④奇を衒う人たち
山荘に、テツ・アレクサンドロスの銃声が響き渡る。オーパーツ『アトモスフィア狙撃銃』大気中の魔素変動、異質環境に関わらず、その銃口からは鋭く尖った魔力の団塊が放たれる。
「思ってたのと違うってなんだ、アムスタ。」
「いやだって......」
「お前ら、何故撃った!!」
せがれを胸に抱きながら、おじいさんはそう叫ぶ。
「えー。なんで撃たないと思ったんですか~?なんなら。今すぐにでも、もう一発いれますけれども~。」
「毒など入れておらん!!せがれもただ、裏口から入って来ただけ!!そりゃあちょっとはカビてたかもしれんが......」
アムスタとプーカは顔を見合わせる。
「臭かったねん。」
「たはー。」
「テツ!!何口径で撃った!!」
すぐさまに駆け寄るリザの後ろでは、テツがバケツに水をくむ。
「水ぶっかければ起きるよ。」
「え~、じゃあ外の音は?あんまり敵意は感じなかったけどな~。おかしいな~......」
「落石か、倒木だがや。稀に古くなって放置された丸太が腐って、地滑りするようにここまで落ちてくる。元々はもう一つ上に小屋を設ける予定だったんで、その名残さ腐って滑り落ちてきた。」
リザは駆け寄って、倒れた身体に寄り添う。
「あれ、じいさん。息子さんは?」
豪腕に抱かれたその身体は霧となり消えていた。刹那、アムスタは杖を構え入口へと向ける。ギリリと開かれた木製の扉の先には、先程、倒れたはずのせがれの姿があった。
「戻ったぞ、親父。」
「あはー。いやや、ややこしや。」
アムスタはふざけ調子で頭を捻る。おじいさんは蒼ざめた顔のまま床へ俯いた。
「またか......」
「また、ってなんだ。おい!」
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ウェスティリア領東域の峰々。その樹海には多くの謎があった。
「四大暗殺集団の1つ、アザナン・ファミリアがよく利用してたって伝説があってな。ゴロツキや悪党たちによる死体遺棄は頻繁にあったが。10年前、ついにこの山で殺人事件が起きた。俺とせがれは木こりって稼業があったのはもちろん、山の治安を守る為に生活をこっちへ移していった。が、とある日を境に俺の目の前で不可解な事が起こり始めた。せがれと瓜二つの存在が、気付いたら俺を見張ってるんだ。」
「テツ、耳栓あるか。無かったら私から離れないでくれ。ジークだろ。なぁ、ジークだろ今。」
アムスタは顎に手を置いて項垂れる。
「う~ん。良い人たちだったか~。」
「なんで残念そうなんだ。」
「だって、悪人からならいくらでも搾取できるでしょ~?ここら辺の丸太全部貰って行こうかなって思ってたのにな~。あぁ~、残念だな~。」
「まぁまぁ。皆さんの為の丸太、私が倒してきましたから。」
「紳士!!君、超紳士!!」
アムスタは手を叩いて指を差す。
「騒がしいやっちゃな兄ちゃん。にしても、せがれぇ。倒した木を小屋に当てたろ。」
「悪かったよ。それにしても、皆さんはどうやって丸太を運ぶのですか?先刻のものを足せば、かなりの量を倒したようですが。」
木こりの息子は、腰掛けて話す。
「それはね、企業秘密!!」
アムスタはさっぱりと答えた。
「んで、つかぬことをお伺いしますが。10年前に亡くなった方って言うのは~?」
「俺のせがれだ。」
アムスタの口から出る、純粋な疑問だと言わんばかりの明るい声調すらも。返答するその一声が、サァーっと血の気が引いていくような暗い霧の中へ、一行を迷わせる。
「ほうほう。それじゃあ今ここにいるのは?」
「だから言ったろ。俺はずっと、息子と名乗る何かに付き纏われてると。」
アムスタと話すその人物は霧と共に消える。
「あはー。」
アムスタはアホみたいに口を開けていた。
「何か。その存在を示唆すると奴は消えてしまう。しかし、奴が斬った木だとか、呑んだ紅茶だとかは確かに干渉を受けている。やつは現実に存在し、存在しない。」
「プーカ、お前は私の前を守れ。テツは後ろだ。私をサンドイッチの具だと思ってくれ。」
「10年前に殺されたのは、当時10歳だった、俺のせがれだ。」
おじいさんは椅子にもたれ掛かり、俯いたまま言った。
「樹海に居ると、同じ景色ばかりで、自分の居場所が分からなくなることがある。当然だ。木なんてどれも同じ見た目だからな。だから俺は樹海で迷うと、敢えていつも通り木を倒すんだ。そーすっと頭が冴えてくる。今までもそうしてきた。だがもう、帰り道が分からねぇ。せがれはずーっと、俺と一定の距離を保ちやがる。時々近付いてくるが、俺はぁ目が合わせられねぇ。だけど俺はぁ、近くに来て欲しいんだ。だからアイツがいるって思って接するんだな。なぁ、アンタら。俺が支離滅裂な奴だと思うか。イカれた孤独な木こりだと思うか。それは正しいべ。俺は頭がおかしいんだろうな。でもなぁ、アンタらにも見えたんだろ。ここは霧に塗れた樹海だ。俺はずっと前から囚われてる。......なぁ旅人さん。俺は一体、どうしたらいいって言うんだ。」