①ブルックリンが死んだ日
第5譚{決闘の国}
ブルックリンが死んだ日。
燻りすら消えた灰のように、
地面に項垂れていた僕を
さも煙たがるように彼は現れた。
ブルックリンが死んだ日。
妹が死に、僕の世界が一変した日。
当たり前が世界の外に追い出され、
法律という名のしがらみが、
僕らの首をジワリと絞めた。
視界を目一杯覆ったドス黒い煙と炎。
やがて物乞いも窃盗も拙い声で叫ぶ恋歌も、
みんなみんな消えてしまった。
残ったのは燃える様な肺の痛みと、焦げ臭さ。
それに喘ぐ痛々しい叫び。
ブルックリンが死んだ日。
燻りすら消えた灰が、
風と共に散ってしまった日。
この街から僕らは消えた。
僕は今、つまりは何者でもない。
だからこそ全てを懸けるのだと思う。
今目の前にある歓声も、大義の為なら怖くない。
襲い掛かる火傷の跡も、正義の為なら痛くない。
失うものが無いのだから。どうなったって怖くない。
この命を懸けて、真実を暴き出す。
ブルックリンが死んだ日。
僕の決意が挫かれたあの日。
頭上の彼は僕を見下し、
ゴミ溜めのネズミを見るかの様に、
されど、目の前のゴミを吹き飛ばすように、
僕の全てをかっさらった。
―――――――――
『うぉおおおおお・・・!!』
「ちっ、うるせぇな。」
ヒノキの香りが豊かな建物。
しかしながら外装はコンクリートやレンガを基調とした頑丈な作り。
街の外壁は様々な単色が連なるカラフルな創りに統一されており、
街全体が明るい雰囲気を醸し出す。
それらを囲うように聳え立つ外壁のような南西の丘、
国防の為普段は立ち入れられないとされるその禁域にある防人の館から、
ぐるりと時計回りに進んで街を見下ろせば、
鳥観するように国の全体像が飛び込んでくる。
中央やや北西寄りの場所には鋭利で派手な屋根の多い貴族街が、
起伏を少し下れば機能的な建築の様相に変る、
おおよそ庶民の家々が立ち並ぶ構図。
数年前の大規模な火災で焼失したエリアも、
その復興が良く進んでいた。
「この国の法律は先進的だと言われており、法治国家として特段優れた治安を確保した為に、他国からも高い評価を頂いております。」
「法律?」
俺の言葉に案内所のお姉さんが、
コクリと頷いて答えるのを思い出す。
「はい、この治安を担保する基盤となるもの。それが我が国の誇る最高の法律「区別法」と「決闘法」に御座います。」
――区別法、決闘法……。
【サステイル地方・ハンドラ王国】
決闘法というその法律の名が印象強く、
それでいて先進的な発展を遂げたこの国を世間は{決闘の国}と呼んだ。
「見ての通りこの国は民主的な発展を遂げ、言論的な自由が保証された国では有りますが、いささか最初期には平等を叫ぶ声が多く寄せられていまして、しかしながら王政から始まる貴族制度はこの国を支える大きな柱で御座いますし、ならず者にまで資産が散ってしまいましたら国は崩壊しかねませんので、デモや内乱を抑える為にも平等に機会を与えられ、尚且つ反乱分子を抑え込む方法が必要でした。
そうして生まれた1対1の戦いにおける勝者の要求を呑む慣習、それが後の決闘法に当たります。区別法はその決闘法を整備するための身分制度のようなものだと言えるのかもしれません。低い身分の者からの決闘を、高い身分の者が拒むことは出来ないのです。」
俺はその言葉を思い出しながら、
だだっ広い城下街の地図に目を通した。
――――――――
「……その結果がこの、元・貧民窟って訳か。」
案内所の話を思い出しながら歩く街は、
何処か真新しさと退廃地区の荒廃した名残が同居しているようであった。
整備された道路をコツコツと歩きながら、
開店して間もないだろう店の列が後方へと流れていく。
{決闘の国・ブルックリン街}
生き物が魔法を使うには体内に在る魔素が必要である。
それは例えるならば蓄えれらた筋肉のようなもので、
蓄積するには栄養ある食事や魔素を『魔法』として
外界に出力する為の専門的な知識が必要になって来る。
すなわち、
「言いたいことが有るなら一人ずつ掛かって来い。
もしも僕らに勝てるのならば……。」
【決闘法】という法律には、
法を整備した王家の騎士や貴族側の
自信にも似た挑発が含まれているのだろう。
「荒っぽい法律だね。」
横を歩く交易係は、
溜息を吐くようにそう言った。
「しかし合理だ。往々にして指導者に求められる、やれ『血筋が良い』とか『出が良い』だとかの偏見材料は、血統書が無くったって証明できる。」
俺は良く晴れた空を見ながら、
この街を俯瞰してみるように頭を回す。
アルクは対照的に、
すれ違う人の流れをよく観察していた。
「そうだね。伝統的、あるいは遺伝的な固有魔法の強み。カミサキ(イーステンの小さいクラン)の雷を扱う式魔、アルデンハイドの炎扱う式魔だとか。ともすれば、一見成り上がりしやすい構図に見える。」
「しかし、区別法が適用されるのは国民だけ。武に富んだ貴族の出来レースを仕込める。徒党を組んでいれば、決着が揺らいでも上層のヒエラルキーの根幹は揺るがない。」
「なぁ、テッちゃん。冷えラム、、冷えラムネ~みたいなん、こんど一緒にたべいこ?二人だけで食ってんでズルいねん!!ズルいなぁ!!?」
「え?そんな話だったけ。ごめん聞いて無かった。」
申し訳無さそうなテツの顔と、
プーカのボルテージは上がっていく。
「おん。おこずかい少ないクセに冷えラム肉食ってんど――」
「はぁ~、あれは上手かったなぁ~アルク。」
「そう、つまり法律なんだ。え、なんのはなし...?」
「だから、王政を敷く他国からは一目を置かれているって話。」
「うん。え、だよね?」
アルクが首を傾げ、
眉を顰めた0コンマ5秒後。
ガラスの破片が空間を裂くように飛んでいく。
ゆっくりとした時間を捉えるように、
すかさず俺はアルクたちを制止させるように手を伸ばし、
ガラスを突き破らんとする身体へピントを合わせた。
「――窃盗だァ!!」
なら敵ではない。
例えばそれはイカれたカルトとか。
パリンと道具屋のガラスが音を鳴らし、
覆面をした少年が飛び出してくる。
すかさず動き出す時間と共に、
俺は肩の力を抜き、鞘に当てがった手をダランと落とした。
「・・・」「ビビったー!!」
静のテツとは対照的に、
動のプーカは目を丸くして明快に仰け反る。
「だってさナナシ。」
小さくなる背中を目で追いながら、
アルクが他人事のように言った。
声の主は突き破られたガラスの中から、
怒髪衝天の様相で飛び出してきたハゲ面のエプロン。
恐らくアレが店主だろう。
すなわちこれは、ある種の金策パターン。
「めんど。」
俺はテツと目を合わせて"拳"を差し出す。
阿吽の呼吸、同タイミング。
テツが差し出したのは"チョキ"であった。
「ふっは~。はいー、よろしく~。……グハァッ!!!」
テツは俺にエルボーを決めた後、
一目散に逃げる少年の背後を追っていった。
「アイツ、負けたからって殴るなよな。……殴られるくらいなら行くじゃん?俺。」
「まぁまぁ。」
アルクは笑いながらそう言い、
ゆっくりと店主へと近づいた。
「おい見たかプーカ。アルクのあの背中、あのスイッチの入り方。アレが秘儀、――ナチュラル詐欺師スマイルだ。」
ナチュラル詐欺師スマァイル・・・!!
スマァイル・・・・!!
スマァイ・・・!
スマァイ・・!
スマァ・・!
「――なちゅ?え?ちーずふぉんでゅ?」
「よぉし、後で食おうな。」
別段、道具屋で何かを買う訳では無い。
彼はクエストの交渉をしにいったのである。
そう冒険者とは常に能動的なもの。
ハングリー精神が大事なのだ。
「はらへったぁ」
「そだな。」
俺が適当にプーカに相槌を打っている頃、
アルクはいつもの常套句を道具屋の店主に吹っ掛ける。
「お困りですか? ……なるほど、実は僕ら冒険者ギルドに所属している者でして。え?証拠ですか、それはもちろん……、えぇ申請などは、えぇ、はい……」
何故見知らぬオッサンと、
ここまで円滑に交渉できているのかが疑問である。
中々に向こうからの好感度も良いらしい。
俺なら即、盗人とのグルを疑うものだが。
「奴はここいらじゃ有名なドブネズミだ。言うなればスラムの亡霊、1年前に死に損なった街の汚れさ。畜生っ、なんで俺の店が。それも今日みたいな日に限って……。」
「……今日みたいな日、というのは?」
アルクは首を傾げて尋ねた。
「前夜祭さ。2年前に猛威を振るった流行り病がメディール公爵一家の新薬によって消息した記念のね。明日は祭り当日。こういう祭日は店が繁盛するんだ。酒だとか包帯だとか塗り薬だとか、煙草や弁当はもちろん、大きな音を鳴らす道具だってよく売れる。最近の売れ筋はこのブブゼラさ。」
「――ほぉ、それは何故に?」
「決闘があるのさ。主に貴族らが自分らの権威を見せる為に、賞品や賞金を提示して自分たちの家族の代表と戦わせる。もちろん身分差や思想コミュニティの違いが有れば、「決闘法」に乗っ取り多少の無理難題も押し付けることが出来る下剋上の日。飲みと祭りの席じゃあ、この国は無礼講が当たり前になる。それが終われば後夜祭さ。」
「そうなんですね。」
アルクは関心したように頷いた。
どうせ交易の事を考えているに違いない。
祭日を狙えばよく売れそうだからな。
よし、今度は物を売りに来よう。
「前夜祭は何が催されるんですか?」
「何言ってんだあんちゃん、さっきも言ったろ。決闘だって。」
「なるほど、では明日は?」
「――当日はもちろん決闘さァ!!」
「ちなみに後夜祭は……?」
「ばかいっちゃいけねぇ、決闘だよ。」
――バカみたいな国だな。
「へ、へぇ・・」
俺は遂、表情に出てしまう。
アルクは一向にニコやかなまま話を続けている。
ポーカーでもさせたら強そうではある。
プーカはと言えば上の空だ。
「けっけっけっとうち~は、ふくのうち~。……めしまだ?」
「おだまりプーカ。」
「ゴマダレ牛タン?」
「よぉし、後で食おうな。」
分かりました。
と声を弾ませ、アルクが契約を取り付ける。
――もしも犯人を捕まえられたら、報奨金5万イェル。
字面だけでも、
そのドブネズミとやらがこの街へ与えた
被害の影響が図り知れる内容であった。
あるいはこれが圧倒的な詐欺師パゥワーか。
「気を付けるんだぜ。アンタらにあのドブドラゴンを討伐出来るとは思えねぇがな、新米勇者さん。せいぜい頑張るこった。」
「ドブドラゴンってなんだよ。」
全くもって。
何を吹き込めばここまで報奨が上がるのか、
目の前にいる彼は本当に交易商なのか。
目に見えるものが真実とは限らない。
店主は一体何を聞かされたのか。
討伐とは一体なんなのか、
新米勇者とは誰のことなのか。
コンフィデンスマンの世界へようこそ。
「えぇ、でもなるだけ頑張ってみます。ギルドにもクエスト依頼として提出しておきますので、その辺は安心してください。」
「おうよ。」
――緊急クエスト。☆0(部類:難度不明)『スラムの亡霊の拘束』
・依頼主:道具屋店主「トグル」
・達成条件:道具屋の商品を盗んだ犯人の確保、拘束。
・達成報酬:5万イェル
ひょんなことから始まった報酬激ウマクエストであるが、
無論他の冒険者と共有する訳が無く、
犯人確保の布石すら我がユーヴサテラは既に打ってあるという独占案件。
「おいおい5万だってさプーカ。何食べたい?」
俺は頭の後ろで手を組みながら、
呑気にそんなことを話し、
整備された元スラムの道を歩いていく。
塗装が所々でハゲあがり、
細かい路地が連なってるところを見るに、
土地勘によるアドバンテージはだいぶ高そうでは有るが、
やがてはテツの合図が街中に響き上がるであろう。
俺はそんなことを考えながら街の空を眺め、
浮かぶ雲を見ては「ハンバーグ」みたい。と想起していた。
「たいちょお。プーカはオムライスがいいであります。」
「ふむ。検討しようぞプーカ一兵卒。」
「ありがたきしらすくえ。」
なんて呑気な話であろうか。
この時の俺はまだ、
自分の身体から血を流す羽目になるとは思いもしていなかったのである。
――パァン。
暫くしてから遠くの空で、
聞き慣れた空砲が鳴った。




