③裕福な国の民
「そこのおにぃ~さ~ん!!心のこもった木彫りだよ~!!」
エルノアは一向に声のボリュームを変えないアムスタと、一向に近づきもしない客人とを観察し、アムスタのメンタリティを少々恐れていた。
「おっかしいな~。この街の人、なんだか元気ないね~。みんな心が疲れてるのかなあ?」
「あれだけ無視されて、よくずっとヘラヘラ出来るな.....。なぁお前、富裕層への商売向いてないんじゃないか。」
「なんでよ黒猫!!」
「なんか安っぽいぞ、全体的に、雰囲気が。」
「じゃあどうすればいいんだよ~!!!」
うつ伏せで落ち込むアムスタ。静まり返る広場と、木彫りの前へ近付く客人。
「あっ、そこの御婦人!!いい木彫りでしょ~?!」
「まぁ。」
婦人は日傘をパッと広げ、また歩き始める。
「む。」
「黙ってればいいんじゃないか。普通に。」
「ふ、不安だよ!!何もしなくてお客さんが来なかったら、みんなに合わせる顔が無い!!何もしてないから面目ない!!」
黒猫とアムスタが顔を合わせている暇。影の薄い客人が、冷たく静かな声で呟いた。
「いい彫刻ですね。」
アムスタは気付かなかったと言わんばかりに狼狽し、口をパクパクとさせて黙る。
「いいかアムスタ。上品にだぞ。」
エルノアが肩に乗り、そう呟いて消えていく。
アムスタはコクリと首を傾げると、緊張を含ませた満面の笑みで手を広げ、腰を屈めた。
『だッ!!・・・どすこいっ。』
――どうして。。。
俯くエルノアの予想には反し、客人の女は口元を隠して笑った。
「面白い人なんですね。.....この木彫りからも、天真爛漫な貴方の朗らかさと、男性特有の勇ましさが伝わってきます。なんて情熱的で優雅な方、いえ木彫りなのでしょう。買います。」
「うわぁ~おねぇさん買ってくれるの?あっ、でも僕のオススメはコレとコレとコレなんだけど~。でさぁ、コレにも良さがあってね。」
アムスタの言葉の羅列に聞き手と話し手が逆転する。しかし客人は満足気に頬を抑えて相槌を打っていた。
「えぇ。えぇ。買います。」
「はぁ~、お姉さん良い人だね~!!話してて気持ちいいよ!!あっ、ごめんね。で、どれが欲しいんだっけ。」
「いまの全部、買います。」
――どうして。。。
エルノアは口をポカーンと開けて、佇んでいた。
「ぜ、全部っ?!ダメだよ、ダメダメ!!お姉さんの大事なお金が無くなっちゃうよ!!」
アムスタは番台から身体を乗り出すと、鞄の財布へ伸ばすその手を掴み、両手で握りしめて制止する。
「そ、そんな。私の気遣いまで。でもいいんです、お金はありますから。この国では、買うことくらいしか、娯楽が無いのです。」
「それはどういう.....」
「人たらしめ。」
エルノアはボソッと呟くと、後ろ脚を弾くように番台へ飛び乗り、――バシッと、木のトレーに肉球を叩き付けた。
「150万ジェル(地方の呼称)だ。稼がないと彼が怒られる。」
「あっ、黒猫!!」
「猫が喋っ.....た。」
「怖い怖い赤髪の筋肉に詰められるんだコイツは、可哀想になぁ。さぁどうするんだ.....?」
―――――――――
「150万?!このレプリカが??」
その頃、リザたち一行はとある古びた不気味な薄暗い、骨董品屋の前にいた。
TIps『通貨の呼称』
・エル、ジェル、イェル、は全て同じ貨幣のことを指すが、地域によって呼ばれ方が違う。ウェスティリアでは比較的イェルが浸透しており、イーステンではエルが多い。またイーステンではほとんどジェルと呼称されないのに対し、サステイルよりのウェスティリアではジェルと呼ばれることがままある。出身地をバレないようにしたい秘密主義者は、ローカルな呼称に従うことが多い。