③木を踏む人たち
「犯罪者~?」
おじいさんは首をコクリと縦に振った。
「死体を隠すには山はエエ。魔法制限、魔獣の徘徊。変わり易い天候に、足場は悪いときた。捜索の手が入りづれぇのもあるが、死体を自然様が処理してくれんで、山に誘き寄せられた人間が殺された時、それを立証するのは難しい。」
木造の床が軋りと沈む。
「冷えてきたな。山は冷える。」
おじいさんは身体を温め直すように、カップのティーをコクリと飲んだ。
「そっか~。なるほどね。言わばここは管理ギルドの無いダンジョンなんだ。ダンジョンで起こった殺人はほぼ立証不可だからね~。」
「そういう見方も出来んでな。」
おじいさんは新聞をパタリと机に広げると、ある記事をトントンと指で叩いた。
「ふむふむ。ウェスティリア魔術学院の地下ダンジョンで火災発生。行方不明者あり、と。行方不明者ね~。」
「例えばこういう記事だな。」
「そうだね。ダンジョンの行方不明者は深部で有れば捜索出来ない、更には火災事故となれば死体もろとも消し炭?みたいなシナリオ。」
「あぁ。この山でもそういうことがいっぱいあった。」
ドンと小屋の壁が揺れる。
瞬間的に走る緊張が波及し、
おじいさんは息を呑む。
「しっ。灯りを消して。全員しゃがんで。」
暗闇に呑まれた山荘の外壁へ、風がヒューと打ち付ける。
――ドンッ!!――ドンッ!!
「なんだ?!」
さらに激しい衝撃音が山荘の外壁へ響き渡る。
「魔獣だ。......全員息を殺せ。」
衝撃音は激しさを増す。
「大丈夫だ。息を殺していれば魔獣はやがて諦める。」
「はー。おじいさん?暗闇の中からこんにちは。」
おじいさんの目の前で、指の先に灯火を付けたフードの冒険者が顔を表す。
「なんだこんな時に?」
「つかぬことをお聞きしますが、遮光を意識したこの山荘で、全ての灯りを消す意味は~?」
「も、漏れ出るかもしれんだろう。」
「では、つかぬ事をお聞きしますが、僕らを傭兵と雇っておきながら、息子さんが単独行動を好んでいたその意味は~?」
「おまえ......」
「それと~、僕らの後ろに息子さんが潜んでいるその意味は?」
次の瞬間、山荘中の火種に明かりが灯る。暖炉、カンテラ、蝋燭、コンロ。順々に灯るオレンジ色の暖色は部屋の中を照らし出す。
「ミルクティーがお気に召さなかったかな?」
「毒入りのミルクティーを出される前から、僕らは覚悟を決めていたんだ。既知だったわけではないけど、この先は魔獣が出ようと殺人鬼が出ようと、何ら不自然ではない場所なんだって。そういう危ない自然がダンジョンで、僕らはそこへ木を切りに来た。だから今更、気味の悪い霧がかったこの基地で、奇をてらっていた殺人鬼が、気を取り直して斬りかかりに来ても、僕らは全然気にしないということ。ってことでテツ。」
――タァ・・ン!!
山荘の中を乾いた銃声が木霊した。
「せがれぇえええ!!」
おじいさんはすかさず倒れた身体に駆け寄った。
「あれ?思ってたのと違うんだけど......」