⑨裕福な家屋
「何を売ろうとしてんのかしらないけどね。あの土地を借りる奴は大抵麻薬を売ってくよ。アタシはそれを横流しで受け取るが、今日はそうでも無いみたいだ。しかし女ってのは股の間に麻薬を詰めれるもんだ。どこで捌いたか、あるいは他の魂胆があるマヌケか。どちらにせよ、指定出国日までに300万は稼げる。いいや、アンタらなら稼ぐ。そういう目をしてる。ィヒヒ。」
まるで全てを手中に収めたかのような奇妙な引き笑いに、リザは冷や汗を流す。
手玉に取られ、見透かされる感覚。
リザは眼前に相対する魔女が、ただの骨董品屋の店主ではないことを理解した。
「入国者のリストが漏れていることのみならず、婆さんは事前に私たちが借り上げた場所の、地主でもあったってことか。そして訪れる人種を分析して人を見る目を養ってきた。なるほどここにある品物は、いくら煙の匂いに包まれてようと、きっと誰かを惹き付けるワケか。」
「ヒヒヒ、骨董ならアタシはなんでも扱える。いわば、最高の撒き餌さね。」
「そうだな。」
リザは紙を見つめながら、口角を上げて小さく頷いた。
手汗で湿ったペンが動く。
―――――――――――
{アーブラ国・西の噴水外アパート3階}
「まさか、あの小屋が屋台になるとは思いませんでした。」
「僕もー!」
せっせこせっせこ、ニ人と一匹は階段を上がる。
辿り着いたのは一つの部屋の前であった。
「ここが私の家です。」
ギイーと鳴る玄関を開けると、薄暗く小さな部屋が広がっていた。
陽当たりは悪く、空気は微妙に淀んでいた。
「彫刻はそこにお願いします。......それと、この部屋についてどう思いますか。」
「うん?うーん。」
アムスタは巨大な熊の木彫りを置き、
顎に手を置いて唸った声を出す。
「僕はもう少し......」
「――お金があるからと言って、幸せが手に入るとは限りません。」
アムスタの言葉へ割って入る様に口を開き、
客の女はふらふらと服を脱ぎ始める。
辺りには未使用の煙草や空いた酒瓶が散らばっていた。
「私はお金持ちです。しかし、この国では幸せになれる未来が見えない。もっとスリルを感じたい。もっと人生を謳歌したい。お金で買えない幸せを手にしたい。それでも毎日同じことを繰り返す。同じものを食べては寝て、同じ人の顔を見て、ずっとずっと全部があって、しばらくすれば、何もそこには無いのです。」
客は一枚、また一枚と服を脱ぎ
カーテンを開き窓を開ける。
2メートル挟んで外には隣の建物の壁。
8メートル下にはレンガの地面が続いている。
「この国の民たちは、いいえ少なくとも私は。この国に、この人生に、飽きてしまった。もうウンザリなんです!!」
「はぁ。」
アムスタの間の抜けた溜息の前で、
客の女は前髪からその目を覗かせて言い放った。
「木彫りの店主さん。どうか、私を......抱いてください。」
――どうして。
ポカーンと口を開ける黒猫の横でアムスタがぼーっとする。
しばらくしてアムスタは自分の名前を頭で反芻して、
閃いたかのように声を漏らして言った。
「あっ、いいよー。」
――どうしてこうなった。
黒猫は置かれた彫刻のように、
その場でピタリと固まっていた。