③キャラバンの机の上で
「間違い無い、これは竜四肢の呪書。竜名は{アルデンハイド}四大クランの名前にもなっているサラマンダーのものだ。創ったのはアイギス西北に存在したとされる竜谷の国か、もしくは斜塔街と呼ばれる場所のオーパーツだと思う。」
リザは拡大鏡を用いながら丁寧に禁書を確認し、
俺はその言葉に感心しながら補足をしていく。
「そして、これを収集しているとされていると噂に名高いのが悪神教と呼ばれるカルト教団だ。」
「カルト……?」
フシンはキャラバンの床にへこたれながら、
包帯を巻いた左腕を抱え、目を丸くした。
「あぁ、奴らの目的は呪われた人間に接触しコミュニティを広げていく事に有る。同じ境遇を持ってるとアピールして取り込んでいるんだ。だからもし、道具屋にソレが有るとお前にタレコミした奴がいるのなら、あるいは間接的に知らせた奴がいるのなら、それはきっと悪神教に違いない。」
「どうしてそれを信じろって言うんだ。例え呪われたとしても、俺は誰にも惑わされたりはしない。それがお前らであっても!!」
その通りだ。
フシンからすれば俺たちも充分に未知数。
「別に。そこまで言うなら好きにやりゃあ良いけど。どうしてそこまで力を手に入れたいんだ。」
俺は煎じた茶葉を湯呑にいれ、
丁寧に机に置いてそう言った。
「どうしてだって!?……いや、お前らが知らないのも無理はない。だが、この街のほぼ全員は、それを知った上で黙っているんだ。」
フシンはそう言うと悔しそうに俯き、
唇を噛んでから顔を上げた。
「僕は、大貴族メディール家を倒す!!」
「おっ……」
プーカはこの街で買いたての塗り薬と、
フシンに巻いたばかりの包帯キットを見ながら声をあげる。
――【メディール薬品】。
示されていた名前は恐らく、
フシンが今しがたあげた貴族の名前だろう。
「聞いたことがあるよ。メディール家。」
沈黙の後、端を発したのはアルクだった。
「交易ではよく名前が挙がるんだ。メディール家の薬と比べて値段がどうだ、効能がどうだってね。それほどサステイル地方ではスタンダード。表の薬品市場を支配しながら、裏では麻薬により闇市場を支配しているって噂が有名。」
「それは噂じゃない。現に、ここのスラムは奴らが薬漬けにした人たちで溢れていた。」
「興味深い話だね。」
アルクは感心したように微笑む。
「だがこの国の転換期、麻薬の売買が公にされそうになった時代。三代目当主メディール・アントシア。そして次期当主候補ダイアン・メディールは、ブルックリンの廃屋から人為的に病を流行らせ、事前に用意してあった特効薬をあたかも発明したフリをし、国の英雄と祀りあげられながらそれを高額で売り捌いた。住む家すら持たないブルックリンの連中が、一生かけても手に入らないような高額でッ!!」
「証拠は?」
俺はボソッと呟くように聞いた。
「証拠は全て、メディール家の地下に有るッ!!みんな知っているんだ。流行り病で死んだのはブルックリンの人間だけ。だから国民はメディール家が感染源を作った噂を都市伝説だと有耶無耶に掻き消し、世論は自分たちを責めないだろうと踏んだ当時のメディール家は、大切な研究資料としてそれらを保管してある。」
「見たのか?」
フシンはキッと俺を睨むと、言葉を続けた。
――おぉ、怖っ。
「ブルックリンに住んでいたのは半端者だけじゃねぇ……。僕の父さんはメディール家の研究員だった。墓を守るためにこの街に住んでいたけど、一連の事件でメディール家の闇に葬られた。」
「死んだのか?」
「きっとそうさ。僕は見てないけど……。」
涙しながら俯くフシンから俺は目を逸らす。
同情する分として5万イェルは要らないとしても、
この手の人間に関わると碌なことが無い。
もっとも面倒なのは噓だったパターン。
本当は都市伝説だったものに当てられたか、被害妄想、
あるいは精神異常を引き起こしていた場合。
俺たちにそれらの事象の全てを裏付けるような手立ては無く、
彼に加担しても単に大貴族に喧嘩を売ったと言う事実だけが残り、
身内切りに逢えばクランが即死ぬ。
「……ただ。灰になった妹の近くに、父さんくらいの焼死体が有った。……あの日、閉鎖されたブルックリンの街は地獄だった。市民権を持たないゴロツキやメディール家に反抗するものは軒並み焼き殺された。そして、それを知っているのはあの日、閉鎖された街の中に侵入した僕だけ。」
時に都市伝説には、
記憶に残り話伝えられるようなインパクトが必要になる。
もしその話が本当であるならば闇が深いと締めくくるに限るが、
そこまで激しい情景であるならば、
より一層信憑性を失っていく。
「本を返してくれ。」
「お前のじゃない。」
「話を聞いてなかったのか?!僕たちが味わってきた地獄を知ってなお、君らみたいな余所者ですら僕を阻むのか!!――あぁ、神様。あぁ僕を!!」
フシンは泣きながら叫んだ。
「――どうして僕を救わないんだッ!!」
幼いその身体を震わせ、
たくましく生きた彼を嘲るように場は静まる。
「そんな神はいねぇよ。」
俺は呪書を手に持ち、
フシンの前に置いて話を続けた。
「――ジャンヌダルク。大昔の異国で神の啓示を受けた英雄が、国を救い、大勢の民を救い、命を救い、最後には敵に囚われて死んだ。火刑だった。」
呪書の厚さは両手を重ねた程だ。
肝心である魔法陣の描かれたページは、
木版のように丈夫な素材で出来ており、
迷える者を呪いで誘う様に簡単に開いた。
「本当に絶望してきた人間は、お空にいる神って奴が如何に無能かを知っている。死ねばいいようなクズ野郎を助け、本当に救われるべき善人を救わず、どれだけ自分が苦しんでいようと助けに来ない。誰かが富や糧を独占する傍ら、大勢の人間が今日も何処かで苦しみながら死んでいく。そういうシステムの世界を抱える神なんかが万能で有能な筈が無く、挙げ句の果て子供の我儘みたいに異端者を退け、教会で金までせびるようなら、よくよく考えればそんな神様、親のスネを齧る引きこもり並みに業が深い。――左手を出せフシン。」
俺はフシンの左手を掴み、
魔法陣の上に置く。
「今から、この世で一番辛い時間が永遠と続いていく。呪書っていうのはそういうものだ。例えば瞬く間に肩につけた傷跡まで火柱が立ち、一気に腕が焦げ落ちて竜腕が生えるなんて生温いもんじゃない。」
「……え?」
「じわじわと弱い炎が爪の先から肩にかけてゆっくりとお前を炙り焦がしていく。異国の大英雄{ジャンヌダルク}はそうやって死んだ。皮膚、肉、血管、神経、滴り落ちながら蒸発する血液を眺め。おっと、しかしながら今回お前は、死ぬことは無いな。」
「――は?」
俺は構わず続ける。
「それ故に自分の腕が炭になっていくのを見ながらも、避けられない苦しみが延々と続き、どれだけの痛みを伴おうと、いくら神に叫ぼうとも、その腕が贄として灰になりきるまで苦痛を味わい続ける。そして呪われた後も、痛みは続いていく。その命が尽きるまでな。あぁ随分と楽しみだな。……さぁ行くぞ、フシン。準備は良いよな、だってようやく念願の……」
『――やめろッ!!!』
フシンは包帯の巻かれた左手をパッと離すと、
怯えたように手を抱えた。
「そして竜腕は、選ばれた者にしか授けられない。フシンが使っても確率的には十中八九ハズレだ。後は失敗した竜腕の副産物的な力が長くて二時間ほど残る。成功してもそれをコントロールするには多くの時間と痛みが伴う。」
「そんな……。」
「その覚悟がお前に有るなら、好きにすればいい。ただ俺は、神にも等しいそんな力よりも、人間の力を信じている。所詮人間を救う神様って奴はお前を含めた"人間"なんだ。人間にしか、真に苦しむ人間は救えない。人間にしか人の絶望は変えられない。」
これらは飽くまで私的な考えだ。
しかし、ここにいる仲間が俺の中で、それを証明し続けた。
エルノアは一鳴きしてキャラバンの扉を開ける。
さて明日の祭りが楽しみだ。
どうにも、哀れな彼が呪いなんぞを使わずに
普通の少年として参加してくれることを祈るばかりである。
俺が目を逸らすと、
フシンは猿のように呪書をかっさらい、
小動物のように忙しなくキャラバンを飛び出していった。




