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③旧本拠地のギルドとオーラス崖

「それで、ジュピターを解除したら血まみれの肉塊と本だけが残ってたと。」


「そうだね。」



 その部屋には歴史があった。

 いくつかのクランが機密情報をやり取りする時、

 酒場は口を開き、

 秘密の個室へと冒険者たちを誘うのであった。


{ウェスティリア魔術学院ギルド本館/レンの秘室}


挿絵(By みてみん)


 頷くテツの横でミーシャが首をかしげる。


「ふーん。だからナナシが死んだショックでサテラちゃんが王様に八つ当たりしたのかな?」


「ミーシャさん。話が飛躍し過ぎだよ。」


 ギルドのカウンターを抜けた先、要人が連れられる奥まった部屋のテーブルにジョッキが並ぶ。アムスタが手にもつ羽ペンには魔法が掛けられており、そこにはウェスティリア魔術学院ギルドを脱退する旨が記されていた。


「ともかく、僕らが抱える喫緊の課題は3つ。1つ目は外界での立ち回り方、2つ目がクランでのそれぞれの立ち回り方の整理、3つ目がブラックブックについて。」


「本当に聞かせていいのか?アムスタ。」


 懐疑の目を向けるリザの先にはミーシャが立っている。


「ギルド1信用できる人だよ。それに全てを欺くのは不可能だし、精神的な味方は必要だ。あと、インフォメーショントレードは脱退者の慣例なんだ。僕は長らくアルデンハイドに所属していたし、ここのギルドを知り過ぎている。皆には迷惑かけるけど、多少は目を瞑って欲しい。」


「まぁ、いいけどよ。」


 頬杖を付くリザの横ではテツが不思議そうに書類を眺めていた。


「そもそもギルドを抜ける必要が有るの?」


 テツの疑問にアムスタが口を開いた。


「そうだね。これは1つ目の課題に関係がある。というのもナナシという宗教上の重要人物が消息を絶ったこと、そしてヒュドラとキリエの双方から狙われる立場になったユーヴサテラというクランは、これを機に解体すべきなんだ。」


「へぇ解体か。まぁいいけどよ。」


「リザ~?適当に聞いてない?」


「任せるよ。」


「なし崩し的だなぁ。ともかくだね。詳細な登録をしていたアルクが抜けてメンバーが変わった今、僕らは新しいクランとして出発するのが最適だと断言できる。そのためには......」


「ライセンスを捨てるのか。」


「まぁ。」


 アムスタはコクリと頷いた。リザの態度はA級ライセンスというスペシャルチケットを捨てんとする、アムスタのその覚悟が故であった。


「後悔は無いさ。今やA級シーカーの肩書なんて、もう一度取るべき遥かな高みだ。底級から実力を証明し直す。そのための2つ目の課題だ。といってもこれは僕の我儘なんだけど。欠員となったジークの枠をテツに補ってもらう。トレイルリーダーを僕が努めてダンジョンに挑もうと思うんだ。テツには悪いけど。」


「任せる。」


 テツは頷く。


「えぇ~、テツもそんな感じ?僕ってば、まだクランに馴染めてない?!蚊帳の外?部外者?い~や~だ~な~!!」


「いちいち騒がしい奴だな。そういうことじゃないだろ、なぁテツ?」


 リザの面倒くさそうな目配せに、テツが頷いて応える。


「うん。ただ新しい試みをしたいだけ。アムスタは経験もあるから、学べることは学びたい。」


「たは~、それならよかった。ほいで最後にブラックブックの話。これはまぁ、ナナシが死亡した過程の話でミーシャさんにはもう伝えたけど、この情報をウェスティリア魔術学院ギルドに寄贈する。証拠品のブラックブックの中身を記憶媒体に残す形でね。もちろん現物はギルドに渡さない。」


「えぇ。もちろん情報提供者も匿名扱いにするわ。功績を付加してあげられないのは可哀想なところだけど。」


「なぁに、いつものことだろ。私らは万年底辺クランさ。」


「うん。」


 アムスタはその表情を見て、確かめる様にひとつ頷くと、話を続けた。


「それとクランとしての登録は、僕らが作る新しいギルドで始める。」


「そんなことできるのか?」


「うん。先生が所有していた島の権利を盗ん......貰って来た。イーステンにある島々の1つ。そこを開拓してギルドをつくる。」


「実質、義手代タダじゃねぇか。」


「そそ。新大陸への繋がる海峡へは、ぐるりと南回りで繋がってるから。港としての利便性も立地の良さも優れている。とまぁ、ミーシャさんに話せる範囲はここまでかな。」


「アムスタ。さみしくなるわね。」


「そんなことないよ。依然、みんなはウェスティリア魔術学院ギルドの一員だし。僕もたまには帰ってくる。僕は引退扱いだから、対外的には静かなお別れだけどね。」


 一行は場所を移す為に立ち上がる。プーカは壁のシミをボーッと眺めていた。






――――――――――――


{ウェスティリア領・オーラス地方、港を望む崖}


挿絵(By みてみん)


「スコープで覗けば見えると思う。といっても暗殺っぽくなるのは困るからアタッチメントだけで。」


「近付かないのか。」


 海風に当たりながらリザは望遠鏡を構え、港の様子を確認していた。


「ミーシャさんは信用できると言ったけど。盗聴みたいなアナログ手段から記憶傍受の魔法まで、情報がどこで漏れるか分からない。ブラックブックを持ってる今、ヒュドラが来るというのならこの距離感がベストなんだよ。」


「なるほど。」


「それにミーシャさんにもウソをついた。僕らが拠点にするのは西に流れる大河の上流、円環海にあるアイギス領の孤島。霧立った荒海の中央にある未開拓領域さ。そこで僕らは準備を進めて新大陸に挑む。開拓の経験が必要な理由は向こうでの長期滞在を鑑みた上での実践訓練要素。」


「なら、船がいるな。」


 アムスタはコクリと頷き話を続ける。


『当面の僕らの目標は、4つに段階化できる。

 ①円環海を越えられる船を造る。

 →それに伴ってキャラバン強化用の新たなアタッチメントが欲しい。

  とびきり上質な、例えばダンジョンのオーパーツとか。

 そして、

 ②孤島に辿り着きダンジョンギルドを創る。

 →アイギス領のダンジョンは防衛戦略上、弊害が無ければ放任主義だ。

  ダンジョンギルド監査用の人員を招き協会を設立。

  僕らはそのギルドの探索士クランとしてゼロから再出発する。

 次に、

 ③クランとギルドを強化する。

 →新大陸渡航のためには情報と対策が必要になる。

  特に未開拓領域を入植する力と技術。

  ハイティアクランだけに売買される情報商材。

  設営したギルドを支える人もいるかもしれない。

  いわば小規模な「街づくり」だね。

  そして必要とあらば、世界中のダンジョンを巡る。

 最後に、

 ④新大陸渡航。

 →世界中の食糧問題や文化的な問題を解決して、

  英雄や偉人として歴史の教科書に名を刻むんだ!!』


「......本当の目的は?」


『ワールドシーカーに会いに行く。』


 リザはアムスタの心根に、

 少しばかり目を丸くして驚き、

 平静に戻って溜息を吐く。


「何で新大陸にいるって分かるんだ。」


「僕なら渡航する。未知を前にして探究を放棄できるなら、そもそもエル=ダンジョンなんて攻略できっこない。」


「生きている保証は?」


「死者なら死体に話を聞くさ。とかく、オルテシアの|神々の領域(エル=ダンジョン)5つを全て制覇するなら、《黄金律ゴールデンオーダー》に話を聞くのが早い。」


「やることは多いな。」


 アムスタは相槌を挟み、

 リザはキャラバンの方へ眼を移す。


「プーカ、いつまで落ち込んでんだ。エルノアも。」


 プーカはボーッとしながら背もたれにしたフォームポケットの木目をなぞる。


「違うねんリザちゃん。ノアちゃは今起きてんねん。そんでな、ノアちゃなんか魔力溜めてんねん。」


「死の海を渡る航海術。船体がゆっくりと溶ける毒海と乱気流。魔法制限。一体どうやって......?」


 ぶつくさと独り言を始めるアムスタの目が光っていく。裸眼で捉える遥か先の港には、しかし何かが始まる気配などない。大型船の補給入港であるとか、決起のための集いであるとか。その虚しさに反し、アムスタの予感は加速していく。


「満潮と針を通すような追い風。毒素滞留条件と渡航のキー。今。今の筈なんだ。今なんだろオルテガ。そうだろ。何処だ。......何処だアポストル。」


 気流が変わる。陽射しが雲に隠れる。海風が頬に吹き付け、魔素が荒ぶり、狂気が錯綜する。


「そうか。」


 刹那。

 テツはライフルを構えトリガーを引く。崖の上に響き渡る激しい発砲音はアムスタの右義手の中へ。左手では手斧を抜こうとするリザの胸ぐらを掴み、三人を覆う様に広がったキャラバンの防護壁は放射状に穴を開けていた。


「おっ、ノアちゃ。」


「誰だ、テメェ......!!」


 プーカを除く一行の視線の先には、エルノアと瓜二つ顔をしながら、アルクの生首を持つ少女がいた。血の止まった血管や気管、剥き出しの骨を垂らす頭部は、血色悪い表情で瞼を閉じていた。少女は見るからに禍々しい瘴気を身に纏い、茶色い肌から悪魔にも似た羽根を生やし浮遊する。その構図はまるでユーヴサテラを見下すように。相対する3人の後ろではエルノアが黒い長髪を逆撫でて手を広げる。硬直続く4秒間。少女がその口を開いた。


「死神だよ。」


 左手ではアルクの髪の毛を鷲掴みにし、右手の黒い紋様をユーヴサテラへ向け、大海を背に腰の飛翔翼を広げる。魔力の蓄積。距離にして10mに満たない間合い。アムスタは銃身から義手を離し、親指でポケットに有った金属をテツへ弾くと、その顔を上げる。


「この弾で西北西、正面1時の方向60度。外しちゃダメだ」


 テツへ囁くように言ったアムスタは、魔導書を広げて態勢を整える。次の瞬間、すかさずテツは銃弾を装填し構えてトリガーを引く。テツの発砲と共にアムスタの足元には半径2mほどの魔法陣が広がった。


――パァァンッ!!


 間髪入れず響く轟音と、合わせる様にアムスタが術式を唱える。


『魂炎陣、リードフレイム。』


 銃弾の軌跡を螺旋状に追尾しながら、導火線のように燃えるオレンジ色の火が遥か上空まで伸びてゆく。


『マークドカース/ブラック・ブック。』


「怖くないの。死神が?」


「怖く無いさ。神も越える、全部越える。」


 銃弾は少女の脇を抜け、更にその先へ。雲の上を行く大船団へ飛んでいく。甲板上で真っ先に気付いたのはオーガスタス・アルデンハイド。次いで銃弾はウィル・ヒュドラの頭部へ。気配に気づいた老人は指輪を嵌めた皺だらけの左手を振り、飛来する弾丸を意図もたやすく粉々にした。


「ヒット。」


 意識を目の前の脅威に向ける。


「ダッ!!デッ!!でで、でも喧嘩は良く無いなぁ~なんて!!えへへ!!」


 アムスタの薄ら笑い。


「どういうことだ。セカイ......!!」


 エルノアが叫ぶ。


「セカイじゃない。」


「じゃあ誰なんだ。」


 ギロリと瞳がエルノアへ向いた。


「はぁ。キサラギ・ナキリだ。君達には呆れた。」


 キサラギ・ナキリと名乗る少女はエルノアへ、しっとりと近付き頭を撫でる。


「お前の存在は不気味で不確かだ。......もしも危害を加えるなら、ふぅ。お前を排除する、ふぅ。」


「尻尾、尻尾出てますよ~。」


 アムスタは小声で話す様に赤面するエルノアへ声を掛けると、お尻側へ回り込み、フリフリと揺れる尻尾を突く。


「人型に合わせて尻尾も大きくなるんだね。また仲間の知識を深めてしまったのでありました。アルクもさっきぶりじゃないか。元気してた~?」


 生首へ話しかけるアムスタをキサラギ・ナキリは不思議そうに眺める。


「いつの間にって顔だね。」


「影が薄いんだ。」


「たは~。よく言われるよ。」


 エルノアへ伸びる茶色腕の手首を掴み、割って入る様にアムスタは立つ。


「君は仄かにイイ匂いがするね。自然由来のものだ。でもこの周辺には無い匂い。ねぇ、僕はどんな匂いがするかな。ちょっと焦げ臭いかな。それでもね、炎はどこでも起きるんだ。不自然かつ自然な現象の中に僕らが紛れ込む余地がある。君の目的はなんだ。最初に有った本物の殺意が消えた。でも僕の眼中に君は無い。僕は唯、見据えているんだ。君の後ろで飛び立つ奇怪な飛空艇の進路を。でも君は僕を見て。ほら。僕の目を見て、目の中を覗き込んで、この目を離さないで。音を聞いて。パチパチと空気が爆ぜて燃える心地良い自然の音。風を感じて、空気を吸って、僕の目を見て、僕の匂いを嗅いで。さぁ。僕は、今どこに。」


 陽炎が揺れ、キサラギ・ナキリの周囲を炎が包む。

 そこに一行の姿は無く、ただ海風が野火を揺らしていた。


Tips

・オーラス崖

『ウェスティリア領で一番大きな規模を誇る大港は、ヨルマ川と呼ばれる大陸中央の円環状の海と、新大陸へ続くウェスティリア海の両方へアクセスできる。そんな港を一望できるスポットであるオーラス崖では、数々の(主に探偵もの)物語作品のラストを飾る場所として聖地化されており、数々の犯人が身を投げたり、投げる前に捕まっている。また崖下には洞窟が広がっている場所もあり、アムスタは事前準備により、洞窟にメメントモリを埋め(発動条件)襲撃を回避した。マジックに努力タネは付き物である。』

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