⑩裕福な人間
「そ、そうですよね。でも、もし抱いてくれないのなら......!!って、え?え?」
アムスタはカーテンを握って身を乗り出す客人へ近付き
背中とひざ裏に腕を回して、身体を引き寄せながら抱き上げる。
「ごめんね重たいモノ持たせて。疲れたでしょ?」
「いえ、そういうことではなくてっ......」
「えっと、スリルが欲しいんだっけ?」
アムスタはそのまま窓の外へ身体を捻じり出す。
「わー!!」
アムスタは建物の隙間に見える青空を見上げ声を出し、
「えっ、いや?えっ?!」
「風だ。」
踏み出す。
「だめっ――」
二蹴り目。アムスタは建物の壁を蹴り高く飛び上がる。
陰りが流れ、青空は広がり、太陽が顔を出した。
「今日はいい天気だね~!!」
「ちょっと!!」
「自制が効かないとこって怖いよね!!僕も最初はそうだった!!」
アムスタは、そのまま走る。
建物の屋根伝いへ次なる一歩を加速させ。
肌に当たる向かい風が圧を増す。
「わ、わ、わ、わ、、わ!!」
「身体が言う事を効かない!!自分の意志に反して、速度に任せて、どこかへ進んでる。でも次第に恐怖は消えるよ。何故なら、そこには仲間がいたからね!!」
「いやあああああああ!!!」
「なんのことか分からないでしょー!!」
噴水の広場を見下ろしながら廻り、ストリートの屋根を蹴って進む。
風にかき消されまいとアムスタは声のボリュームを上げる。
「わ、分かりません!!あとこの状況も分かりません!!」
「お姉さんはー!!不幸じゃないよー!!」
「え?!」
「おねーさんしか分からない辛さがあってもね?少なくとも!!お金で買えない幸せが何か!!君は知っているんだろ?!僕にとっての幸せはさ、大きな謎とか未知とか、知らない場所を進んで!進んで!進んで!進んで!」
街の景色が流れていく。
「あぁ、神様神様神様神様......」
靴を脱いで、欄干の外へ身を乗り出し、
祈りをささげる誰かへアムスタは気付いた。
「あっ、宣伝もしなくちゃ。――いぃっらっしゃいませー!!」
はっ、と気付いた男は欄干へ捕まり、
目を丸くしてアムスタを凝視する。
「えぇ?」
「西の噴水前で彫刻を売ってるアムスタ商店だよー!!名前は今、付けました~!!らっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃ!!仲間のために~、目指せ売上ナンバーワン!!」
男の真下。地上で待機する箒たちが、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「らっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃ!!よってらっしゃい見てらっしゃい!!」
アムスタは速度を上げる。
「例え今日が不幸でも!!明日の自分が不幸でも!!僕は必ず辿り着くんです!!」
―――――――――――――
{骨董品屋の店内}
リザは署名覧にサインする。
癖のある独特の筆記体、
契約取り消し無効の印が焼き付くように光っていく。
「さぁどうする?ヒッヒッヒ......」
「あぁ?......もちろん、出国日まで、スケッチしながら考えさせてもらう。私は模型の図面さえ作れればそれでいい。あー、いくらなんだろうなー?」
リザはそう言いながらスケッチを始めた。
「ア......アンタっ?!初めからそのつもりだったのかい??」
老婆はギリリと奥歯を噛み鳴らし――バシッと机を叩く。
「やめろッ!!」
「別に良いだろ。無料で手に入るかもしれないとは言え、元の売価の2倍も賭けてんだ。それに解答を一方的に打ち切る行為。例えば制限時間五分でした~とか、決められないだろ婆さん。私はただ答えを当てるだけだ。あんたはそれを止められない。追加で条件を結びたいなら契約書でも持ってくるんだな。まぁ次は書かないけど。」
「小娘ッ......!!」
「あっ、テツ。どっかでインスタントカメラでも仕入れてきてくれ。この国なら写真館とかあんだろ。」
そそくさとメモを始めるリザが片手間にリクエストを飛ばす。
「答えは明後日の正午に出す。それまでなんだ?閉店にでもしとけばいいんじゃないか?」
リザは彫刻の前で屈んだまま、ニヤリと笑った。
――――――――――――
{三日後}
「リザちゃー。」
ノアズアークを背負ったプーカが骨董品屋の扉を開ける。
カラランと鳴ったドアベルの先には、
クマを浮かべたリザが大の字で寝ていた。
「大丈夫?」
テツの呼びかけにリザは辛うじて応える。
「お...う。」
「スゴイね。40枚くらいある。」
散らばった設計図を覗き込む黒猫と、屈んで集めるテツ。
店の奥には煙草をくゆらせた老婆が座っていた。
「で、どうすんだい?」
リザは天井を見上げながら溜め息を吐き。
少し考えてから答える。
「誤差、下2ケタだったよな......」
テツに起こされ立ち上がるリザが老婆と視線を交わす。
煙を吐き出す老婆が、
その煙草をポロリと机に落したのは、
僅か10秒後のことだった。
「えー...っと。132億6080万イェル(税抜き)。下4桁は全部0だ。」
「いま...」
老婆は唖然とした後。
声も上げずさぞ嬉しそうに、ニヤリと口角を上げる。
「持ってきな、エリ。」
リザは頭をポリポリと掻き欠伸を一つ。
そして何事も無かったかのように、
さぞ安い景品でも手に持つかのように、
その模型を持ち去り踵を返す。
「リザ、なんで分かったの......?」
「偶々さ。アレを見定めた鑑定士と私の意見が一致しただけ。鑑定基準は五大領ごとに差異があるが、この船とあの名画は南の出品者が鑑定させたもの。そしてこの船はレプリカじゃなかった。」
「じゃあ、出品元を知ってたんだ。」
「あぁ。アレを出品したのは、アドスミス王家だからな。」
「え。。。」
「値段は流石に知らなかったが......」
颯爽と扉を開いたリザたちが見上げる街の空には、
聞き慣れた声が近付いては遠のいていった。
「らっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃ!!!アムスタエアウェイズはお客様を......※△〇✕※△▢」
「なんだアレ......」
「昨日はアムスタクシーって言ってた。」
「彫刻は?」
「全部売れたって。」
リザは空を見上げながら、立ち尽くして呟いた。
「どうしてあーなった......」
黒猫は無言のままコクコクと頷いていた。
Tips
・アムスタクシー。
『お客様の家まで商品を届けていたことが始まり。一人10000ジェルで目的地までおんぶするサービスである。(チップを渡すとおんぶ中に身体から炎を出してくれるが、熱くないから不思議と話題に。)最高速度は98Km/h。チーターにギリ負ける。』
・アムスタエアウェイズ。
『「あそこは私有地なんだ。飛んでくれ。」更なるスリルを求めて。アムスタ、飛びます。一人10000ジェルで許可された敷地の屋根伝いに移動し、目的地までおんぶするサービス。(チップを渡すとおんぶ中に身体から炎を出してくれるが、墜落する飛行機に乗った気分だと話題に。)最高速度は72Km/h。ハチドリにガッツリ負ける。』