⑨いっせんの上で
殺意と殺意の狭間、空間は痺れ、状態は飽和する。
『一閃ッ!!』
【一閃《いっせん》】
(――大陸東部、イーステン発祥の居合剣技。魔法との親和性が高く、あらゆる技と併用されて使われるようになった剣技のスタンダード。その様相は多種多様、十人十色に様々である。発祥は文献にも曖昧に記されているほど昔。元は刀専用の技で有ったが、あらゆる武器で扱えるように改良され現代に至る。)
踏み込みは深く、曲げた膝は強靭なバネのように、一直線に跳ねて飛ぶ。鷹のような速度で、集約した瘴気と溜め込まれた魔法を正面へ。
「――来いッ!!」
ダイアンは全身全霊で受けの構えを取る。刹那、俺の刃がダイアンのレイピアに接し、それを大翼が支えんと力む時、短剣に纏う深紅の瘴気がダイアンを取り囲んだ。
「ぬぅぅうッ!!!!!」
その瘴気は髑髏を模る様に、あるいは爛れた人間を模る様に、冥界の如き異様さに化けダイアンの顔面をめくるめく襲った。
「うぉおおおおおお!!!!」
顔を覆う髑髏が怨念がましくダイアンを包む。
「おぉおおおおおお・・・おおおおおおお!!!」
しかし、途絶えずダイアンは声を張り上げ、全身の力を正面へ押し出し、まばゆい光を放ちながら遂にはそれを力強く押し返していく。
「うぅ私はァっ、こんな場所で散る男では無いっ……」
一閃の一撃には俺の血液も含まれている。魔法を抑制する呪いの血霧。しかしそれでもなお、ダイアンは分光翼を維持しながら、瘴気の一撃を徐々に分解させていく。
「何が痛みだ、復讐だっ……。所詮お前らは魔素で構成された瘴気の思念体っ。このッ、神々の大翼の前ではァ、ただの物質に過ぎないっ!!!」
事実、確かにその一撃には、あらゆる想いが宿っている。だからここまで持ちこたえ、ダイアンを苦しめていた。
「消えろ亡霊共!!」
ダイアンがそう叫ぶと、翼の光は太陽のように煌々と煌めき、周囲を閃光の眩さで包んでいく。
『うぅぉぉぉぉおおおっ……、だはァッ!!!!!』
分光翼が七色に光を飛ばし、短剣から放たれた瘴気は鮮やかに消滅した。
「HA!!――終わり!!その一撃っ、その一撃制したりッ!!」
圧倒的な魔力。そして経験値。ダイアンは持てる全てを費やし、ブルックリンの亡霊たちを鎮め切ったのだ。
「HAHAHAHAHA!!!」
けれどその無念は、託された想いは、ただの物質なんかでは無い。人伝に受け継がれる、感染病にも似た、かつ掴みどころの無い、しぶとい呪いのようなものなのである。
『――偽善者で良いんだ俺たちは。それでも"真っ直ぐ生きられる"なら。』
俺はダイアンのうなじに短剣を当てた。切っ先がプツりと肌に刺さり、そこからは血の雫がコポっと外に出た。
「確かに、誰もが欲しがる無敵能力。だがその式魔には負荷が掛かると良く光る性質がある。自己顕示と利己主義の極み。目の前の事ばかり追ってるからそうなったんだ、少しは周りを見るんだな。」
「貴様は、囮にしたというのか……、あの禍々しい瘴気を……?!」
ダイアンは困惑したような表情でそう言った。
「それが俺のやり方さ。想いも憂いも怨念も、勝つ為に利用する。ブルックリンの亡霊達には、不服だったかも知れないけれど」
俺は短剣の刃をギューッとうなじへ押し当てた。
「いっ……、ぐっ……!!」
ダイアンは広がっていく痛みに軽く喘いだ。
「こうなれば問題無いだろ。……ダイアン・メディール。お前を殺す。もし、今から始まる調査が円滑に進まず、偽証を伴うものであれば。あるいは隠ぺいを含むものであれば、容赦はしない。あるいは……」
俺は沈み切った観客を見渡してから、ダイアンに声を掛けた。
「まだやるか。」
静寂を切って、ダイアンは両手を掲げた。
「……降参だ。」
混沌と困惑を含めながら、それでもただ戦いを見に来たような街の狂人たちは、狂風に煽られるかのようにして、節々に、戦いを締め括る混沌のファンファーレが鳴った。
――――――――
{決闘の国、城壁の関門橋}
膨れた腹に、眠気が襲う。
「もう行くのかナナシ。裁判は今からなんだぜ?」
フシンは呆れた様な顔で微笑しながらそう言った。メディール家の裁判はこの国の健全さを表すアピールにもなると噂されていた。恐らくはもったいぶって地下室に溜め込んでいた膨大な研究資料が、真っ黒過ぎて庇い切れなかったことに原因があったのだろうけれど。
「フシン。上手くいっても、どうせお前に多額の慰謝料が入って御終いだ。俺たちには一銭も入らないってんだから、この街にいたって意味が無い。」
「そうかもしれないけど……。」
落ち込むフシンを見てアルクは両手を広げて笑う。
「現金だなぁ。」
――お前の提案だろ。
俺はアルクを睨んでから、下を向くフシンの肩を叩いた。
「一期一会の出会いさ。惜しんだって意味が無い。」
「そういう意味じゃないだろ。」
フシンは苦い顔をして言い返す。
「というか弱く無かったな、お前。」
「最強だからな。」
冗談めかしにそう言うと、今度はアルクが苦い顔をした。
「また会えるよな。ナナシ。お前たちは凄いクランになるんだろ?」
「そうだな。世界最高のシーカーになる。しつこい追っかけにはサインくらいはしてやるさ。」
「言っとけよ。」
フシンは照れたように俺を殴った。
踵を返せばキャラバンは進む。
いくら手を振ろうが、別れは別れのままである。
「ナナシ。最強だとかって話は冗談にならないよ?分かってる?もし悪神教たちに聞かれてたら……」
「はいはい、分かってますって。」
揺れるキャラバンの中で名ばかりの最強が話を逸らす。
「そう言えば、結局どうやってメディール邸に入ったんだ?」
「……ん?」
猫が眠たそうに欠伸をしたあと、めんどくさそうに口を開いた。
「キャラバンでパーッとやって、ボクがスゥ―ッ、っさ。」
扉魔法、零角:絶対透過。サテラお墨付きの魔法ならそれも可能だろう。
「おいおい、最強だな。」
「最強だもん。」
アルクはまた呆れた様な顔をして、溜息を吐いた。
「それにしてもいい国だったなぁ~。」
俺は伸びをしながらそう言った。
「どこが?」と怪訝な顔で言ったのはテツだ。
「確かに~」と、いの一番に同意したのはプーカ。
「どうかなぁ。」と場を見て言葉を濁したのはアルク。
どうやらその評価は今日も、賛否両論であるらしい。
雑草、牧草、土塊に、水だまりや、泥沼の虫。――カラカラカラと回る木輪が、新たな轍を付ける暇に。
Tips
・悪神教
『この世界にはかつて、神の国より善と悪の神が舞い降りた。善の神は悪の神に打ち勝ち、善は正しく悪は虐げられるものと理解される善の世界が訪れた。すなわちこの世界は善の神が作った世界で有り、この世界に蔓延る不平等や差別は善の神による思想が不完全で忌むべきものであるからだという教義を持つ。また悪の神がこの世界を救済しに戻ると信じられており、当時最強と呼ばれていたサテラを打倒した悪神ガレスを更に打倒した"最強"に固執している。その目的は崇拝対象の暗殺であり、キリエ寄りの新たな崇拝対象を生み出すことにある。
またナナシは、サテラがガレスを殺害したとされる大事件【ワールドクエストⅢ(サード)】において、たまたま現場近くにいた一般人であり、キリエの暗殺対象に一応リストアップされた不憫な人。』




