④超極寒キャラバンの中
その日の夜は防寒対策と暖炉のお陰か、ノーマルな真冬の夜といったような寒さであった。そして未だ太陽が昇らない早朝から昼にかけての暖炉の見張り番を代わり、一睡を挟んで夜に起きる。喧騒の中で迎えた19時は、地獄のような寒さのピークで、手足の末端の痛みで意識が覚醒した。
「ナナシ。次寝たら死ぬかも。」
テツが眠そうな目で瞬きしながら言った。
「うぅっ、そう思うなら、もう少し早く起こしてくれ………」
床に足を打ち付け血を回す。ジンジンと痺れが続き、蕁麻疹のように痒い。
「うおぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
暖炉の前ではリザがこれでもかと石炭をぶち込んでいた。外では風除けがバサバサと激しく靡き、氷か石かが壁に打ち付けられる音がする。
「これで目覚めないのが不思議だよ。」
「……それは確かに。我ながら。というか何だよアレ………。」
暖炉の広さはあからさまに拡張され、その炉内はより高く深くなっていた。四方からは水蒸気を出すパイプが悲鳴を上げている。変形というより魔改造だ。俺は険しい顔の黒猫を手繰り寄せ、肩に乗せた。
「お前使ったな?魔法。」
「………不可抗力だし、……致し方無し。寒さが限界、突破で冥界……、果ては寒波で、待てば後悔っ……さむっ。」
――なぜライム。
黒猫は身体をぷるぷると震わせ、てとてと机の上を歩く。まぁ全裸にはきつかろう。全裸には。
「うぅ……、客人の耳にはリザから誤魔化しが入っている。ボクは寝る。」
「いや、死ぬぞ。」
黒猫はテツの服の中に入り、クルッと丸まった。
「猫型湯たんぽ……。」
「お、ちょっと、いいなそれ。」
身体は依然震えが止まらず、足をジタバタさせ続ける。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
投炭担当はアルクに変わり、ひたすら石炭が炉内へばら撒かれていった。
「ぷはぁ……、あぁ、これは厳しい………。」
スープの入ったカップを震わせながら、客人の父親の方が言った。
「こ、今晩が必ずピークだ……。乗り切れば、うぅ………」
「頭が痛いぃ………、でも美味いぃ………」
その横ではプーカが、カキ氷の入った深皿を震わせていた。
「おバカだ………、なんで、誰も止めなかった………?」
「――ふはぁ!ナナシッ!起きたんだねッ!!これは良いよ!!身体がッ!はッ!暖まるッ!!」
――投炭`s ハイ、とでも呼ぼう。
「うぅ、そりゃ良かったです。………でも、お前の燃料が先にバテそう。みんな飯は……?」
その言葉にテツが首を振る。
「ナナシ。何か作ってくれ、暖かいの!」
リザが汗を拭きながら言った。
「……へいへい。」
俺は身体を縮こませながら立ち上がり、キッチンの食糧庫を覗いた。牛乳は勿論、魚から肉から野菜から、何から何まで全てが凍っている。
「うへぇ、冷凍庫いらねぇじゃん。買わなくて良かったぁ……。」
「良い加減っ、はっ、買おうよっ、はっ、」
蛇口を捻れど水は出ない。竈は暖炉に吸収合併され、キメラのように連結されていた。
「困った……。プーカ、かき氷まだ有る?」
「うんん、いいらない!!」
プーカは自室の調合場を指差した。このキャラバンは右後方にメインのキッチンを置いているが、左後方に一室だけ設けられた小部屋には、プーカが薬を調合する為のミニキッチンが展開されている。移動せず居を構える時だけだが、キャラバンは若干横に広がるのだ。
俺はプーカ部屋に蓄えられた大量の氷をポッドに入れ、キッチンに戻る。依然食材は凍っているが、ここで取り出すは宝剣とも名高い名剣、{皇女の短剣}。圧倒的に戦闘用であるこいつで凍った魚、シイタケ、玉ねぎをガリガリとスライスしていく。
切れ味は抜群だ。それらをまとめてポッドにいれ、蓋をロックして炉内の端の方へぶち込み、準備はバッチリ。元々煤だらけのポッドだったし、汚れるのは仕方が無い。
「ナナシッ!これッ!!本当にッ!!大丈夫ッ?!!」
「ダイジョブダイジョブ、燃やせ燃やせ。あぁ、石炭はちょっと避けて。当たらないように。」
数十分待ったらそれを取り出し、網を使って濾していく。
「――あッつ!!」
「出来た~?」
「まだ。」
濾した黄金白濁のスープをまた鍋に戻し、今度は塩と胡椒を加え、長ネギ、鶏肉、ニンジン、ジャガイモ、白菜、しめじ茸、えのき茸を一口大にぶった切り、ポッドに入れる。
根菜類を多めに入れたのは腹を膨れさせるためだ。炭水化物を取らなければ身体から熱は生まれない。ポッドにまた蓋をしたら、また炉内の端の方へ、肩身狭そうに置いてやる。25分もすれば充分だろう。俺はポッドを取り出し、机の上で蓋を開けた。
「じゃじゃーん!」
「おぉ~、ナナスィ~、タイトルは?」
プーカは鼻を鳴らしながら湯気立つポッドの中身を覗き、俺に聞いた。確かに、メニュータイトルというのは食材の味に雰囲気を付けてくれる最高の仕上げだ。
例えどれだけ舌に合わない料理でも異国風とか言っておけば、「こんなもんか~^」と納得出来てしまうのもこの為である。ここはひとつ、食欲のそそる名前でも付けてやろう……。
「……うーん。――『ぶち込みッ。魚介と鶏の薬膳スープ』!!」
「ダッセッ……。」
「つまんねッ……。」
「ナナシは捻りが無いよね。」
「零下80。」
――てめぇら。
「おい、食わせんぞ。」
俺はピキピキしながら、七つのお椀へスープをよそった。何度目かの最後の晩餐である。




