⑤雀蜂
ライラは虚ろな目で遠くを見ると、
屋台ではしゃぐアムスタへ焦点を合わせた。
「ドライアド推薦試験の中身は即席チームでのダンジョン攻略だった。......っ、まぁ。そこからのことは、アムスタにでも聞けばいいさ。アイツもその場所にいたし、オレが自ら話すべきことは、今ここで逃げずに話したと思っている。ただもし、お前の聞きたかったことがナナシの強さに係ることだとするならば、そうだな。オレが知ることは2つある。」
「2つ?」
「ほぇー、無魔でも強くなれる方法ってことか?」
ライラはその言葉に目を逸らす。
「そうとは違うし、奴の強さは真似できない領域の独自性があることだけは、前もって断っておく。それを踏まえて、飽くまでオレが知ってる範囲の秘密だ。」
「気になる。」
テツの言葉にライラは頷いて答えた。
「一つ目は本人から聞いた言葉で、”絶対六感”という概念。本来人間に備わっている、聴覚、嗅覚、触覚、視覚、味覚の他に”磁覚”を有し、そのどれもが卓越した能力を持つということ。全てを持っているだけなら、下位互換の”完全感覚”と呼ばれるらしい。」
「なんか凄そうな名前だな。というかアイツ、そんなスキルを獲得してたのか。」
「いいや、していない。」
「してねぇのかよ。」
ライラはきっぱりと答える。
「それで、それって何が出来るの。」
テツへ真っ直ぐに視線を返したライラは答える。
「”絶対六感”で可能になることは回避能力の向上くらいだろうと思ってる。一応オレたちの周りにも磁気を感知できる生物はいて、ハトや、サメ、エイなんかがそれにあたり、奴らは頭にコンパスが付いているようなものだと言われている。例え”磁覚”が人間に流れる電気を感知できる能力だったとしても良くて思考が読めるとか、前持って動きが予測できるとか、どちらにせよ感知系統のものであるから、回避行為の補助で使われるだろうと推測できる。しかしながらご存じであるかはしらないが、奴は叩けば当たるし、道にも余裕で迷う。むしろ方向音痴の部類だ。磁覚を自ら隠しているとも思えない。」
「そうだね。」
テツは幾つかの心当たりを思い浮かべ、同意する。
「さて2つ目だが、2つ目は条件だとオレは考える。」
「条件ねぇ。」
「それが奴の何らかの能力に繋がっている可能性もあるし、全くそうでない可能性もある。オレは結局後者だと思っているが、その条件がアイツの心情に存在していることは確かだ。その条件とは4つのリミッターのようなものだと考える。アイツが本気を出せるまでのリミッター。」
「そんなものあんのかね。」
リザの懐疑にライラは真顔で言葉を続ける。
「あるさ。これはきっと、誰しもが無意識のうちに持っているもの。ナナシの場合1つは『自分の命が脅かされている時。』そして1つは『相手を殺害すると決めた時。』また1つは『得手物を手にしている時。』最後の1つは......」
ライラの口が止まる。
「最後の1つは?」
リザの催促に、
ライラは沈黙を解いて答えた。
「まだ、分からねぇ。」
「分からねぇのかよ。」
リザは笑いながら言った。
ライラはしかしリザへ向き直り、
真剣な表情で続ける。
「だが、根拠はある。ただ一度だけこの目にした。学院で決闘祭が行われた某日。今までの条件を帳消しにするほどアイツの真価をこの眼に見えた日があった。実際、オレが最初に相対したナナシは、あまりに弱すぎたんだ。」
「弱すぎた??」
「あぁ。例え魔法が使えないとしても、アイツは毎朝マウスリィの慰霊碑に祈りを捧げてから、逃げるように剣を振っていた。元来、アイツが怠惰な性格だということを後に知ったが。それでもアイツは毎朝、呪いや災いを振り払うように、狂気的に剣を振っていた。それは中等科の頃から変わらない。疲労や達成感へ縋るように、自らを追い込んで忘れようとするように。何かから逃げるように。逃げるように努力をする。アイツは常人では気が狂う程の鍛錬をこなしていた。いつも慰霊碑に、名も知らぬ花を献花する奴だった。ドライアドの勤勉な奴らは、誰しもがそれを知っていたから。もしもの時、その強さを疑わない。気が狂った最高の道化師か、独り凄惨な苦しみを抱えた影の英雄か。この2択がせめぎ合い、もしも後者ならばと考ると、いつも自責の念で潰されそうになる。アイツには誰も寄り添ってやれてない。アイツの心には誰も触れてあげられない。そんなヤツの深淵を覗くだけで、ゾッとする。だから、...要はだから。あるいは条件は5つかもしれないし、6つなのかもしれない。とかくその時のナナシは、あの日のナナシは、本当に悪神を討ったのではないかと思う程に、強く見えたんだ。心から。」
ライラはその日の光景を想い更けるように、
「はぁ。」
地面を見つめて溜息を吐いた。
テツはポーカーフェイスのまま、
思いの丈を口にする。
「ねぇ。その条件って――」
『護衛士長ッ!!』
遠くから馬の走るけたたましい音が、叫び声と共に近づいてくる。
『――護衛士長ッ、エリンさまが!!エリン様が大変でございます!!』
ライラと共に素早くリザが立ち上がる。
「大丈夫か?」
「どうしたの~?」
丸いパンを加えたアムスタ達が袋を持ちながら声をかける。
「大丈夫だ。いつものことだ気にするな。しかし、」
ライラは剣とナップザックを担ぎ、振り返った。
「別れの時だ。」
「唐突だね~。ライラ。」
「別れとはそういうものだ。それに、また会える。」
「じゃあ最後に一つ。」
「なんだ。」
急ぐライラへ、テツは手短に聞いた。
「ナナシは死んだと思う?」
「あぁ。思うさ。」
ライラは即答した。
「アイツの死体があればな。」
「そう。」
背中を見せたライラへ、プーカは――ガサゴソと袋の中からパンの1つを取り出し、放り投げた。
「おおっと。」
「――やるねん。」
ライラは固めの丸いパンを受け取ると、
手を二三振って笑い、
近付く馬へ駆けて行った。
「足速ぇ~。」
リザは目陰をさして、
ライラの背を目で追う。
「珍しいな。」
横にいた黒猫の呟きに、
プーカは言葉を返した。
「不味かったねん。あのパン。苦すぎるし、堅すぎるし、あとアタムスの齧りかけ。」
「あぁダメだよプーカ、ライラは地獄耳なんだ。あ~と僕は、アムス――ダツ!!」
眉間と鼻頭にパンの食い込んだアムスタが、
地面と平行に倒れていく。
「たっはぁ・・・」
リザは身を仰け反って、
引きつった顔を見せる。
「あっぶね。」
「鼻血出てる。。。」
倒れたアムスタの額へ覗き込むテツと、
エルノアが肉球を踏みつける。
アムスタは涙目のまま快晴の空へ指差した。
「ち、ちくしょう。......食べ物は大切にねッ!!」
アムスタの額には泥の肉球が付いていた。
TIPS
・ウェスティリア魔術学院の在校生徒
『ウェスティリア魔術学院では、
初等科三学年、
中等科三学年、
高等科七学年、
に分かれており、初等科は8歳から入学を許可される。
1寮あたり最大30人の生徒が想定されており、男女比は全体で5:5。単純計算では全校生徒1950人であるが、留学や飛び級、戦死、退学、早期卒業と様々な要因があり、基本的には1900人にも満たない。
また高等科からはシルフィード寮内特別学級{ドライアド寮}が追加され、合計6寮となる。ドライアド寮は特別寮であり最大20人の定員を想定しているが、1学年の生徒数は平均して7人。アムスタやライラの代では推薦試験にバケモノがいたためか、オルテガは有史以来初めて外部生徒を含む『20人』の合格者を出した。しかしながら、20人中19人が探索士ライセンスを取得していることからも、オルテガの優秀さと選考の正確さが伺える。』