⑤洞穴のダンジョン
「中央の大洞穴には、――ヒェッ!!!途中までしか荷車では進めません!――から...!ですから!ですからどうかぁ!――スピードを緩めてくださいぃぃ...!!」
――風を切って走る。否、滑り落ちている。
誰にでも事情はある。冷淡な受付嬢の過去、ギルドマスターの配慮、義父親の消えた少年の想い、それに応えた謎の冒険家、呼応した地元の冒険者、その末路を前にしたさっきの男。
――その全てが眼中に無い。俺たちは所詮利己的な底辺クランだ。だが自分の尻拭いすらできないクランを"ダンジョン"は見逃さない。
「全速前進。」
馬のいない馬車が一人でに走っている。その正体は魔法原動型四輪駆動荷車、通称{方舟}と呼ばれるもののロストテクノロジー版。すなわち、オーパーツ。詳しいことはまだ俺にだって分からない。しかし、リザがこのロストテクノロジーに改良を加え、方舟の能力を最大限まで引き出したことは事実。俺が初めに見たこの方舟には、運転席など無かった。そしてこの仕掛けも。
「飛ぶぞ!」
リザの合図で皆が手すりを掴み、俺とテツはキャラバンの屋上で欄干を掴む。大入道から来たるジマリ大洞穴第1層から第2層までの道のりは45°程の傾斜で下り続ける直線、ダンジョンとしてはシンプルな内部構造で、俺たちが選んだルートは1層の{大空洞}から2層の入り口{開門の鍾乳洞}までの強引な滑空。悪く言えばゴキブリ式。
「―ハハッ、ヨーソロー!!両翼展開ッ!!」
リザが下で掛け声を出し、キャラバンからは木造の薄い板で出来た大きな翼が上下二枚ずつ広がった。フライト時間はおよそ2分間、猛烈な速度での落下に近い行軍。時折バウンスする衝撃。突き出す岩壁も合間を潜って抜けていく。横移動の制御はラダーと呼ばれる翼で風を受け流し行われるが、それでもぶつかりそうなものは狙撃大気銃(狙撃銃のオーパーツ)か爆弾矢で予め脆くし突っ込んでいく。つまりは突撃、襲い来るモンスターも岩の障壁も体当たりでぶっ壊す。名付けて『何とか、保持する、滑空作戦。』
「前方、下凸!!」
俺は弓を引き、キャラバンの速度に乗せた爆弾矢を的確に放つ。放った矢は天井からぶら下がる形の岩にぶつかり、衝撃で爆ぜる。しかし流石にまだ堅い。キャラバンと岩がぶつかる刹那、俺は大太刀を振るい岩を横一閃に薙ぐ。
「もういっちょ、左右上凸、距離200ッ!!」
刀身5尺に柄は30㎝。合計六尺おおよそ180㎝の巨大刀。この大太刀はこれをやる為の特注品である。圧倒的な向かい風をゴーグルに受けながら、欄干を踏み台にバランスを取り、首巻を靡かせたテツが両翼にぶつからんとする岩を狙撃する。
「左、甘いかも...!」
脆くなった岩に、とどめの如く突撃を刺して穿つ。
「――なるほドォーナッツ!!」
岩壁のドーナッツはそのまま砕けて下に落ちる。続けて右を狙うテツの後ろから、俺が矢を放ち、穿たれた岩の風穴に爆弾矢を着弾させる。
そんな息もつかない作業を繰り返し繰り返し繰り返し、高速で何度も繰り返し、死の淵でリスクヘッジをし続ける2分間。俺たちの意識は限りなく研ぎ澄まされ、動きはずっと洗練されていく。
「よーし、減速!!」
減速は2つのパラシュートを一瞬間広げ、切り離し、キャラバンに取り付けたアンカーガンを天井に引っ掛け、次第にブレーキする。その際にかかる衝撃は計り知れないが大部分は展開された木造の腕型スプリングアームに吸収させる。
「落下傘!」
制御は運転席から行われるが、偶の誤作動で発動しない時は上の補助役が手動で展開させる。それでもダメなら猫の手を借りる。スタミナの無いエルノアは往往にして奥の手だ。
「接地するぞ!」
―ズガガガガガ!!!と、衝撃的な衝撃音が鳴り響き続ける。岩を砕き、数多のがれ場を残しても、しかし方舟は壊れない。
「...おい、無茶をするな。」
平静を装った、冷や汗ダラダラの猫が俺を引っ掻いてぼやく。
「いつものことだろ。」
「ははは、楽~しぃ~。」
――バンチュ!!
笑いながら額の一汗を拭うリザの表情が曇る。
「ちっ、スライム轢いたぞ。」
「いつものことだろ。」
止まった瞬間はいつも鼓動が早い。怪訝な表情のエルノアを撫で、俺とテツはキャラバンの中へ戻り装備を整えてから食卓へ集まった。
「さて、作戦会議をしよう。」
「遅ぇよ!!」
「なんだー。いたのか!!」
『――"君・お前"らが連れてきた!!』
顔の腫れあがった子供が泣きべそを掻きながらへこたれていた。隣の"受付嬢だった"女も真っ青な顔をし一口ゲロを戻す。なんと仲のいいことで。
「―オロロッロッ...」
「チッ・・・」
それを見たエルノアは聞こえる程度の大きな舌打ちをし、展開した闇の中へ吐しゃ物を消した。
「飯を出せ。」
エルノアが腹を空かせて睨んでくる。可愛い奴だ。
「飯を出せ~ぃ」
プーカもそれに呼応した。
「そうだな。確かに、…そうしよう。うん、ここをキャンプ地とするっ。ここから順応と調査を進め、環境次第で進行を判断、更に小隊に分けて二層へ行こう。」
俺は自身の提案を口にしたあと、真っ先にテツの方を見る。ダンジョンでのルート取り、日程調整などの計画づくりは、テツがその肝となっているからだ。そう、彼女の危機察知能力だけが俺たちにタイムリミットを伝える。
「そんなに時間を懸けるんですか?そんなことをしたらリスクがっ……」
「――貴女は、この場所を分かっていない。」
テツが淡々と切り捨てるように呟いた。
「分かっていないって、私はココの受付番で...!!」
「――テツの言う通り。」
横槍を入れるように俺も呟く。俺達みたいな特殊な冒険者たちには、すぐさま勘づかなければいけない事象だ。特殊な冒険者、もとい専門家。目を丸くしながらこちらを見る彼女らには、やはり説明が必要みたいだ。
「ここは、"普通のダンジョン"じゃない。」
「ふ……、普通じゃないって、ダンジョンに普通も何もッ...!!」
その通りだ。ダンジョンなんて全て尋常じゃない。尋常じゃなく獰猛で等しく危険が潜んでいる。ただ許容される異常の範疇を超えた、冒険者が然るべき危惧を認識すべきダンジョンは、少し変わった言い方をされているのだ。すなわちここの実態は、
「――実態は、《《超高難易度ダンジョン》》{シーラ}」
「シー、…ラ?」
うん。と頷き、俺は辺りを見渡した。
「そう、ここはシーラって呼ばれる特殊領域の、その“片鱗”なんだよ。」
こうなれば、話はだいぶ変わって来るだろう。事前に入手したダンジョンの詳細も、ここのギルドが積み上げてきた歴史も、全てが覆る。そして一般的な冒険者たちの常識から外れた大前提をまずは説明しとかなければならない。ようこそシーラへ。
「ここでは、魔法が使えない。」




