ex.新たなる世代
{アーブラ国、東の街}
――状況は?
――午後2時10分。噴水広場から外れたストリートから現政権へのクーデタが起きました。防衛用に飼い慣らされた魔獣が操られ、東から南までの住宅街では大規模な火災が発生。西の大型カジノでは反乱軍による立て籠もりが発生しています。・・・いえ、エリン様は現在南地区の避難所にて操られた魔獣たちと交戦中です。・・・はい。こんなことは、建国以来初めてということです。
―――――――――――――
ライラ・マーティン。
ウェスティリア魔術学院ドライアド寮所属。
王族キャラバンガード。
護衛対象ノスティア要人{エリン・ヒュドラ}
『大丈夫か、エリン!!』
エリン・ヒュドラ。
ノスティア要人。
王位継承順位第十一位。
ノスティア王国歴代宰相の所属クラン、
名門{ウィンディーネス・ヒュドラ}出身。
「えぇ、いまのところはね。」
ライラの目の前には、
要所である南門の防衛戦術の核を担うはずであった、
巨大な飛竜が両の大翼を広げる姿が有った。
避難所の前。
死体は既に、
逃げ遅れた形で数多く転がっていた。
「そうか。」
相対するエリン・ヒュドラは、
その飛竜に負けないほどの禍々しい魔力を発露させていた。
エリンの周りを見渡すライラは、
毒に侵された狼のような魔獣たちが
既に何体も絶命しているのを眼に捉える。
エリンは髪をなびかせ、
大衆は真っ直ぐに飛竜と向き合うエリンの美しい紺碧の瞳へ、
意識が吸われるように視線を浴びせる。
「とんでもねぇ。見たかよあの嬢ちゃん。消火栓の水を全部毒に変えて蹴散らしちまった。」
「信じられない。あの若さじゃ、ありえない魔力量だ。」
「次期ノスティアの女王候補だって・・・」
避難所へ集まる観衆の視線を
釘付けにするエリンへ、
ライラは息を呑む。
そこにいるにのは間違うことなく、
一匹の成熟し掛けた巨大なる竜であり、
禍々しく強大な何かであったから。
「はぁ。」
――ナナシ。......お前が死んでいてくれれば、と。今だけは思っちまう。
ライラは鎧を触り、
展開される兜を纏う。
――お前が生きていれば、きっといつかエリンは。{エリン・ヒュドラ}は、お前の行く手を阻むだろうさ。なぁナナシ。そんな時、オレはどんな顔をしていればいい?一体オレはどうすればいい? またお前に、背負わせちまうのかな......?またオレは......それでも、オレは。
「下がってろ、エリン。王継候補の魔力がバレる。」
ライラは竜の前に立つ。
余りにも巨大な魔力と、
巨大な迫力に挟まれて。
「分かりました。私は残った小物を始末します。......気を付けて、ライラ。」
「あぁ。」
足早に踵を返し、
エリンは歩きだす。
「あのお姉ちゃん、勝てるの?」
避難所にいた7歳の少年は、
祖父の髭を引っ張って聞く。
「か...勝てはせんだろう。誇り高き聡明な竜は、神々の産物。人間の器には持て余す。助かる道があるとするならば、あの竜奴の契約が解かれ、この国の呪縛から解き放たれた時。あるいはあの騎士が善戦し、竜から戦意を喪失させる一縷の望みに賭けるしか......」
ライラ柄を握り、
鞘から銀色の刀身を引き出す。
『一縷だァ!?』
避難所の観衆へ、
背中越しのライラの声が届く。
「オレさまを誰だと思ってやがる。」
それは鼓動を打ち鳴らす、
太鼓のように。
「――天才、奇才、秀才、神童。天資英明、才華爛発。どんな言葉をも持て余し、この剣身は星をも砕く。」
『――グォオオオォォォア!!!』
『我が名はッ――、ライラ・ヴィルヘルム・マーティン。』
飛竜の咆哮を打ち消すように、
ライラは名乗る。
『ウェスティリア随一の騎士にして、魔術学院最高の護衛士であるッ!!』