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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
◇◇◇第一巻 序譚◇◇◇ 序譚~第5譚まで
3/307

③主人公

「わぁーお、すげぇ。」


「へっへっ、すげぇねぇ~」


 この世界には魔法が有り、非力ながら俺たちは、


「終わりましたか?」




 ――旅をしている。

















【ワールドシーカー『ノアの旅人』】

―――――――――――――――――――――


 異世界だろうが、何だろうが。

 現実は世知辛い。


「あ~、はいはい。」


 受付嬢の声に急かされ提出したクエスト用紙は、

 どれも手付かずの無理難題ばかりだ。

 分かっている。

 恐らくは時期尚早なクエストなのだろう。

 初めからクリアできないとは理解しているけれど、

 今回の目的は深層「第三層」へ挑むことに有る。


「どうですかね?」


 しかしながら、

 ダンジョンの高度危険層に、

 素人さんを自殺させにいく馬鹿はいない。

 差し当たっては、第一関門である。

 目的を隠すための建前なんて、

 正直何でも良い。


「ダメです。ジマ岩窟の第2層からは肉食のモンスターが現れます。このクエストも、このクエストも、このクエストだって、受領できません。」


 え、マジで?


「え。……いやほらだってお姉さん。俺たち"シーカー"なんですよ、ただの冒険者じゃなくてさ?ほら、俺達無敵のオー、シーカー♪」


 拳を握りリズムを取る。題名「無敵☆シーカー」作詞作曲さっきの俺。


「ダメです。知りません。不可です。」


 厳しいが過ぎる of あまりにも。

 俺は受付嬢の顔を覗き込むように見て、不快感を示した顔を敢えて見せる。

 まぁ断られるのも無理は無い。

 それが命を秤にかける彼女の仕事である以上、低級の俺らは従うしかない。


 いや、それでも少し辛口。

 いいのかな?

 根に持っちゃうよ?

 根に持たれたく無いでしょ?

 まぁ持っても何もないんだけど。


「えぇ、じゃあこっちでいいや。」


 俺は難易度の下回ったクエスト用紙を数枚差し出す。

 中の一枚は『上質な芝香草』のクエスト用紙からもっとも印刷の薄かった1枚。

 数枚の用紙を局所的に重ね、主題や詳細部の異なる記述を巧みに隠すのだ。

 これが通れば俺たちは深層への入窟を間接的に認められることになる。


 余りにも古典的な手だが存外これの通じることが有る。

 横にいたプーカは俺が仕込んだトリックに気付きクシシと笑った。

 やめなさい、勘づかれたどうする……。


「じゃあ、これくらいなら良いですよね?第一層にある芝香草の採集クエスト全部。こうなったらダンジョンの芝香草は全部手に入れてやる、くらいの勢いで!!」


 俺は番台のお姉さんと視線を交え、その隙に手元では用紙を巧い具合に移動させ、

 『上質な芝香草』クエストだけを目立たないように弄る。

 あぁ、なんてことだ。駆け出し底級冒険者として学院を抜け出し1年ちょっと、

 レベルアップしたのは階級やスキルではなく番台嬢を惑わす猪口才な手品。

 先生泣くだろうな~。


「やる気は有るんですけど?」


「はぁ……、分かりました。受領しましょう。」


――ほっほっほっ、馬鹿ブァカ(笑)め。


 番台嬢は呆れた様な声色でスタンプをポンポンポンと押していく。

 さて、何回押しただろうか。

 ライセンスが無かろうが実績が無かろうが俺たちは資格を手に入れる。

 俺達無敵のオー詐欺師♪


 その中の一枚である『上質な芝香草』クエストにも受領印がしっかりと押された。

 全くもって未熟な受付だ。少しお馬鹿。

 地方のダンジョンは人手不足なのだろう。


「くれぐれも安全にはお気をつけ下さい。それと他の冒険者さまの邪魔だけは……」


 俺は彼女が押したクエスト用紙をまとめさっさと片付けて番台を後にする。

 隣は芳醇なイイ匂いの立ち込めるレストラン。

 ここでは芝香草の飼料で育った上質な鶏肉料理が売られているのだ。

 これは頼むしか無い。そして成し遂ぐ完全犯罪。


「俺~、チキンフィレ!!」


「プーカは全部!!全部食べるます!!」


 ぼさぼさの碧髪を揺らしながら、プーカが人差し指を立てて料理を差した。


「それはダメ、あとその喋り方やめなさい。」


 食べ盛りの娘だろうが所属は万年金欠クラン、そんな余裕は無いのだ。

 そんなことを想ってメニューを眺めていると、

 近くにいた背の高いマッチョが、バランスを崩して俺にぶつかった。


「おっと失礼。」


――ッ?!


「おい。」


「アァアンッ!!」


 あぁん、大きな声。


「とっ、良い体幹だぁ。トハハハ・・・ナイスマッスルっ!!なんて……」


「チッ……」


 怖い人と俺は目を逸らす。

 威圧勝負は負けで良いが、見た目に反して随分手先の器用な奴だ。

 俺から盗んだ"それ"を使って何をするんだか。

 怖いから直接は聞かない。

 俺は頼んだメニューを待ちながら、長机でその光景を眺めることにした。


「米食べんの、ナナ?」


「米は弁当で持ってきたよ。席を取ってるから水汲んで来てくれ。」


「あい。」


 俺は物静かそうな文系スキンヘッドの隣に座り、影を潜めてその光景を見守る。

 マッチョに盗まれたのは俺のクラン証書だ。

 どうせ中身の無い写し書きだから好きにしてもらっていいが、一体それをどうする……?


「――大変ですね。お姉さん。」


 マッチョは細身の男にクラン証書を渡す。

 クラン証書は出身の冒険者ギルドによって渡される特別な紙に書かれたものだ。

 よって特定の記入欄以外を偽装することは出来ない。

 つまり主要な登録情報だとか、パーティーの構成人数だとか。


 あとは大雑把な魔法登録について。

 これは優秀な冒険者としてのアピールにもなるが、

 可燃性のガスが吹き出るダンジョンで炎魔法でも使われたら一溜りもない。

 安全性の為にも偽装できない要素。

 いや、全部の記載欄で対策しとけよ。


「いえいえ。あ、確認しますね。」


 そして奴らは5人パーティ。

 様相から見て地元の人間では無いらしい。

 つまり同じく地元の人間ではない俺たちが狙われた。

 奴らの目的は確定的に違法入窟。

 しかし偽造には限界があるぞ...。どうする?


「どしたん、ナナ?」


「……証書が盗まれた。あそこ。」


 俺は番台へ目配せし、プーカと眺める。


「――凄いですね。実力だけならB級クラスですよ!!」


 どうやら手続きは円滑らしい。


「魔法だな。証書に仕込んだのか?」


「できるん?」


「分からない。あるいは弄ったのは受付嬢ヒトの方かも、催眠でもかけられたか。

 どちらにせよギルドの偽造対策が甘すぎる。

 この期に及んで人の目だけで判断しようっていう体制。

 それも魔法が疎かな受付嬢に。」


 受付嬢はそんなことに気付く余地も無さそうに、スカートとベージュのポニーテールをふわりふわりと揺らしながら、楽しそうに書類を眺めて話していた。


「……可愛い。」


「ぷぷっ、あんなん好きなん?」


「何言ってんのさプーカくん。可愛さと好み(タイプ)ってのは似て非なるものなのだよ。

 可愛いものは好ましく無くとも可愛いことがある。

 可愛いからと言って好きという事とは決して同義ではない……。」


 俺は無い眼鏡を弄り、口を尖らせ高説を垂れてやる。


「へぇ、きめぇ。」


――きめぇはひでぇ。


「……そ、それに受付としては未熟だしな。俺たちの実力も見誤ってるだろ?」


 俺は冗談めかしに笑いながら言ってやった。

 プーカは直ぐに興味無さげにチキンフィレとそのタレを白米に絡めて、豪快に貪り付いている。


「――ほぉ、坊主。てめぇらそんなに強えってか?」


 その時、何処かの誰かの何かに火が付いた音がした。


「……え?」


 顔を真っ赤にしたスキンヘッドの酔っぱらいは立ち上がって俺を睨む。


「あの受付の目がそんなに節穴だって言うのか?」


「え、……えぇまぁ。現に彼女は若く見える。このギルドで働ける年齢を考えれば勿論彼女は新人でしょう?……え?」


「月日が浅いから未熟だってのか?テメェらが大したこと無いってのが間違いだってのか?」


 なんと面倒くさい酔っぱらいなのだろうか。


――座る席を間違えたな。


 しかし、俺の言っていることは間違っちゃいない。

 反省や気付きこそが往々にして人を成長させるのだ。

 それ故に俺はこの意見を曲げない。


「相対的に考えれば、冒険者を捌く人数が少ないこのギルドの、月日も浅い番台の目が未熟だと言う事は――」


『うるせぇッ!! 気に食わねぇつってんだよッ!!』


 そう言うとスキンヘッドの男はビールの入ったジョッキ樽を振りかぶり、

 俺の脳天へと当て、中身をぶちまけた。

 樽はひしゃげてビールが零れ、俺は全身にビールを浴びる。

 机の上にあったチキンフィレの皿は、プーカが避難させるように攫い、

 華麗な所作で胃袋へ流し込んだ。


――俺の分……。


『まだ分からねぇのか、テメェら無魔ノイマは冒険者を名乗るんじゃねぇ!!』


――またか。


「――なになに...?」

「無魔だ、暴れてる――」

「ちっ、今日は潜るの止めとくか?」


挿絵(By みてみん)


『ダンジョンじゃてめぇら一人の行軍で大勢の命が消える。分かるか、この疫病神がッ!!』


 魔法それは汗をかくように、

 血を流す様に、

 爪が生えるように、

 髪が生えるように。

 食材や空気、あるいは体内の機能から魔素を確保するこの世界の人間にとっては、

 当たり前に出来るもの。出来て然るもの。


「――魔法が使えないんだって。」

「まったく?」「まったく。」

「可哀想――」

 

 そして魔法が扱えることは日常的なことであり、そうであるべきこと。


「結婚も出来やしない...」

「今日はもう萎えた。」

「あいつのせいで誰か怪我するぞ」


 そう。この世界には差別が有り、そんな中で俺たちは旅をしている。


「何の騒ぎ?」

「ロイダルが無魔に絡まれたっぽい。」

「イヤだ、イヤだ。」


 これは人種差別と同じくらい深刻な問題だ。

 後天的に魔法を失った俺も、近年までまさか自分が標的になるとは思いもしなかった。

 すなわちこれは、魔法使いの優生思想、あるいは選民思想特有の排外主義。

 とかく人間にはよく起こる"対立"の1つ。

 これがこの世界で俗に言われる、無魔差別ノイマさべつというヤツだ。


「おいガキ、何てめぇも一緒に笑ってやがる。」


 プーカの碧い髪へロイダルの大きな手が伸びる。

 俺は刹那にその腕を掴み、制止させた腹いせに頬を拳で殴られる。


「――ふんッ!!触るな疫病神がッ!!」


 剛腕から伸びる、本当に重々しい一撃。


「ブハッ...」


 背中で突っ込んだ横並びの椅子が、

 ――ガララランッ・・!!と弾けて広がった。

 腰には骨を鳴らしたような甲高い痛みが響き、

 ふらふらとしながらも俺はそそくさと立ち上がって視線を逸らす。


「そう、ですね。……行こうプーカ。」


 俺はプーカの手を引きその場を去った。


「けッ、二度と顔見せんな!!」


 この手が神なんて大層なものならば一万回は祟ってやるのだが、

 このスキンヘッドの男は無論、魔法が使えるのだろう。

 事態がヒートアップでもすれば参事は拡大するばかりだ。

 喧嘩になれば敵わない。

 それに魔法を使えない冒険者が足を引っ張るという事故は、確かに多く存在する。


 ――高難易度迷宮、無魔関連死率52%。

 特別同判時の約五割で何らかの事故の起因となっている。

 統計には往々にして裏側があるのだろうけど、

 無魔の冒険者が役に立たないどころか疫病神であるイメージは、万人の頭に根強く在った。

 クラクラ揺れる頭で、俺の中にある気力や怒りが虚しく引いていくのを感じていく。


「知ってるよ。」


 英雄、勇者、偉大な名声、富、力、栄誉。

 そんなものなど有りはしない。

 魔法を失ったあの日から。セカイを救ったあの日から、旅は始まり今日に続いた。

 どれだけ自信が有ろうとも、そう振舞って生きようとも、所詮はただの木偶の棒。

 力は証明された時にのみ認められていく。

 それでも、生き残る為に、証明されないこの生き方を選び取った。


「知ってるさ...」


 魔法で世界を救った勇者の一人は、魔法を失い、探索士として旅を始めた。


「うへっ、ナナシ弱っちぃ」


 プーカはまたクシシと笑う。その笑顔で、虚しさは若干晴れる。


「ほっとけ。」


 ビールに濡れた黒髪が、重々しく揺れた。


Tips

【ナナシの登録情報】

・ステータス

  名前:ナナシ 種族:ヒューマン 

  所属ギルド:ウェスティリア魔術学院ギルド

  所属クラン:ユーヴサテラ

  役職:メイン 護衛士(=ジーク)

     サブ  なし

  資格ライセンス:なし 

  加護:なし 魔法:なし 耐性:なし

  自由記載:とくになし

  指標レベル:1(実績が無い程度)



補足①

 ナナシには火炎耐性EX、毒耐性が認められてるものの、登録は強制では無いために記載していない。

補足②

 加護と似て非なる概念として『呪い』がある。しかし公のステータスに記載場所は無い。

補足③

 受付嬢がジマ入窟許可を出す為の冒険者指標レベル(最終判定記録)は以下の通りである。

 指標レベル:1(実績が無い程度)

      :2(軽い経験がある程度)

      :3(一人前な程度)

      :4(プロフェッショナルな程度)

      :5(多くの危険を許容できる程度)

      :6(秘匿されし禁域に挑める程度)

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