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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第Ⅲ譚{木を切る人の譚}
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⑤気付いた人たち

 

{とある樹海近くのギルド}


「あれで良かったの?」


 テツはカウンター席に座るアムスタへと話しかけた。


「どうだろ。まぁ~、船を作る為の木材は回収できたし、リザが降りたい降りたいって言うからね~。何事もなく下山。これを良しと取るか、悪しと取るか。」


「あんたら、山ぁ登っとったんかい?」


 カウンターの中から声のする方へ、視線の先では皿についた水滴をタオルでふき取る、バーテンダーのおばあさんがいる。


「あの山はぁ危険だよ。旅人さん。何せ捕まってない殺人鬼が潜んでるってんで、地元の猟友会率いてる男どもも近寄らないときてる。良い木材は取れるってんだけどね~、何せ行方不明になったのが木こりの息子で、勝手に木を取ってくと祟られるって言われてて。アイツはそんな奴じゃあ無いんだけどね~。そもそもまだ生きてるし。」


 アムスタは耳をピクリと動かし、前傾姿勢で口を尖らせた。


「知り合いなんです?」


「もちろんさね。あんな危ない森でも、アイツが管理さしないと木が弱くなっちまう。強い山を作るには強い木と根がいるってもんで、伐採さ続けないと地滑りが起きちまうんでよ。あぁ、ちょーど写真があったねぇ。」


 おばあさんはそう言うと、ギルドの奥へと入っていった。


「あのオジさんは幽霊じゃなかったんだね、アムスタ。」


「そうそう。そこには僕は詳しいのです。あのオジさんも、息子さんを名乗るナニかも超実体だった。霧散するその瞬間まではね。実際、山荘では殺気も感じたもんね~。だからテツに撃って貰ったし、テツも感じたでしょ~。」


「まぁ。」


「テツもそうかもなんだけどさ~、僕ってばさ~、敵意とか殺意とか、そういう動物的な感覚が結構鋭くてさ。やっぱダンジョン潜ってると分かってくるもんだよね~。だから勘違いじゃなければぁ、あの息子さんが僕らの後ろから出てきた時はね、殺意に近い何かを感じたんだよね~。」


 アムスタはジョッキの水をちびちびと飲みながら言う。


「なぁにが殺意だアムスタ、幽霊にビビってテツに撃たせただけだろ~。」


 リザと、頭に黒猫を乗せたプーカがカウンター席へと向かってくる。


「ミルクティーまずかってん。」


「あはー、いやぁ~、おかしいな~。」


 頭を捻るアムスタの前へ、写真を手にしたおばあさんが戻る。


「ほぉら、これが私。森林管理団体で一緒だったの。隣が木こりと息子ね。可哀想に。行方不明になってから、まだ見つかって無いんですって。」


「あはー、どうも~。」


 写真には20名ほどの男女が斧を持って映っていた。あの木こりの横には、天然パーマをフカフカに生やした子供がいた。


「あんま似ていないね。」


「そりゃそうさね。血は繋がってなかったんだから。」


 アムスタはこめかみに人差し指をやり、クルクルと回して首を捻った。


「ん~。おかしいな~。」


「おかしいね。」


 テツも続くように呟く。リザは写真から目を背け、耳を塞いでいた。


「うん。ありがとう、おばあちゃん。」


「ほれ、これサービスだよ。」


 写真の代わりに、アムスタの前には枝豆が置かれた。


「わぁ~。ありがとう!!」


 有無を言わさず、黒猫とプーカは枝豆へ飛び付く。


「ふぐっ。ナナシとは大違いねん。」


 アムスタはテツの肩へ仰け反る様にして、寄りかかった。


「う~ん。」


「重い......」


「重くのしかかってるんだろうかね。自己の魂が実体化して、分離した。それも10年も若返った姿で。」


「あれは10年後の息子さんの姿じゃなかった。」


 テツの言葉にアムスタは頷く。


「こんな推理に意味は無いんだけどね。どうしても僕はそう考えざるを得ないんだ。つまり~、その。何というか。幽霊ではない、その現象について。自己の罪悪感の投影として、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種があると僕は記憶している。自己像幻視とも呼ばれるその現象は、自分とそっくりの姿をした分身として、その人の前に現れる。自己憎悪、自己嫌悪、罪悪感。知らせてきたのは死の予兆か、はたまた死の訴えか。木こりはどちらも恐れていたように思えるんだ。ともすれば、あの殺気は僕らに向けられたものじゃない。」


「意味、分かんないや。」


 呆れた様に溜息を吐くテツ。アムスタの目の前には枝豆を加えた黒猫が座っていた。


「ふふ~。聞きたいかい黒猫さん。そうだな~、これはとある樹海の悲しいお話。そうだなぁ~、タイトルは”とある木こりの自己幻視ドッペルゲンガー”......とか?」


「皮を剥け。」


「とほほ。」


 アムスタは少々しょぼくれながら、小鉢に枝豆の身を出す作業を始める。


「ドッペル。」


 反芻するテツの横で、アムスタは淡々と言った。


「まぁ~。こんな話に意味は無く、僕らは何事も無く下山した。そこには大きな意味があるのでした。」


 アムスタは小鉢へ向かう枝豆の剥き身を一つ、自身の口へと放り込んだ。

 むぎむぎと口の中で弾ける食感を噛みしめながら、アムスタは明後日の方向を見て、静かに呟いた。


「殺したかな~。」










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