①音楽の横で
――どれだけの絶望があろうとも、笑おうじゃないか。
愉快な音楽と共に踊る冒険家。ヴァイオリンの音に跳ねた打楽器のリズムを加えて奏でられるその曲は、誰しもの心を揺り動かす。
「るったったら~ら。」
――誰かが笑おうとも、誰かに笑われようとも、誰かを笑おうとも、自分を笑える生き方をしようじゃないか。
「るったったら~ら~らー。」
『――ラッダッダッダー。』
深い霧の立ち込める教室は、燦々太陽の照らす南国へ、それから鮮やかなオーロラの広がる銀世界を越え、木々の立ち並ぶ大地の海へと情景を移す。
男は杖を振るう。
「フリューゲルは偉大な竜騎士。クロノスは謎に包まれた西界魔術の祖、シルフィードは天命を運ぶ美しき交易人、そしてグノームは全てを創造する研究者。フェアリアはある意味、その全てがシンボルとなる。」
心地よいリズムが教室に流れ続ける。
「現存する四大精霊クランは、火のサラマンダル・アルデンハイド、そして水のウィンディーノス・ヒュドラのみ。しかし、冒険家『シルフィード・テンペスト』の意志は我が校ウェスティリア・シルフィード寮、そしてフェアリア寮の伝統として受け継がれています。しかし後にフェアリア寮の由来には別の精霊が関わっていたという学説が浮上しました。不確定な話ですが皆さんが今から歩む道に比べればとてもとてもマシな話でしょう。」
教壇に立つ男は杖を振り空中に名前を残す。
「さて、ここはウェスティリア魔術学院1人気の無い寮。しかし中等魔導士の試練を見事に潜り抜け、この道を選んだそのセンスと英断を称えましょう。」
文字は緑色に光り、彼らを魅了した。
「そう、ここは冒険士寮の中に存在する高等魔導士寮。
――ようこそ『探索士寮』へ」
端正な顔立ちに若々しい佇まいをするその男の瞳には、捉えどころの無い深い闇が淀んでいた。
男の名前は{オルテガ=オースティック}
世界最高峰の探索士の、一人である。
「ふむ。今年は、七人ですか……。」
そう呟くと、オルテガは水晶に向かい杖を振った。七人の学徒は水晶から発せられるその光の先、映像の投影された黒板を見つめる。
「中導科(中等魔導士科)で大方魔法を学んだ皆さんでしょうが、取り敢えずはここを目標としましょう。」
映し出された映像には、人間一人分はあろうかという程の巨大な牙を生やした魔獣と、それに立ち向かう五人の冒険者らの姿が有った。その状況はまるで過激な処刑ショーのように、緊迫していた。
教室はザワつく。
「去年まで君たちを教えていたライネル先生でも、この学院が飼い慣らしたペッドでもありません。私が個人的に所有していた魔獣の卵を孵化させ成長を待ち、繁殖期の今、三日三晩ご飯を抜いて生徒らに当てた映像です。無論ここで想定されているのは、特殊危険領域{シーラ}での戦闘。彼らは魔法を使いません。」
魔導士課程を踏んだ彼らには見慣れない光景。全くもって魔法を使用せず、魔法に似た技を扱える魔獣と対峙する人間。
幾度と吹き飛ばされながらも、連携を取り合い、死闘を繰り広げる生身の人間。
「あっ、」
一人の生徒が声を上げる。
映像に写された一人が、炎の魔法を上げたのである。
「あぁ、良いのです。彼は『探索士寮』ではなく『交易士寮』。しかしながら君たちは挑み行くダンジョンで、専門外の人間と共闘することもあるでしょう。その時には守らなくてはならないのです。あるいは、……見捨てるべきかもしれません。」
流れ続ける優雅な曲と激しい戦闘との兼ね合いは正に、セレブがパーティー会場でデスゲームを眺めるようなコントラストである。
緩やかで軽快なヴァイオリンにティンパニーが加わり、リズムは段々と激しさを増して戦いも過熱する。
「ほう。何か気付いた様子です。みなさんならこの状況、どうしますかね。圧倒的な強者を前にして、ただ絶望するだけでは探索士足り得ません。そう、いつだって我々は探さなくてはいけない。さぁ、ミス・ヴァイオレット。貴方なら何を探しますか。」
急に名前を指された女の子は、戸惑ったようにそれに応える。
「あ。相手の弱点ですか?先生。」
「うん。……それもいいでしょう。しかし、君らと同じくらい、あるいはそれより弱い彼らが見つけたのは、恐らく別のものでしょうね。」
映像の中の青年は、パーティを手招き、洞窟の岩壁へ身を寄せ合う。それを見るやオルテガは、教室の右前、廊下へ通じる扉へ杖を構えて制止した。
「困った教え子ですよ……。」
映像の五人は魔獣と相対する。猛烈な突進、ギリギリの回避、砕ける岩壁。
刹那、教室の扉は――ガガシャンッ!!と強烈な音を立てながら壊れ、そこからは映像にのっていた魔獣が映像の勢いのままに現れた。
オルテガは全く動じず杖を返し、魔法を放つ。
『――ヴィクター。』
直後、魔獣は勢いを反転させたように後方へ吹っ飛んだ。
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「えぇ...、紹介しましょう。君たちの先輩です。一応。」
オルテガがそう言うと、教室に空いた風穴からは、血まみれの男が現れる。ボロボロの風体、疲れ切った土色の顔、服には無数の泥が付いていた。
「えっと、なにか一言。」
男は口を開く。
「……探索士寮だけは、止めとけ。」




