石ならば、ギルドへ繋がる可能性が高い。
「行こう、リザ。」
俺はキャラバンへと乗り込み、血にまみれたそれを握る。
死体漁りは趣味じゃないが、このままでは死んだ冒険家らが浮かばれないだろう。
「ナナ~。」
キャラバンの床に腰を降ろし、鼻をスンスンと鳴らしながらプーカが口を開いた。
『毒臭い。』
ここにいるプーカという奴は、
日頃は大層適当な奴だがその手の冗談を言わない。
実に毒臭いなんて罵倒ならば可能性は有るが、
プーカは五感が受け取ったあらゆる毒性を敏感に察知する万能のカナリアだ。
恐らくは毒性反応。
キャラバンは別段なりふり構わず走り始めるが、
俺は戸口をしっかりと閉め屋上に出た後でハッチも強く引っ張った。
「ロックしてくれ。」
「はいよ。」
リザがスイッチをパチリと下ろし、
遠慮無しにガチャリと鳴った音でキャラバンは外界との空気が遮断される。
驚くべきことに俺は毒に耐性が有り、
プーカには完全に毒が効かない。
しかし残りの三人と一匹には酸素残量という一定の猶予が設けられただろう。
――カラカラカラ、カラカラカラ。
通信石が音を鳴らす。
俺は今、何を言おうか考えている。
世界とは不可解であり、その真実はいつでも未知だ。
いくら証拠を揃えようと、
目に捉えられていなければ、
そしてそれを理解出来なければ、
俺たちは疑心と未知の海に溺れるのだろう。
所詮、他人の考えなど分からないものなのだ。
それ故に、これはほとんど確定的な"予測"でしかない。
「はいッ、こちらギルドです。」
――おっ、当たり。
「あっ。あっ、あぁー。聞こえますか? 少し電波が悪いな。……いや電波じゃないのか。」
俺は屋上からフロントガラスへ顔を垂らし、
ダンジョンの中心から逸れるように指をさした。
恐らくはこの粉塵に含まれた魔素がジャミング代わりになっている。
「――もしもし?」
「もしもし。」
通信石からは聞き馴染みの有る声がした。
「あ、お姉さん?そっかそっか話が早いや。今しがた深層で事故が起きたらしくて、誰も救助に行けないだとか。話によればもう死人が出てるとか何とか。あぁ、後何人生きて帰れるのかなぁ?」
「そ、それは本当ですかっ!?……い、いいやそれより。一体、貴方たちは誰なんですか!?」
焦燥交じりの声色に、
本当に覚えていなさそうな口調。
ビール瓶で酔っぱらいにぶっ叩かれいるんだからもう少し覚えてもらいたかった。
「誰ですかって、酷い人だな。」
道端に逸れて見えてきたのは避難者ら数人の列だ。
先程の死体を見てしまったからには、
あの列へ混じりたい心境では有る。
しかし今は、俺たちみたいな曲がりものにしか出来ないことが有る。
そしてここがダンジョンであるならば。
「――では改めて。ウェスティリア冒険者ギルド登録クラン、ユーブサテラ。リーダー「ナナシ」、団員数5、階級位はFランク。」
滑走するキャラバンのハイビームを反射させた、
怪しげな紫色の鉱石たちがチラチラと照らす。
中には5人と一匹が常闇を切り裂き運ばれる。
通信石の先では番台嬢が思い出したかのように、
「はっ…!」と声を漏らした。
「クラン種別・探索士。」
・・・・・・
「種別、探索士……?」
「き、聞いたことが有りますぅ。」
受話器越しの声が漏れる。
「そ、そそれは超高難易度ダンジョンの調査に特化した冒険者の職位。かかか数々の変人奇人が集う特殊な集団のそそ、総称。それが探索士、いわばダンジョンの専門家です。」
『――バカかてめぇっ!!!!!!!』
耳をつんざくようにして聞こえたのは、昨日の酔っぱらいの声だ。
第一声から暴力的な荒っぽさを感じる。
「バカとはいささか――」
『今すぐ戻れアホンダラァ!!!!てめぇらみたいな若輩者がッ――』
――戻りたい気持ちは山々だ。しかし、
「登録番号132、ワイリー・スペンサー。」
『はぁ!?てめぇ、ワイリーがどうしたってんだ?!』
俺は通信石の持ち主の名前を唱えた。
キャラバンはいずれにせよ、
風を切りながら深淵へと突っ走っていく。
「死因は氷塊による魔法攻撃、内臓を穿たれ即死していた。」
「はっ?!――ア"ァ"!!?」
要領を得ないような返事に、
俺は少し語気を荒げて返す。
『殺人鬼がいるっつってんだよ。』
ともすればだ。
ともすればダンジョンで起きた何らかの事故は恣意的な人災、
すなわちテロである可能性が高まってくる。
あの死体を見た瞬間に俺たちの中では、
そのドロドロとした不穏な可能性が沸々と煮え滾っていた。
「本当ですか?」
応答主が番台嬢へと変わった。
「えぇ、あれは他殺体でした。取り敢えず、このダンジョンで何が有ったのかを教えてください。」
少々息を呑むような音をさせて、
有り得ない程に長く感じるもどかしい沈黙を挟んで、
ついに番台嬢は口を開く。
それは何処と無い焦燥を感じさせるようにして。
「第三層の"魔鍾石"と呼ばれている巨大なつららが、崩落しました。魔鍾石は魔素の塊で、震度計からは崩落の原因が冒険家らによる魔法の暴発だと予想されます。とにかく、一番重要な問題は空気です。ジマ岩窟の土は疫虫菌と呼ばれる菌毒と雑芝郡の高水準の植物塩基をふんだんに含んでいる為、舞い上がった粉塵が新しい空気に流されなければ、肺から身体を蝕まれます。」
「そうですか。」
「探索士だか知り得ませんが、今その場から踵を返さなければ貴方がたは泡を吹き、爛れた皮膚を眺めながら頭痛と吐き気に悶え毒死します。そして、貴方たちには第三層へ挑む権利が有りません。如何なる正義感を宿していたとしても、例えそれが慈善であろうともッ、貴方がたにはそこに立ち入る――」
「正義感?」
俺は通信管の蓋を開き、車内へ会話の音が響き伝わるように話す。
「俺たちに正義感なんてありませんよ。有るのは第三層へ挑む権利、『上質な芝香草』の採集クエストとウィリアム婦人からの『救援依頼書』です。そしてギルドへの連絡を図ったのは交渉の為。危険かどうかとか、引き返すべきかどうかだとか、もとより聞いて無い。」
「はぁ!?」
「そしてこれは今現在ギルドが出しているであろう緊急クエストと同等な内容のものであるはずだ。そして俺達は、これを完遂しに行く。例え猛毒の岩窟内であると理解していても。」
『だからッ!!それ以上先に行けば――」
俺はキャラバンの窓をコンコンと叩き、
開いた戸の中に通信石を放り込んだ。
アルク・トレイダル。
彼はこういった類の交渉を嫌っているが、
杜撰な管理体制をしいたギルドへの当てつけだと言ったら、
すんなり首を縦に振ってくれたのだ。
「えっ、あぁはいはい。あー代わりましてアルク・トレイダルです。現状この地は超高難易度ダンジョンと言わざるを得ない状況に変わりました。そこでギルドからの報奨金についてですが。」
「あのッ――・・・」
アルク・トレイダル。
貿易商トレイダル家長男。
現ユーヴサテラの詐欺担当、もとい交易人である。
彼の交渉術は砂から金を生み出し、泥から金を生み出し、
ゴミから金を生み出すものだ。
彼はダンジョンでは文字通りの『無力』で、ビビりで、
置物以下のお荷物になるわけだが、
この弱小クランが探索士として生活できている理由も彼の手腕があってこそである。
「……まずは、一人頭10万イェルが妥当だと考えています。何せ要救助者は街の希望ですからね。損失を考えれば当然。それに、命はお金に換えられないでしょう。」
「……まっ、あな……ちは何を――」
アルクは奴隷商だとか、臓器売買だとか、
スラム街に蔓延る貧富の差すら嫌悪を走らせる善人だ。
しかしいざ交渉が始まれば悪魔的な要求を通してしまう。
これを詐欺師と形容せずして何と言うのだろう。
「事故現場まではあと二分で着くでしょう。通信はそこで途絶えるはずです。さて、彼らの安全の為に存在し搾取してきたギルドが、ここで彼らの為に要求を呑めないのであれば、貴女方はなにゆえ存在するのでしょうか。疑問ですね。」
アルクの交渉額はギルドがギリギリ捻出できるラインなのだろう。
そういった交渉相手の事前情報は、彼の頭には往々にして蓄えられている。
通信石越しには、ギルドの焦りと苦々しい声が聞こえてくるのだろう。
――なるほどこれは、底辺クランだ。
Tips【クランクラス・探索士】
『世界中を旅して回る者や、ダンジョンや危険地帯に日々挑む者を総称として冒険者と呼ぶ。その冒険者が徒党を組んだものが冒険者クラン。クランクラスは専門位とも呼称される。
その冒険者クランの中でとりわけ、、、
☞ダンジョンでの地図作りや後衛への開拓を得意とするのが{開拓士クラン}。
☞ダンジョンの管理、整備を主な得意とするのが{調停士クラン}。
☞地域特有の専門的な技術、知識を補佐するのが{案内士クラン}。
etc...と言う様にクランの得意に合わせた資格をクリアすることで、専門位(=クランクラス)が与えられおり、その中でも、、、
☞超高難易度ダンジョンの攻略を得意とする{探索士クラン}は、歴史こそあれど近年まで国や地方によっては秘匿されてきた存在だった。噂程度、都市伝説、教えるに足らない存在、隠蔽。その最たる理由は超高難易度ダンジョンに対する情報がどれも貴重なものである為であり、攻略時の見返りが各国の軍事バランスを崩し得るからとも言われている。』