③鉄屑渓谷街
『ターノフ。――フォーム・ポケット。』
最後にキャラバンを降りたリザが、
その木目に手を当てて囁く。
「ノアズ・アーク」
それを了承するように呼応したエルノアは、
キャラバンを輝かせ、その姿を担げる大樽ほどの大きさにした。
これをプーカが嫌そうに担ぐまでがワンセットである。
【ノアズアーク・フォームポケット】
重量はそのままに、無限に収納を可能とする木製ナップザックの完成だ。
「ここまでの快適な陸の旅も良かったのですが、この先はキャラバンでは危険でしょう。ですが私は……、えぇっ?!」
キャラバン、そんなものは何処にも無かった。
そう言わんばかりに各々がアクエイと目を逸らす。
口は禍の元とは言うが、いらん情報を伝えてやる義理は無い。
「さぁ、行きましょう。」
俺は学者の背中を押して、
鉄パイプの剥き出した狭い道を進んで行った。
――――――――
{鉄屑渓谷街}
錆びれた鉄橋の下は川の流れる奈落である。
至るとこで足場は切れており、
渓谷特有の湿気が鉄を滑らせ、
足の縺れを誘っている。
普通に転落したっておかしな話では無いだろう。
「地図でも説明した通り、この周辺で死者が出ています。」
「学者さん。何故ここだと分かるんですか?」
俺は辺りを警戒しながら進んでいく。
しかし人影はおろか生物の痕跡すらも見当たらない。
「転落死体は下流に流れ着きますからね、道中にも死体が無かったという事は、この鉄屑渓谷街でしか死者が出ない筈なんです。如何せん3隊10名が行方不明。いや、全滅していますから、神隠しでも起きたのでしょうか。」
俺たちが15人と1匹目にならないことを祈るばかりだ。
「この広大な仕掛けは、渓谷の温度を調節するものだと言われています。渓谷に有るのは水力を利用しているからでは無いかと……。」
学者はそのまま鉄板の上に座り込み、
口数を減らしながらスケッチを始めた。
「……或いは、水量を調節し氾濫を防いでいたのかもしれません。ここらには家屋もありますから、それが街と言われている所以でも有りますし……。」
アルクはオドオドしながら音の鳴る場所を見つめている。
これは通常運転だ。
しかしテツは時折ライフルのスコープを覗き込み、
いつも以上に辺りを警戒していた。
「しかし奇妙なことも有るのです。」
学者はスケッチブックをしまい、
ゆっくりと深部へ進み始める。
「……機械の狭間に有る軒並みには、人が住んでいたような痕跡は無いんですよね。例えばベッドだとか、火を起こす場所だとか、居住空間はあれど生活感は無いんです。この鉄臭さの為か動物も寄り付かず、生物の骨や遺骸だとかも勿論ありません。あとは……」
そして彼は、一際大きな鉄製水車の前で立ち止まり屈んだ。
「……血痕だとかも。」
靴の下には血の乾いた汚れが、
鉄床の錆びと共に消えようとしていた。
そうそれは本来、こんな場所には有るはずが無かったもの。
――っ!?
「ナナシ!!」
テツの叫び。
刹那、細い何かが風を切って飛来するような音が鳴った。
鼓動が高鳴り、臨戦態勢。
俺は瞬間的に短剣を抜き、学者の眼前へ迫り来る矢を二つに叩いて落とす。
しかし。
『ぐうぅっ、うわぁあああ・・・!!!』
ズレた軌道の一矢が学者の腕を穿っていた。
『うッ、腕がぁぁああああああああ!!!!』
なんつー、威力。
学者には肉が抜けた様な大きな傷が上腕に空いている。
ただならぬ速度と質量。
ただならぬ一射。
それも全くの同時に。
「ナナシ。」
反撃待ったなしの殺意。
すかさず銃口を向けたテツに俺は目配せをした。
「あぁ、撃て!!」
と指示を飛ばすが速いか、撃つが早いか、
――ダァンッと、鳴り響く銃声の轟音が二回。
テツは攻撃された方向へ向け空気の弾丸を返す。
「全員、屈め。当たれば死ぬぞ。」
応戦するように飛ぶ大きな矢が、
鉄の欄干に当たりけたたましい音を鳴らしている。
状況は余りにも芳しくない。
――カンッ、カン!!
――ヒュゥッ。
死の風切り音が、度々耳を掠めていく。
全くもって地味な戦い。
しかしそこには確実に、ゲームオーバーが迫っていた。
きっと死ぬときはこうやって死ぬんだろうな。
意外や意外にも呆気なく、遺言は「あ」だったりする。
『ひぃいいいいいいいい!!!!!』
「馬鹿!!」
俺は咄嗟に学者の頭を抑え、残る退路を振り返った。
湿気の混じった冷汗がつたる。
足場は悪く土地勘には乏しい。
こういう時の打開策は、一つしか無い。




