⑦示された記憶の上で
「タイトルは、――ブルックリンが死んだ日。記されている内容は大量虐殺の一部始終だ。こんな根も葉もない噂の証拠らしき書類を、何処の馬の骨かも分からないクランが持っているなんて可笑しな話だが。まさかアンタらの所有物でもあるまいしな。」
決闘台の袖からメディール家の使用人が決闘台の上に登った。
「あっ。」
ダイアンは使用人に耳打ちをされ、しばらくした後に口角を鋭く上げた。
「部外者が登っているようで。」
「緊急だ。」
「何の御話でしょうか?ここは決死闘の舞台、緊急性が有るならば……」
「家にコソ泥が入ったらしい。」
――ウソは付けないよな。
「へぇ、それは大変ですね。」
俺は書類で顔を扇ぎ、頬に風を送って視線を逸らした。
「貴様ら、自分が何をしたのか分かっているのか?」
「まさかまさか、かのダイアン・メディールはそのコソ泥が我々で、この書類が自分たちの物だと仰りたい?」
「そんな訳が無いだろう、阿呆が!!」
「――そうだよな。しかし、コイツを呼んだ限りは、もう俺たちは見て見ぬフリをするわけにはいかなくなった。なんせ歴史を揺るがす大犯罪。こんなコソ泥の命などどうでも良くなるほどの罪。どうぞ彼の命を取るなりなんなり、余興の続きをお楽しみください。俺たちは今からこの文言の裏を取るため、評議会へ出向くとしましょう。なんせ、この国の言論は自由であるらしいからな。そうだ、新聞にでもタレコミもしてみましょう。」
俺は紙を丁寧に織り込み、ポケットへとしまった。
「貴様ッ……。」
ダイアンの顔が、たいそう天狗らしい顔つきに変わった。
「けれど、まぁその前に。」
「――お前を殴らなきゃ気が済まない。」
拳を堅く握り口を挟んだテツを後ろに下げ、俺は一歩前に出る。役割は分担が大事だ。
「ほう。やるっていうのかい?何も知らない偽善者の分際で。」
「あぁ、そうだな。……偽善者の俺とお前が闘う。地下室の開示と評議会の査察が条件だ。賭けるのは、俺の全て。」
「くっ……。本気で言っているのか?」
ダイアンは躊躇うように眉をひそめた。
「断るのか、ダイアン・メディール。――さて、ここは決闘の国、俺は旅人ナナシ。魔法は使えず、冒険者としては駆け出し。敗ければ俺は死に、勝てばアンタは無実を証明できる。どう考えてもノーリスクな最高のイベント。退くのか!!」
無論俺は国民では無い。身分法は適応外だ。それ故にダイアン・メディールには拒否権が有る。しかし。
「逃げるのか!!この大舞台でッ!!……とか、言ってみちゃったり。」
その言葉に、ダイアンは胸を張って言い返す。
「――受けてたとうっ!!最高のショーになるッ!!」
「よし。」
俺は踵を返し、テツが担ぐフシンの左腕に短剣を当てた。
「……ツゥ……、はぁ、……これは?」
「【皇女の短剣】っていう特級クラスの武器さ。魔法や瘴気をゆっくりと自然吸収してくれる。それ以外に何が出来るかは知らないけどな。少しは楽になるはず。」
「……すぅ、はぁっ……、なぁ、戦うのか?」
フシンは痛みに喘ぎながら問う。
「まぁ。」
「こ、殺されるぞッ!!あいつは、アイツは無敵だ。呪いも効かない、魔法も効かないッ、剣術だって、はぁっ、……一流だ。だから…命を賭けたのに。それでもアイツにはッ……!!。お前は弱いのに、敵う訳が無いッ!!」
――余計なお世話だ。
「確かに俺は弱いけど、あんな奴は屁でも無い。」
俺は自身の手の平を裂いて、血塗られた短剣をフシンの肩へとゆっくり刺した。
「ヒィッ……!?……痛く、ない?」
「なら良かった。テツ、あとよろしく。」
「僕が殺る。」
「俺が死んだらな。」
俺は出血する右手を握っては広げて、握っては広げて、身体はトントンと小刻みにジャンプ、筋肉を伸ばしたり関節を曲げて鳴らし、身体を少しづつほぐしていく。
「HAHAHA!!無魔の君が素手かい?僕を少々舐めていないか??」
――なわけあるか。
ダイアンは不敵に笑った。会場は増えつつある警備の量にざわつき始める。恐らくは俺たちを捉える為に集まってきているのだろう。何にせよ、退路を作るには決死闘は避けられない結果だった。
しかし、この決闘は俺の意志でもある。
「舐めてんのはお前の方だ。命を賭してここに立った亡霊の意志を、アイツが背負った亡者の想いを、それに突き動かされたバカたちの想いを、お前は軽んじ、舐め腐り、踏みにじってんだぜ。……想い出せよ大馬鹿貴族。分からねぇなら教えてやるよ。今日が一体なんの日かを、今日が一体どういう日かを。」
ダイアンは金髪を描き上げて笑った。
「はて……、ご享受頂きたい。」
俺はテツが投げた皇女の短剣を掴み、戦うために構える。フシンの呪いを吸ったその赤黒い刀身と瘴気は、今日の日の為だけに在った。
「ブルックリンが、お前たちを殺す日だ。」
――VS 金剛無敗の大貴族。
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「手当は?」
「大丈夫、順調だよ。」
テツの渡す布を受け取り、フシンの腕を縛っていく。
「あいつは勝てるのか?」
僕の腕の中で、フシンが痛みを堪えながらそう聞いた。それは少々困った質問だったけれど、交易担当としてナナシと片時も離れず旅を始めた僕には、余りにも耳馴染みがありすぎて、少々安堵をしてしまっていたの憶えている。
「どうかな(笑)」
実際に分からない。あの日ナナシが、ワールドクエストⅢ(サード)の決戦で、世界最強の大司祭を屠ったかどうか。彼が本当に、悪神教に狙われるほどの器なのかどうか。
「僕にも分からない。」
事実。魔術学院で覗いたナナシの記憶では、彼は”ガレス”を【倒していなかった】のである。
ただカルトに最強と間違われ、命を狙われている不憫な男。
本当の親も分からず、名前も分からず、魔法も使えず旅をする、凡人の青年。
「でもね。」
だけれど、僕は知っていた。
例え誰かが、何を言おうと、
共に旅をし、共に戦い、共に生きて、ここまで来たから。
僕はそれを知っていた。
「それでも彼は、最強なんだよ。」




