④命を賭す者達
その時、事件は起きた。
「...けてください…。助けてください!!!」
隣の受付から最も近い長机。その上に土足で立ち、ズボンを握りながら少年が俯いている。それは妙に震えている様子で、みすぼらしかった。
「お金なら幾らでも出す…。だから…!!クエストを受けて…下さい。お願いしますッ.....」
「なら俺の金を返せ。」
髭面の男が少年へ向かって淡々と吐き捨てる。
「俺の馬はどうした?」
他の男も背中越しに声を出す。さも独り言のように、無関係を装いながら。
「てめぇ、俺のもだ!!」
「――そうだそうだ!!」
「――フザけんなァ!!」
俺は興味が無いふりをしながら机に座った。残念かな、あの少年は何の因縁か冒険者たちに嫌われているらしい。プーカとアルクも続いて席に座るが耳を傾けるだけで俺たちは動かない。紛れもない部外者だから。状況の片割れすら理解できない。全くもっての蚊帳の外。一方少年の周りでは彼を中心に火が付いたかのように物やら飯やらが飛び交っている。飛んで火に入る夏の虫。先程と一変したその態度は、傍から見ても好感が持てない。
「...なんか始まったな。」
俺はヒソヒソと二人に囁き、彼らは黙って頷く。少年はなお叫び続け、常連客の男たちも罵声を浴びせ続ける。大人げないと言えばこの場を言い表せるのか。いや、この言葉には語弊が有りそうだ。彼は泣きじゃくり、頭を下げながら時折怒りを露呈させる。
「受けろよ!!お前らみたいな奴らは従っていれば良いんだ!――なのになんで僕だけが!――いつも不幸だ!――僕だけがッ…!?」
少年は泣きじゃくって膝から崩れ落ち、壊れたかのように机を拳で叩く。何度も何度も何度も激しく、――バンバンバンッと、机の上の長皿が振動で割れてしまうのでは無いかといった具合までに、拳を叩きつけていた。
「......問題児らしい。両親が蒸発して大金だけが残ったとか…」
アルクが頬杖を突きながらボソッと話す。情報通め、お前は何でも知っているなぁ。――ナンデモハシラナイワヨ、シッテルコトダケ...。つってね。へへへ。ちらりと左下へ視線を向けると、退屈そうに座ったプーカが近づいてくるウェイトレスに手を振っていた。
「ミートボールー!」
「無しで。」
「チーズハンバーグ!!」
「無しで。」
「ビッグステーキ!!」
「無しで。お水3つ下さい。」
アルクは涼しい顔で却下し続け、最後にプーカへ微笑んだ。
「プーカ?お水は食べ放題なんだよ?」
今日一の名言だ。俺もプーカへ追撃する。
「飛んでる飯キャッチして来いよ、口で。」
「貧乏クラン嫌い。」
軽い談笑をしていると先程の重装備クランが、すなわち日帰り装備改クランが少年に近寄り、彼を宥め始める。他の団員は興奮した冒険者らを制止する。やがて、気持ちが落ち着いた少年は涙を拭くとクランの代表者と思われる若い人物が机の上に立ち胸に手を当てて演説を始めた。
「少年の願いはァ、我がクラン{ユーブサテラ}が受け取った!我がクランは彼の為、深層へ挑む!!」
『――おぉ~!!』
と、驚きの喚声が上がり士気が増すかの様に辺りがどよめく。一方プーカは、口から水の入ったコップを離し「うへっ。」と楽しそうに声を漏らした。
「だが僕らはァ、ここのダンジョンの知識に乏しい!!」
何かの劇を見ているみたいだ。良く通る声には嘘くさい抑揚が有る。嘘くさいとは飽くまで個人の意見ですが。それになんの願いを聞き取ったか知れないが、地元の人間も周知の問題らしい。
『だから1層までで良いィ!ジマリに精通するみんなの助力が欲しいィ!!勇気が有るものは拳を掲げてくれ!』
――深層。
つまりこのダンジョンでは最終第二層目の中間から最深部までのことを表している。ドラマチックな謎の連帯感が宿居酒屋を包み、興奮はやがて絶頂へ、個人も小隊もただの客も自身の飲み物を掲げた。さて、何のことだろうか。蚊帳の外だった俺達には点で分からないが、金の匂いがする。
『――おぉおおおおおおお!!!!』
「...おぉおおおおおお!!」
俺も水を掲げる。
「ありがとうみんな。よし、マスター!!――ここにいる皆に精の付くものを!!今日は決起祭だ!!」
『――おぉおおおおおお!!!』
プーカが今日一番の声で空のコップを掲げた。それからタバーンは宴会場の如く長机を繋げ合わせ、それを囲い大量の飯が運ばれる。
「大丈夫だ!一層までの最短ルートは整備が進んでる。深層への準備はそこで改められる..!!」
「一層と二層との境界ではッ....!!」
「先行隊は私たちが...!!」
「後衛の補給は...!!」
「ビッグステーキ!!牛刺し!!餃子!!ミートボール!!!!!そしてッ!ミートボール!!からのッ!ミートボォールッ!!」
「プーカ、今日は食べ放題ですよ。」
アルクがここぞとばかりにプーカを煽り立てる。そして俺も追従する。
「――フガッ!自重するな!全部頼め!食い溜めろ!胃に流し込め!アルク、皆を連れて来い!!」
「ムガムガッ…!!旨いッ!!この旨味、肉汁がパレード!!プーカ移籍する!!クラン変える!!」
「――ムガッ!止めて!―ウグッ!!それは止めて!!」
タバーンはお祭り騒ぎとなり、テツたちが合流した後も宴会、もとい決起祭という作戦会議の場は続いた。その後、夜が更けてから{ユーブサテラ}のリーダーらしき男が集合時間を号令して、場は解散となった。
―――――――
{翌日}
昇りきった朝日がキャラバンの木目を照らしている。俺以外には誰も起きていない。唯一起床した俺も横の生き物に爪を立てられた結果で目が覚めている。
「寝坊した。。。――まぁ...いっかぁ。。。」
脳みそがポワポワ、ふわっふわ。俺はハンモックの中のオフトゥンへ再度飛びつく。
「...無責任な奴め。」
エルノアはそんな俺をジッと睨みながら腹を鳴らした。
「自分で作れぃ....。―ガッ!!痛い!!バカ!!たてるな爪!!」
「二度と寝るな...!」
「それは死んじゃうだろ…」
耳に走る激痛と共に俺はハンモックから転げ落ち、身体を起こした。
―――――――
{ジマリ大洞穴・ギルドハウス}
「てめぇのせいで!!」
タバーンに戻るとまたガキが殴られていた。
「てめぇは疫病神だ!!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!」
殴る男を誰も止めやしない。よく見ると殴っている男は昨日、補給隊に名乗りを挙げた冒険家の一人であった。
「死ねッ!!!死ねッ!!!死ねッ…ハァ...」
「……ッ!……ンッ!……ヴッ!」
子供の顔は良く腫れていた。骨はとっくにへし折れているだろう。くしゃくしゃになった顔の潰れた鼻からは血が垂れ続けている。
そしてここは、ダンジョンではない。
「だっせ...」
俺は聞こえる程度に呟き、受付に近づいた。
「{ユーブサテラ}隊の同行者として認められた{ユーヴサテラ}ですが。」
「あなたの冗談に付き合っている暇はありません。」
「へぇ、何かあったんですか?」
「うるさい!――貴方みたいな初級者の居場所は無いと言っています。どうしても知りたいのなら、そこの男に聞いてみればいいんじゃないですか。こんなの私は……、私はもう、私は...――十年前の二の前にはならないッ!!」
人の気配を感じチラリと横を向くと血まみれの冒険家が立っていた。
「――誰がダサェだと…!?」
ヒュッと、飛んで来る拳は俺の頬にめり込み、勢いのまま身体は壁まで吹っ飛んだ。
「――カハっ、ゲホっ...。」
典型的な筋力増強系の魔法。子供がこの重々しいパンチを何発も喰らっていたのかと思うと中々に強烈で、俺は何だか可笑しくて、ヘラヘラしながら立ち上がる。
「いやぁ、ざっす…!気合がね、ヘヘ、入りましたよ、ホントすみませんね。」
不憫だ。俺は思うが間髪入れずに拳が飛んで来る。
「笑ってンじゃねぇよ!!」
「へへ…。――ガッ!!痛」
「人が死んでんだぞッ!!」
――死者増える...!ここで増える...!!一人増える...!!
「…ガッ!!」
俺を殴った後、オッサンは肩で呼吸をしながら泣き始める。
「俺たちの冒険が…」
――俺の顔面が...
「…テツ、、、頼む。」
ぶっ倒れた俺はフル装備のテツに目配せし、リザは同時に、呆れながら冒険家を宥め始める。教えて欲しい、私は何故殴られたのでしょうか。
「なぁ、もういいだろオッサン許してやってくれ。」
「ちっ。あぁ…すまない。」
――すまない。…じゃねぇだろ...。
傍らではテツが受付で手続きをしている。あまりこの手は使いたく無かったが、ここまで来れば仕方が無い。奥の手だ。
「――お前らに...何が出来るんだ!!」
殴られていた例の子供が急に吠える。
事情は昨日、決起祭りの酔いどれ共から片耳で盗んだ。
「行方不明になった義父親だろ。資金は盗品の家畜から...。証拠の挙がらない内に傭兵を雇い親父を救ってやろうって?とんだクズ野郎だ。まぁ…助けてやるよ可能ならば。」
子供は一瞬ハっとした表情を見せ、また俺たちを睨んだ。
「殴られてばっかの弱い奴が格好付けるなよ!そうやってみんな死んでくんだ!何にも出来ずやり返せずに金の為に名誉の為に皆死んできた!!皆死んだ!!危険を冒して!!後悔して!!それで八つ当たりか!?バカばっかだ!!――僕はただ…!!」
――今更だ。
「……当たり前だろ。それが"冒険者"なんだから。」
ぶっ倒れている俺が言ったからか、椅子に座る無関係の冒険者にも、パーティーの仲間にも鼻で笑われる。
「ええ、5人。彼らを同行者とします。」
テツだけがお構いなしに、受付嬢とケリを付ける。無名クランの俺らはやっと今、スタートラインに立った。
「もう…好きにしてください。もう、皆、死ねばいいんです…。」
受付嬢は憔悴した顔で判を押した。
「好きにしていいんだな?ならあんたも来い。」
俺はテツを一瞥して受付嬢を睨め付けた。
「じゃあ一人追加で」
「へ?何を言って…」
俺は次にギルドマスターに手を振った。正確にはギルドマスターと思われるフサフサひらひらの初老にであるが、爺さんは笑顔で手を振り返し受付嬢と顔を合わせた。
「行ってきなさい。」
許可は下った。
「――よし、エルノアッ。」
瞬間。何もない空に現れた黒猫は宙をふわっと舞い、神々しい闇の中へ7人を呑み込む。最後に残った一匹はふわりと生き残りの冒険家へと近づき、彼の頬をガリっと引っ搔いてから消えてった。
「――痛ぇ!!なん、なんなんだ…アイツら一体、、、」
耳に届いていたオッサンの声は次第に彼方へと消えていく。




