④彼らの横で
――かつて、この世界を覆い支配した思想があった。その名を『終末の審判』。
宗教団体キリエ。のちにカルト教団の悪神教と銘打たれる彼らが発したその思想は、ガレスと呼ばれる最強の災厄により現実味を帯びていく。
『終末の審判』要約はこうである。
『この世界には善と悪の神が存在し、かつて善の神は悪の神を滅ぼし、善はこの世の正義となった。
――善は「良い」ことであり、悪は「悪い」ことである。
しかし善を追い求めたこの世界は、未だに不平等であり不完全。善は理想論に過ぎず、楽観主義の狂信者らによる大きな過ちであった……。
終末の日。転換の日。審判の日。
善を支配する最強の暴力が破れ、悪を降り撒く平等な神が現世に降り立つその日。善の信者は災厄に死に絶え、悪の信者だけが悪神の救済の元に次なる平等な世界への切符を手にする。貧困も餓死も犯罪も異教も、不平等という平等な悪の元に、消滅するのである。』
史実。ガレスは現代最強の騎士であったサテラを敗かし、この世界の頂点に立った。そしてキリエの信者は急増し、崇拝対象となる最強の悪神が誕生したのである。
――そう、崇拝対象の条件は『最強』であること。
最強を語るには、最強を倒さなくては成らない。
後の史実。ガレスは、サテラにより討伐された。
記憶に新しい大歴史的な発令『第三回ワールドクエスト』。世界中の騎士、魔導士、冒険者、一般市民すらをも巻き込み、ガレス討伐を達成目標と掲げたそれは大英雄{サテラ・カミサキ}により成し遂げられたのである。
そして、
史実に乗らない事実。ガレスは、別の人間によって討伐されている。
―――――――――
{ウェスティリア魔術学院・別館『探索士科準備室』
「行くんでしょう? 神々の命泉へ。」
「――もちろん。」
俺はハッキリとそう言った。
「ですよね。ですから私は、この禁忌を伝える為にさも密会のような形で今君たちと話をしている。私が今日伝えたかったことは、結局は一つです。」
オルテガは少々小声に、けれどしっかりとした呂律でハキハキと言の葉を並べた。
「はぁ......ラムべパ先生に占星術を頼みました。」
「うっわ。」
ウェスティリア魔術学院のラムべパ、人の不幸ばかりを占う悪趣味な大魔女と噂の教授である。
「誰だそいつ?」
リザが首を傾げた。
「有名な占い師さ、最初の授業で単位を落す生徒を占うんだ。的中率100%」
「そりゃ当たるわな。」
俺とリザの軽口にオルテガは咳ばらいを挟んで続けた。
「真面目な話ですよ。ラムべパ先生は確かに生徒から不人気かもしれません。しかし占星術学者において、その名を知らぬ者はいない魔術師としては偉大な御方です。」
「はいはい。で?」
『――君たちは今後、未だかつてない破滅を味わいます。そしてその後、挑み行く【暗き寒い場所】で、ユーヴサテラの誰かが死にます。』
三拍。くらいか、凍り付いた空気に、答えを出したのはリザだった。
「なぁ偉い先生。ユーヴには、誰しもがそう言ってきた。何処だろうと、何時だろうと。」
「たしかにな。」
オルテガは呆れた様に笑うと「その意気です。」と呟いた。
「まぁ、伝えたかったのは心構えはあるか、ということです。何故なら遅かれ早かれ、君たちは悪神教に勝たなくてはならない。」
「悪神教に?」
【月曜日】くらい憂鬱な言葉に、オルテガは頷く。
「そうです。ガレスの残骸が封印された彼の地の秘密を教団だけが持っている。知っての通り彼らの根は広く、深い。」
「……ん、彼の地って何処だ?」
リザは首を傾げてそう言った。オルテガは困った顔を浮かべたが、俺の表情を伺った後に、姿勢を整えて説明を始める。
「――神々の森域のことですよ、ミス・エリザべス。誰にも言わないでくださいね。そして、かつて神々の領域を巡ったとされる伝説のシーカークラン『黄金律』は、現在我々の住んでいるこのオルテシア大陸に存在するとされている4つのエルゾーンをクリアした後に、ようやく生命の泉を、すなわち神々の命泉《エル=ヴィータ》を発見したと手記に残しています。
そしてその順番は、
――山稜『サミッツ』。
――墓標『アラム』。
――迷宮『ザ・ダンジョン』。
――森域『フォレスト』。
最後に、――命泉『ヴィータ』。
すなわちですね、ヴィータの所在にはその"フォレスト"が大きく関わっている可能性が有るということです。そしてフォレストを血眼で研究しているのが悪神教と呼ばれるカルト教団。何でも彼らの中にはガレスの声が聞こえるという者もいます。それが事実ならば神域からの貴重な情報を入手しているということ。そして彼らがフォレスト攻略の為に狙っていたのが、ジマの大秘石。君たちが壊した石。」
・・・・・・?
「え。」
「あ。」
――確かに、何かを砕いた記憶が有る。いや、砕いてもらったというか。
「やっべ――」
「どうしよ!!ナナシ、壊しちゃったよアレ!!」
アルクが俺の服を引っ張り、離さない。
「い、いやぁ?俺壊して無いし。……あ、あれはエドガー夫人が?最後に壊しただけで?催促とか別に。え?待って、聞いてた話と違くない…?」
心臓がゴムボールのように跳ねている。正直、ビビっている。
「――良いんですよ、ナナシ。」
オルテガは俺たちの動揺を一蹴するようにそう言って続けた。
「壊した短剣の持ち主はナナシですから、壊したのはナナシ判定です。」
フォローに見せかけた追討ち。
「ち、ちっ、ちょっとそれはおかしいんじゃないですかなぁ?」
顔から血の気が引いていくのを感じる。人類の開拓史を、新たな文明への鍵を、俺は自らの手で砕いたのかも知れない……。そうかも知れない。Im sorry. hmmm...
「まぁ確かに、{フェノン騎士団}はあの石をガレスの封印を解く石だと断定していましたが、その情報は早計と言わざるを得ず、エドガーさんの調査報告を見ても特段封印を解くような、あるいは何かを発動させるような術式が練られている訳でも無かった。では何故、教団はあの石を狙っていたのか。」
オルテガは部屋のカーテンを開いてから続けた。
「イーステンの田舎町に、ジマリ大洞穴というダンジョン街が有ります。エル=フォレストは鏡の世界。ジマとジマリの所在地は鏡写し。私の収集した情報によれば、キリエの目撃情報がジマリ近郊に……。」
オルテガは杖を取り出し、机の上に乱雑に置かれていた地図の一枚を浮かせた。
「ひいては、その魔力を溜め込む不思議な短剣で壊してしまいなさい。ジマリという場所にある、キリエが狙う何かを。勿論時間はありません。君たちは圧倒的に出遅れています。それでも、それが君たちの進まんとする道の導となるのなら、その先にある僅かな希望すらも欲するならば、師の言葉を信じてみても言いかもしれません。……それと、このことは他言無用でお願いします。サテラさんに聞かれたら、私とか簡単に捻り殺されちゃいますから。こう、クイって。」
手元の地図はジマから中央アイギスを挟み、確かに大陸の線対称となる場所に目的地が刻まれていた。帰省した矢先、知り合いにはほどんど合わずに次の旅へ、それも大きく出遅れているときた。
「分かった。ありがとう先生。為になりました。」
「ふふっ、素直になりましたね。それと学院を出る時は振り返らないほうが良いですよ。旅に出たくなくなりますからね。」
「どうですかね。」
俺は地図を丸めて、颯爽と立ち上がった。時間が無いのであれば、急ぐまでである。都合の良いことに俺たちのキャラバンはとても速い。
「アルク。そして皆さんも、旅の無事を祈っています。小さな悪~い黒猫も、一応無事を祈っていますよ。次、合う時は宴でもしましょう。人を集めて、料理を集めて、だから生きて帰って来ることです。」
プーカは目を光らせて返事をし、先頭をきって部屋を出ていく、次にアルク、続いてリザ、俺が扉の前に立ち、オルテガの前で制止したテツを見つめながら待つ。
「オースティック...さん。」
「うん、実に。学びを求める良い学徒の瞳をしていますね。」
「……。」
「手短に、でよければ何でも聞いてください。答えるのが教師の仕事です。どうぞ、ぜひとも、遠慮なく。」
沈黙。そしてテツは口を開く。
「墓標《エル=アラム》は、どんな場所ですか。」
オルテガは楽しそうに口角を上げ、思い出そうとするように目を閉じた。それでも一瞬だけ、オルテガの顔は震えるように揺れる。しかしなおも、彼は楽しそうに、何か一つだけ捻りだす様に、少々悩んで、言葉を紡いだ。
「地獄、ですかね。」
――その答えは、正直だった。
オルテガ・オースティック。
若干20歳にしてマスターシーカー到達。
たった一代にして、自身のクランをランクS、Tier1へと辿り着かせた天才先導手。
果てしない探求心と天性の才覚に付けられた異名は求道者。紛うこと無きその怪物に、しかしそう言わしめる場所が有る。
「神々の領域攻略の難しさは、第一にその広さに有ります。それはまるで、《《別の世界》》に足を踏み入れたような、そんな果てしなさ、途方も無さ。その厳しさは『ワールドクエスト』に匹敵するかもしれませんよ、ナナシ。」
オルテガは視線を俺に切り替え、目を合わせる。
「...エルダンジョンの生還率0.02%と謳われているようですが、実際のところはゴールデンオーダー以降に生還者は居ません。そして挑み行くものは全てマスターシーカー位に匹敵する精鋭たち。天才中の天才と呼ばれ続けたであろう彼らを全滅させうるダンジョンこそ神々の領域。その果ての無さは一世界を承服するほどの芸当。」
吐き捨てる様に呟いた後、落とした視線をまたテツに戻し、オルテガは言葉を続けた。
「……故に、神々の領域を攻略したシーカーはこう呼ばれることが決まっています。」
それは、俺ですらも、オルテガの口から初めて聞かされた言葉であった。
『――ワールドシーカー。』
アポストルには、上が有ったのだ。
「……成れると良いですね。僕より先に。」
オルテガは沈みゆく夕陽の前で、たいそう楽しそうに微笑んだ。




