③風除け張りのキャラバンの中
「して、ダンジョンはどれくらい冷え込みますか?」
俺がそう聞くと、二人は絶望したような顔を見せて答えた。
「零下80度位、ですかね………。」
「80?!」
アルクが驚いたように声をあげる。零下80度と言えば南極大陸、ボストーク基地で観測された-89.2度という地球最低記録に匹敵する。ともすればそればこの世界でも、衝撃的な数字であることは変わらないだろう。ちなみにゴキブリに噴射する凍死ジェット系のアレは最高温度幅ー85℃というのが謳い文句である。
「生存率は?!」
「前衛職ならば1%にも満たないでしょう。魔法を扱える後衛は一部、ダンジョンのセーフゾーンで火を起こして凌いだ事例が有ります。それを加味しても5%ほど。」
「なるほど終わってる。」
「いつものことだ。」
俺のボヤキにリザが返す。しかし、仮にもダンジョン探索を生業としている者からすれば、一つの疑問が沸いてくる話だ。
「なぜ管轄のギルドは防寒の避難所や拠点を作らなかったんですか?これなら、周期を逃したら死ねと言っているようなものだ。」
その疑問に、悩ましい顔をしたのは父親の方。
「地震と虫害でしょうなぁ……。長期的に残る建築物はシロユキアリの根城になり、慢性的に起こる地震に耐えられるような技術なども無しに。作らなかったというよりかは、作れなかった。」
「なるほど……。」
そうこうしているうちに、外気温は徐々に、その絶望的な低温へと近付いているのだろう。弾いていたアコーディオンに飽きたのか、少し危機感を感じたのか、リザはおもむろに立ち上がり「誰か手伝え。」と言って風除けを腕に抱えた。
「いいよ。」と快い返事をしたのはアルクだ。彼はどことなく人に使われるのが似合っている。
「個性的な人ばかりで、賑やかなクランだ。」
スープを啜りながら父親の方が呟いた。キャラバンの周辺には屋上を頂点にテント型の風除けが展開されていく。ガラス戸は木製のシャッターで閉じ、極力生み出した暖気を逃がさないように工夫する。
後は防寒具だ。魔法の倉庫にしまってあった布団を全て外に出し、着れるものは全て着る。そんな俺たちの準備を横目に父親のおっさんは笑顔で言った。
「旅人の方にとって、こういったことは良くあることですか?」
あるわけがないだろう………。
「ちなみに、こういった事とは?」
俺は念の為に聞き返す。
「……あぁ。仲間内で協力して、一つの危機を乗り越えるようなことです。」
――それは良くある。そんなことばかりだ。
「茶飯事ですね……。残念なことに。」
俺は作業をしながら答えた。これは持論だが、冒険家とは危険を自ら冒すような者たちではないと思っている。つまり冒険家とは、目的の為に存在する危険を極力回避しようと努めるからこそ、冒険家たるのだ。きっと、そうでなければ馬鹿や蛮族と同じになる。
しかし、そういった意味ではこの状況下は回避すべき事案。まだまだ三流なのだ、俺たちは。ちなみにクラン級位はゴリゴリの底辺であるFランク。
「いいや、しかし。……私には楽しそうに見える。旅人の方。今から極寒の恐怖が襲い来るというのに、私は今、久方ぶりにドキドキしているんです。君たちとなら乗り越えられるような気がする。」
「……それも、そうですね。」
――というか、乗り越えられなければ死ぬんですけど。
「ナナスィ……?」
タンと寝室から飛び出し、深皿を持ったプーカが何か凄いことを閃いたような顔で、ニヤニヤしながら近付いてくる。
「カキ氷つくんべ。」
「お前は馬鹿だよ。プーカ。」
極寒と閉鎖の恐怖が立ち込めるダンジョンで、七人と一匹さすらいの冒険家らは木製の家城に身を寄せながら、刻々と迫るその時に備えている。
………そして俺たちは、夜を迎えた。




