⑤最後の噂
今日も酒臭い彼と、枯れた冒険家の卵が集い、顔を向き合わせる。
「トライデント斜塔街は、元々ウィンディーノス・ヒュドラの縄張りだったって説が有るんだ。それをサラマンダル・アルデンハイドが侵略して乗っ取った。突飛な都市伝説だがよくできてる。トライデント斜塔街は大海に面した孤島にある。海に面してるんだ。それに多くの伝記ではイーステンには蒼い龍がいたって言われている。四獣の青龍もそうだな。龍と大蛇は見た目もよく似ている。些細なイチャモンだが、そう言われるとアルデンハイドが斜塔街を乗っ取ったようにも思える。それが本当なら道理で犬猿の仲な訳で、それを同じ船に乗せたサテラがどれだけ傑物かってことも同時に理解できる。んまぁ、王様殺されちゃあ完璧な脅しに鳴った訳だがな。」
「伝えたかったことはそれだけですか。」
玉石混交の情報が入り混じる。若者はフードを取り、水を一口含んで呑み込んだ。
「いいや。…..ケニー。これは、極秘の話だが。ユーヴサテラが壊滅したらしい。」
「嘘、ですよね......?」
車椅子の元冒険家は樽のジョッキを机にトンと置き、真剣な表情で耳を傾ける
鬱蒼とした酒場の陰では、斜塔街の冒険者たちが肩を連ねていた。
{トライデント斜塔街・地上街/ギルドの酒場}
「なんでも、お前を助けた蒼炎候補がトレイルリーダーを担って、最初のダンジョンでヘマしたらしい。」
「そんな馬鹿な......。アムスタに限って、有り得ません。」
「ありえない?いいや、有り得る話さ。」
会話を割って入る様に、フリーダム連盟代表のメセナが顔を出す。
「メセナ。」
「冒険者とシーカーっていうのは、まるで別の生き物だ。攻略を狙うダンジョンの格が違う。些細な不和、連携の乱れが簡単に命を掻っ攫う。聞いた話によれば、リーダーのナナシが一つ前の遠征で死亡したらしいじゃないか。シーカークランが全滅する流れとしては、よくあるものだよ。」
「メセナさん。驚かれないんですね。」
トマス・ダリアスの言葉にメセナは淡々と答えた。
「いっぱい見てきた。」
「元々、無茶をしていたクランだということは分かっていましたよ。その筆頭が死に、そのままの勢いでダンジョンに挑めば、歩調も乱れる。必然だったのかもしれません。ケニー。アイツらは、普通の冒険を知らなかったって話だ。」
「でも、アムスタがいたのなら。俺は、信じられません。」
「そのアムスタが、彼らを殺したという話も上がっていますよ。フリーダムのみなさん?」
形成された輪の中へ異物が混じる様に、その長机の前にはアルデンハイド幹部、赤きアイザックが姿を表す。
「おやおや。珍しい客だな。こんな庶民の園へようこそ。」
「みなの酒場ですからねフリーダム。それにしても、裏切り者は何処に潜んでいるか分からないものです。まさか、あのアムスタシュペルダムがヒュドラの手先だったとは。」
「アムスタの生存報告は噂でしかない。浮ついた情報に踊らされるとは、君らも落ちたものだな。」
酒場の空気がピリリと引き締まる。
「四代国王の首が飛び、アポストルが旧大陸から消えた今や。何を噂と侮れますか。燃え盛るダンジョンの中から、アムスタシュペルダムが姿を表した。元はと言えば、どうやらユーヴサテラはヒュドラに喧嘩を吹っ掛けたようじゃないか。アルデンハイドに泥を塗れたと勘違いした結果がこれだ。」
「あぁ、身内がヒュドラの手先に成り下がってさぞアルデンハイドも鼻が高いことだろうな。」
「口を慎めよ、メセナ・フリーダム。」
顔を突き合わせるメセナとアイザックの間には、火花が散っているようであった。
「やめましょう!!」
ケニー・エヴァンス、ふらつきながら立ち上がる。
「ケニー!」
トマスはその身体を支える様に寄り添った。
「やめましょう。一介の冒険者が、底級のクランがダンジョンで壊滅した。ただそれだけです。例えそれが、アポストルに消されたとしても。対岸の火事だ。今日は、もう帰りましょう。」
アイザックが手のひらから火炎を生み出し、お代の硬貨へと変える。
「興醒めだな。」
「ふん。」
店を出るアイザックの後ろを、大杖を持ったルカはお供する様に追っていく。
木製のドアには、煤の汚れが付いていた。
「心地良い夜風だなぁ。ルカ。」
「分かりません。」
「ん?」
アイザックは髪を靡かせるルカへ振り返った。
ルカは首を傾け、遠くを見つめていた。
「オーガスタス様が留守にされている今、確かに不安定な内情や脅威もあることでしょう。しかし、フリーダム連盟との連携を深めた今。メセナ様とあのようなやり取りをすることは無益です。私には、それが分かりません。」
アイザックはその言葉に、カハッと笑うと、また歩みを進めて一言、返答をした。
「ルカ。結局アルデンハイドは、血縁に弱いというワケだ。」
「はて。」
ルカはもう一度、首を傾げた。
ep.270話まで来ました。
このまま300話まで突っ走ります。