③探索士科準備室の机の横で
彼はコーヒーを啜る。
「取り敢えずは、帰ってきてもらってアレですが、長居は無用ですよナナシ。」
オルテガ・オースティック。世界最高峰の探索士は、俺の師として呟いた。
「大仕掛けですね、先生。仲間の分析が為にギルドを空にするなんて。」
「ふふ。確かに見物でしたよ。」
オルテガはカップを持ち、上品に笑った。
「ですが、貴方がたの能力は既に大方仕入れています。探索士は情報戦ですからね、生徒たちの動向は隅々チェックしてますよ。」
「キモいですね。」
「愛、故です。
……{洞層ダンジョン・アミテイル}の死霊姫。先導手は勿論、索敵係としても他の追随を許さないでしょう。探索士としては天才的な潜在性を持ち合わせていますね。」
オルテガは「初めまして」と呟き、テツを見て微笑んだ。
「そして、プーカ・ユーヴサテラ。優秀なポーターであることは理解しましたが、私の情報網を持ってしても分からないことが多い人ですね。しかし、恐らくはグレーな人なんでしょう。」
オルテガはプーカに微笑んでそう言った。
「オッスオッス。」
プーカは手を挙げて適当に答える。
「そして最後に、アドスミス国の第三王女。類いまれなる軍才を持ちながら多才にして豪腕。キャラバンに手が加わっているのも、もしかすれば貴女の仕業ですかね?」
オルテガの鋭い洞察力と情報の多さに、リザは苦い顔をして言った。
「なんでそんなことを知っているんだ。」
オルテガとリザの間には痺れるような緊張が走る。テツも若干の警戒心をオルテガに向けているようだった。
「安心して下さい。ナナシから聞いたわけでは有りません。この世界から消えたパーツを探し調べただけです。」
「変態なんだよ。」
俺はリザたちを宥める様に補足した。
「相変わらず失礼ですねナナシ、誉め言葉として受け取っておきます。それに私は君たちの味方です。ナナシも私の事を世界で一番信用していますから、みなさんも安心してください。」
「胡散臭いな。本当なのか、ナナシ。」
強ち間違いではない。
「信用というか。警戒に足る人間ではないよ。それに情報は絶対に漏らさない。」
「先生は自由人だからね。」
アルクは補足した。
「えぇ、その通りです。私はこの世界にある全ての思想と宗教に踏み絵と罵倒と唾を吐きかけられるほど中身が有りませんからね。大事なのは教え子の生存報告と、彼らから伝え聞く冒険譚です。私は自分で旅をすることが出来なくなりましたから、今はそれが一番楽しい。そして、君たちを私の持ち得る知識で守ることが、今の私の最優先事項です。」
オルテガはそう言うと、自身の左腕の袖を捲り上げ、黒い紋様のようなおどろおどろしい痣を見せた。
「一方的に知られているのは気持ちが悪いでしょうから、少しだけ私の御話をさせてください。互いを知ることが信頼への一歩です。」
不思議なことに、その痣は正常な皮膚との境目で波を打つように揺らいでいる。いつ見ても気味が悪い。もちろん口には出さないが。本人も気のいいものでは無いだろう。
「神々の領域。探索家『トーチライツ』の先導手であった私は、十人の仲間全員と引き換えにあの地獄から生還しました。以来、私は最上位アポストルの称号を得ましたが、シーカーとしての活動はそれが最後です。」
「神々の墓標……。」
テツがそう呟いた。
「よくご存知ですね。」
オルテガは微笑む。
「神々の墓標。命こそ在れ、探索士としての私はあのダンジョンに殺されました。この痣は魔法制限領域、俗に言う『シーラ』への探索を二度と出来なくさせるものです。すなわち、私は急激な魔素量の減少に耐えられない身体となりました。これはダンジョン探索では致命的な呪いです。ダンジョンは魔素の流れが激しく不安定ですからね。私は二度とダンジョンには戻れない。」
「最上級アポストルシーカー。オルテガ・オースティックの実態は、たまたまエルゾーンに迷い込み、牙を失った虎ってわけ。」
俺は手軽に付け加えた。
「わぁー、ナナシ。酷い言い方をしますね。……まぁ、可愛い教え子の要約を逐一訂正したりはしませんが。確かに、あそこから生還しただけの者と、あのレベルのダンジョンに挑み続けられる者とでは、明確に力量差があるでしょうね。」
オルテガは何故か楽しそうに微笑し、笑い疲れたかのようにコーヒーをすすった後、俯きながら話題を変えた。
「さて、と。
搔き集められた五人分の椅子。昼食の余りであろうバタースコッチを茶受けに、急遽設けられた歓迎会は、どうにも安っぽさが垣間見える。
「大陸を時計回りに移動したことが、君たちの受注したクエスト履歴からは分かりました。」
「犯罪だろ。」
「もちろん嘘ですよナナシ、私教育者ですしますし。そんな気がしただけですよナナシ。あぁ~、いまナナシはあそこにいそうだな~。とね。風が教えてくれたのです。」
――各クランのクエスト履歴はギルド間の最高機密情報である。オルテガ・オースティックほどの男なら閲覧できるだろうけれど。
「エドガー調停士のことも聞いていますよ。」
オルテガは表情を変えずに、そう切り込んだ。
「………。」
俺が沈黙したのを見て、なお、オルテガは表情を変えずに続ける。
「よくやってくれました。ナナシ。貴方がやらなければ私が殺っていましたよ。あるいは他の私が殺っていたでしょう。それが偶々ナナシだっただけです。貴方はいつもそういう役回りですが……、まぁ、気にしないことです。」
「えぇ、分かっています。」
オルテガは優秀な探索士ゆえに顔が広い。情報網も俺達とは桁違い。コイツには、いや、コイツのレベルに達する人間には、この世界がおおよそ俯瞰的に見えているのだろう。
「実に、それ故に急遽呼び出したのですけどね。」
オルテガは一拍置いて話始める。
「それ故に長居も無用なのです。君を取り巻く環境は私を含め過保護な者たちばかりです。」
「――自覚が有ったんですね。」
「えぇ。ですがフェノンズや評議会、そして君のことを知る一部の人間と、サテラさん。私は、彼ら彼女らとは過保護の方向性が違います。なんせほら、私は探索士の学寮長ですからね。」
「つまり、何が言いたいんですか。」
俺は問い詰める。オルテガはその返答を{ユーヴサテラ}全員と目を合わせてから応えた。
「行くんでしょう?――神々の命泉へ。」
曇りの無い目。疑いでは無く、信じ切った瞳。それは既に、その場所が有ると確信していて、俺たちがそこに行くことを前提とした”覚悟”への問いかけ。
「もちろん。」
俺は敢えて、当たり前のように、さも近くのスーパーに行くかのようなノリで、しかし確かな意思を持って、無論その覚悟を宿して、そう言い切ってやった。
「ですよね。ですから私は、この禁忌を伝える為にさも密会のような形で今君たちと話している。私が今日伝えたかったことは、結局は一つです。」
オルテガは少々小声に、けれどしっかりとした呂律でハキハキと言の葉を並べた。
「君たちは。悪神教に勝たなくてはならない。」




