⑧決闘台の上で
「ブルックリンがなんだって?あの悲劇を語るには、余所者の口じゃ軽すぎるとは思わないのかね?」
乾いた風が頬を撫でていった。
「余所様のトラブルに首ツッコムのが仕事なんでな。報告書は大方フシンの言葉を裏付けている。てめぇ、そんなナリして結構なカスじゃねぇの。私欲の為にここまで虐殺して、飄々としている奴を俺は始めて見た。」
「何の、ことだか?」
ギロリと光るダイアンの目に殺意が乗る。生かしちゃおけないと目が語る。
「とぼけるな。直接手を汚さずとも首謀者はテメェだ。人を救う薬作ろうっていう氏族が、よくここまでの下衆になれたもんだな。」
「おい、そろそろその臭い口を閉じてくれ。君と僕じゃ生きている世界が違うのさ。」
獅子とクマを合わせたような男の、怒りのヴォルテージが上がっていく。
「その通りだ。俺の世界をテメェの血みどろの世界と同じにするな。」
ダイアンは瞼をピクピクと動かし、威圧的に両翼を広げた。さぁこれで良い。
「よくもまぁ見ず知らずの街の話にィ、そこまで憤慨できるものだ。ははッ……死んでくれ。」
刹那。
――クソ速い。
レイピアの剣先が眼前に迫る。ただの貴族じゃない。決闘の国という特殊な環境に順応した圧倒的実力者。遅れて風圧が届き、踏み切った決闘台が抉れていく。俺は初撃をスレスレで避け、次撃にはレイピアを短剣で弾きながら重心を左に落とし、レイピアを右にかわす。
『スペクトラム。』
【万能たる分光の翼】
系統:特殊魔法系・固有魔法
等級:不明(A以上)
属性:物理
光焔
白魔
不明
詳細:魔法の性質を分解し見極める固有式魔。
ダイアンは敵魔法の火力を支える構成要素を瞬時に分離させ弱体化。
のち、対応する優位魔法をぶつけ相殺しているようだ。
例えば炎で有れば燃焼物(酸素や燃料、魔素、)を分離し、
初歩的な水魔法と折り合わせて相殺する。
「出たな。」
しかし避けた先には硬化した刃の如き翼が、手足を振るうかの如く追撃に現れた。
『集光《フォーカス》。』
同時に太陽光が翼に集まり、俺の視界を煌々と遮った。
俺は地面を大きく蹴り、身体を逸らして反転。
距離を取ることを余儀なくされる。
神々しいまでの魔術式。
高貴な遺伝子たちが氏族のために交配を重ねた最高傑作。
……A級。いやS級【 固有魔法:分光の翼】
「おぉっと、危ないぞ。舞台から落ちれば君の負けだ。」
――完全に、防御主体の式魔(=シグマ:戦闘の為に特化させた魔法の分類。)と思っていたが、これはいささか万能過ぎる件について。
「ざけんな、死ぬまで俺は負けじゃねぇ。」
これはもう、一介の闘士とは一線を画している。戦争も紛争も聞かないこの国で、しかし特殊性を孕むこの国の頂点に立つ為に仕上げられた、対人戦闘特化の大魔導士。何世代にも渡り最適を紡がれたんだ。超DNAレベルで、こいつは作られている。
「貴族にしては、強いじゃないの……。」
「君が弱いだけだろう、一切魔力を感知出来ない。それとも隠しているのか。いいやならば、試すだけだ!!」
ダイアンはすかさず両翼を広げ、鋭く尖ったように硬化させた羽を立たせる。
『――分光翼・神羽刀!!』
「やっべ。」
刹那、無数の羽が直線状に飛来し風を斬り裂いて襲い迫る。
――シュルルルルッ・・・!!!
有効範囲の乏しい短剣の間合い。叩き落とす数十枚の羽、処理しきれない残りは必然この身体に突き刺さり、文字通り刺すような痛みが肉を抉る。
「……。」
「HAHAHA!!おいおい、マジで使えないじゃないか。高い魔力のコントロールだと感心していたが、まさかホンモノ。良くも僕に立ち向かったものだ。良くも興を冷ましてくれたものだ。一発殴らなきゃ気が済まない?冗談はよしてくれよ!!」
血流が激しさを増し、傷跡からは炙られたような熱を感じる。熱くて痛い。そして感覚は、次第に研ぎ澄まされていく。
「HAHAHAHA!!いやぁ。BOY……。君は一体、"何のために"戦っているんだ?」
「あ?」
「虚しいじゃないか。虚勢ばかりの人生、こんな最期を迎えてしまうなんて……。彼を助ける為?ブルックリンの復讐?HAHAHA!!世迷言を。見てもいない歴史を鵜吞みにし、見せかけの善意で憤怒を演じるッ!?」
出血の霧、ドス黒い瘴気がこの身体に纏っていく。
「たはッ!!はっはっはっ!!はっはっは!!はぁ!!HAッHAHAHAHAHAHAHAHHAHAHHAHAHAHAHAHHAHAH!!HAHAHAHAHAHAHAHHAHAHAHHAHA!!HAAAAAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAA・・・・ひぃ!!!!!」
会場は異様な誘い笑いが各所に木霊し、波及していく。不気味で空虚なシュプレヒコール。
「HAHAHA所詮貴様らはッ、ただの偽善者に過ぎないッ!!!」
大翼の展開が空を覆う。圧倒的なその実力を誇示するように、ダイアンは力を込めて魔法を解き放った。神秘的な光が観衆の頭上へ、快晴の空を遮る様に広がる。起こり立つのは拝むような拍手と歓声。
「やっちまえ……」
「いけぇ」
「殺せッ!!」
「やれぇ、メディールッ!!」
「殺れぇぇえええええええ・・・!!」
観客のボルテージが最高頂へと走り出し、繰り返される。
「殺せェ!!」
『――神羽刀ッ!!!!』
歓声へ呼応するように唱えられる。広げられた大翼からは、先程の比に成らないほどに圧倒的な数の刃が射出された。
「同感だよ。」
瞬間。壁のように連なる刃を前に、俺は横一線に短剣を振るい、空間を薙いだ。そこからは赤と黒の瘴気が三日月状に広がっていく。
「なッ……?」
『月薙。』
(【月薙】剣刀技・横薙ぎ。
――イーステンの南部山地発祥の伝統的な斬撃技。【月光剣】と呼ばれる括りに位置づけられ、特定の構えと斬撃の波動から、大気中の魔素を利用した簡易術式として発動され、通常よりも僅かに強力な薙ぎの一撃を繰り出せる基礎技。)
消滅した翼の燃えカスみたいな灰が、パラパラと空中に散っていく。
「月光剣...無魔にしては高い魔法理解であるッ……。しかし何故、なぜ無魔の身でありながら、私の魔法が効かないッ。なぜ今、魔法は"消えた"のだ!?」
ダイアンは一瞬顔を伏せ、顎に手を当て困惑した表情で状況を分析する。
「何故だろうな。一体何故魔法は消え、何故俺は生きていて、何故俺はお前に立ち向かうのか。」
次いで俺は全身に力を込め、身体に内在する魔素を高速で循環させる。
――心残神衣。
(【シンザンカムイ】
一時的に興奮状態を作り上げる禁術。ナナシは後天性の無魔である為に超高難度であるこの体術を習得したが、効果時間の関係上、とても使い勝手が悪い。)
「何、故……?」
「答えは一つ。”呪い”だから。」
怒髪冠を衝く如く、なりふり構わずダイアンは魔法を蓄積し光の翼を正面へ閉じる様に構える。
『――絶対分光の大翼ッ!!』
俺は対照的に守りを捨て、瘴気を纏った短剣を鞘に収めて居合を構えた。
「振り払っても離れやしない、投げ捨てようとも捨てきれない。纏わりつく冷汗みてぇな罪悪感が、その嫌悪が正体さ。大貴族メディール家次期当主、ダイアン・メディール。お前が焼き切った全ての命を、その魂を、その痛みを、この復讐を、捌けるものなら捌いてみろ。」
身体が力む。
視界が狭まる。
勝負は、一瞬だ。




