④岩窟前の道具屋
――まるで葬儀屋だな。
翌日立ち寄った道具屋の婦人は顔を抑えて俯いていた。
部屋の奥からは子供の泣き声も聞こえてる始末。
時刻はおよそ12時ごろ、まだ昼時。
「こんにちは!」
アルク・トレイダル、貿易商。我がクランの財務担当。
もとい財布担当が晴れやかな笑顔でそう声を掛けた。
これがBusiness smile.....
「あぁ…、いらっしゃいませ。」
婦人はその面をあげれば、見るからに辟易としてる表情をしていた。
「芝香草ってありますか?」
「えぇ、去年のなら。」
婦人が指した冷蔵のショーウィンドウには、立派な香草が青々と並べられていた。
どれも一級品。それに他の街に持ってくだけでそれなりに利益の出る安さだ。
これだからトレーダーは辞められない。
いやトレーダーじゃないんだけど。
「凄いよナナシ、値段もさることながら質が良い。目利きの上手い人間が採集したんだろうね。」
「そうみたいだな。」
「――みたいだな~。」
俺の言葉をプーカが真似した。常時ふざけたやつである。
俺はそれに構わず、あからさまに疲れ切った顔の御婦人に言葉をかけた。
「何か有ったんですか?」
婦人はその言葉にハッとした表情を見せ、店の奥に通じる戸を閉めて笑った。
「すみません。子供が……、うるさかったですよね?」
――違う、アンタだ。
「えっと。時に僕らは冒険家でして、ジマ岩窟に挑戦する上で必要なものを知りたいのですが」
俺の言葉に婦人はパッと顔をあげ、咄嗟にショーケースへ手を付き言葉を返す。
「え、あっ!いいえ。ジマ岩窟では先程、崩落事故が有ったと知人から聞きました。今は既に入窟規制が掛けられているはずです。」
――冗談だろ。
唐突な知らせに俺たちは顔を見合わせ、小声で先行きを話し始める。
アルクは顔を顰めていた。
「さっき通りが騒がしかったのはその為か。……そうなって来ると赤字だね。」
アルクは顎に手を当て、俯いた。
「……崩落事故の度合いによっては長くても数か月、次の国まで三日、芝香草と七面鳥を持ってしても食料分と売買分で利益は良くても……」
このクランの商売担当が長考する時は、大体手の打ちようが無い時だ。
「じゃ、あの手で行くしか無いな。気は進まないが、ここで引き下がれば殴られ損。この街の思い出がビール一色になるのはごめんだし。」
予想外の事態では有ったが、腐っても認可冒険者の端くれ。
俺たちの中では既に"何を"するかが決まっていた。
「――もしやもしや、ご家族の誰かがダンジョンにおられますか?」
「どうしてそれを……」
俺は辺りを見渡し、並べられた探索道具の数々を眺めて言った。
「道具屋にはそういう店が多いですから。特段ここの品揃えは、冒険者の需要をよく理解しているらしい。売れ筋の良い物ばかりではなく、無かったら困る物が揃ってある。」
婦人はそれを聞きじわじわと涙を流し始め、
何かを想い更けったように「旦那です」と声を漏らした。
そして俺はそれを耳にし計画を実行する。
―――――
「……なるほど。ここがかの有名なクランエドガーの御宅ですか。
分かりました、それではミスウィリアム。
お金は要りません。そんでもってサインを下さい。
アナログで伝統的なギルドの契約ですが、緊急の指名クエストとして俺たちが彼らを助けてきます。」
「えっ...?」
貴方が?と言いたげな顔で彼女は丸くした目をこちらへ向け、また視線を落とす。
「止めて下さい……。」
「もし危険なら諦めましょう。もし望みが薄いならそれでも諦めましょう。ただ御守り代わりとして依頼して欲しいんです。貴女に万に一つの損も無い。」
俺は構わずつらつらと簡易的な依頼書の形式を白紙に書き留め、ショーケースの上へ置いた。
「貴方に何が出来るんですか……?」
婦人は涙を落しながら言った。恐らく、俺が魔法を使えないのだと理解している様子である。
「俺は、何も出来ませんよ。」
俺は清濁を併せ吞み、ケラりと笑ってそう言った。
この人は、元々は名のある冒険者だったのかもしれない。
あるいは腕の立つ魔導士だったのかもしれない。
しかし事実として、それがどちらにせよ今はただの子持ちの道具屋の店番。
それならば……
「残念ながら俺も横にいる彼もそこのちっこいのも、一人じゃ何も出来ないような無能ばかりです。」
その言葉で、抑制されていた悲哀の蕾が憤怒となって大輪を咲かす。
「ならば無駄じゃないですか!!」
「いいえ。"俺たち"ならば、余裕なんです。」
婦人はその言葉に黙りこくり、数秒間を置いて激しい剣幕で机を叩いた。。
「――ふざけないで下さいッ。いまやダンジョンは猛毒に汚染され、深部に辿り着くことすらままならない"超高難易度域"に成り果てている!!」
心臓を抑えて苦しそうに、それでも冷静になろうと言葉を紡ぐ。
だがそれでいい。
婦人の剣幕は、しかし想定内だ。
感情はどんな形であれ内側で藻掻き溺死していくよりも、
外側に暴発させ誰かを巻き込んで発散させた方が良い。
独りじゃ所詮、一人分しか変わらないのだから。
「貴方には分からないんです・・・。
それでも救いを差し伸べたいと、一体どれほどの人間が切望しているのか。
そして考えあぐね、苦渋を舐めて傍観を迫られているのか。
少なくともこの街の人間はあのダンジョンに魅入られ、恐れ、愛し、付き添ってきた専門家たちです。
その彼らが夫の、エドガーの救出を断念した。この意味が分かりますか?
もう助からないんですよ。
……貴方が今していることは、その浅薄で醜悪な薄ら笑いは、この街とエドガーへの侮辱です。」
醜悪……とは、些か酷いものだ。
でも何を言われたって構いやしないさ。
実に、自信が有るということや態度がデカいということは時に人を説得させる交渉材料と成り得る。
虚勢と言うゼロから信頼というイチが手に入るから。
そして俺たちが手に入れたこのイチから、数を増やしていく事は決して難儀なことではない。
その後は、俺たちが持っているモノを乗算してやれば良いだけだから。
……つまりは俺達には大義が必要で、いつだって命を賭けるに相応しい覚悟に足る理由がいる。
それが例え建前でも、構いやしないんだ。
理由の中身に構ってられない。重要なのは、後悔するかその否か。
「ふざけちゃいないさ。俺たちにしか、成せないことがある。」
一刻の余談も許さない汚染洞窟。
崩落の闇に隠された不確定要素。
超高難易度域と成り果てた深淵。
要救助者という名の確定的な重荷。
それでも、常人では踏み入れられない領域に俺たちは行く。
何故なら"それ"が出来るから。
「そして今ここに居る"貴女"にしか出来ない事だってあるはずだ。
いくら平静を装って店を開け続けていたって、返らない日常も有る。
……それならば、祈りを捧げ待ち続けるこの悠久の絶望を選ぶより、今ある最善を尽くすべきだ。
例えそれが、通りすがりの無名冒険者に頼る事だとしたって。」
「……っ。」
――それに、無料だしな。
やがて彼女は筆を取る。ドブから拾ったその藁に縋って祟るほどの勢いで。
依頼主
【キャシー・ウィリアム】
請負者
【ユーヴサテラ】
クエスト依頼
・崩落したジマにおけるクラン・エドガーの救出。
キャシー・ウィリアムは魔法の羽ペンを滑らせ、インクをつらつらと載せていく。
舞台は整った。
白紙だった契約書に記されたその名前を持ち、俺たちはキャラバンへと乗り込む。
ただのキャラバンでは無い。木目の美しいロフト付きのキャラバンだ。
そこにいるのは五人と一匹。
それは無能ながらに癖の強い
――さすらいの、
――変質の、
――異様なる、
――非凡たる、
――個性的で、
――超常な、
『探索者』たちである。