①最初の丘
第Ⅱ譚{本拠地の街}
「ノアちゃ~」
キャラバンと日光浴をするように、
丸い片眼鏡とラフなノースリーブのインナーを着て、
アムスタは頭を後ろで組み、荷台の上でプーカと寝そべっていた。
「ん、なに?」
「あ、いや。あ、綺麗な脇だなぁと。」
運転席のリザはアムスタの方を振り返りながら、
言葉を濁したようにそう言った。
「あはは。や~だ、エッチだなぁ。なんて――」
笑うのをピタと止め、アムスタは特に目配せもせず、
穏やかな表情のまま右腕の義肢を伸ばした。
「見たいのはコッチだろ。リザ。」
肩回りから上腕まで、脇の下から二の腕までの
もちもちとした素肌を唐突に質感を変えた金属が、
張り付くように接合している。
「屈辱だよ。あれ以来、引退しようと考えていた。」
「聞いたよ。アルデンハイドの坊主を庇ったんだろ。勲章じゃんか。」
――タァンと、傍らではテツの空砲が響き渡る。
「まぁね。」
リザは興味津々な様子で、プニプニとアムスタの上腕を一指し指で押した。
「アルデンハイドの技術か?いや、8字ハーネスと特有の補助ケーブルが無い。材質もメタリックなのに死ぬほど軽い。やっぱオーパーツだよな。」
今度はサスサスと触るリザに、
アムスタはくすぐったそうにしながら笑って応える。
「えへへ、正解。アルデンハイドと言えど、ここまでの義肢技術は持ち合わせない。これは先生から買ったA級終遺物だよ。」
「終遺物クラスか、高かったろ。」
「あぁ、給料全部飛んだ。まぁでも、勉強料というか戒めというか。この義肢を買えることが君をまだシーカーたらしめてる。って、オルテガに言われたよ。」
「失敗を補える分は、実力で稼げてたってことか。」
「そういう意味だろうね。」
アムスタは苦い顔をして眼鏡の前の空中をスライドさせる。
「生徒から金を取るなんて、クソ野郎だなぁ。」
「アポストルなんてみんなクソらしいよ。」
「何かを極めると何かを失うのかね?」
「ほんとね~。僕らはあーならないようにしなくちゃ。」
リザは遊んでいたアムスタの義手へお礼と言わんばかりに蜜だしの枝を握らせた。
「どうも。」と一言添えると、アムスタはそれを噛みながら、再度右の義肢を枕にして空をなぞる。
「その片眼鏡、アルクも持ってたな。」
「んだんだ。五大寮の最優秀者が貰えるスマートモノクル。」
テツは狙撃銃を担ぎながらキャラバンへと戻る。
アムスタはそこに載るニュースを捲っていた。
「あれま、五大国の王が死んだんだって。」
片眼鏡の中には情報が錯綜していた。
その水晶が映し出す情報をアムスタはリザたちへ伝える。
「ねぇ、お水有る?」
「死んだんだって、って。お前らよく平然としてられるな。水は収納庫だ。」
テツが寝転がるプーカをゴロリと転がし、床下の収納庫を開け水を取って飲み始める。
――がぷがぷ、ごぷ。
「王様と面識無い。」
口元を拭うテツの返答にプーカが続く。
「んー。ノアちゃん機嫌直して~や~。」
プーカはいつも通り馬耳東風の様相でキャラバンの木目をなぞり駄々をこねるようにそう言った。
「まぁ、本当に死んだかは不明だからね。僕は陰謀論者じゃないけど、そういうの疑うタイプなんだ~。【――首謀者はフェノンズ?!】だってさ。あぁ~、出た出た、こういう偽情報が...…」
アムスタはパッと喋り出す口を開けたまま、少し目線を上に向け、クルクル考えるように足首を回した。
「あー。あぁ~あ、あ~あ。そっか、やっぱ嘘死んだかも。激動の時代になったね。」
「どういう風の吹き回しだ。」
リザの突っ込みにアムスタが返す。
「さっきも言っただろ、先生が円卓に招待されたてたって。タイミングが噛み合い過ぎてるんだ。おそらく何らかのアプローチが掛かって、アポストルたちがその渦中にいるとしたら。五大国の王に対する警備は薄くなるし、王様たちが死んだのなら、アポストルとの繋がりもリセットされる。新大陸の情報もあながち有り得る。」
「なら、マジなのか…?」
「もちろん分からないよ。でも、未だかつて無い程、新大陸への熱は高まってる。新大陸渡航の手段も、エルダンジョンを攻略する為にも、多くの情報が必要となる。それに最後に見たあの言葉だ。フィア、フィーア、フィーラー、フィアー。」
アムスタの呟きに構わず、リザは曇った表情をしながら言う。
「四大領の大王ならともかく、アイギスの女王が死んだとなると、大陸の均衡が崩れ戦争が起きる。」
「どうかな。同時に死んだのなら状況はイーヴンだ。なら、この転換点で何か大きなことを起こそうって言うのなら合点も行く。そのキーワードがもしかしたら、フィーアかもしれない。現状何も分からない。分かる為には情報を集める必要が有る。なら結局、冒険者は旅をするのが仕事なんだろうな。」
太陽が雲に隠れ、丘が陰る。
穏やかだった風が冷たい冬の残滓を運ぶ。
「それじゃあどこに行くんだリーダー。」
リザは用意をするように運転席へと腰を掛けた。
雲は流れ、またキャラバンに陽が差し込んだ。
「そうだね。僕らがすることはもう決まってる。」
パッと跳ね起きを見せ機敏に立ち上がったアムスタは、
義肢の右手をピシッとリザへ向けて答えた。
「ウェスティリアで、静観だ!!」
「そうか。なら出発、え?」
動揺したリザに構わずアムスタは続けた。
「魔法学校には、肩慣らしにうってつけのダンジョンが地下にあるんだ。それでクランの感触を確かめたあと、ウェスティリア魔術学院から西に在る大きな港に行く。比較的潮が穏やかなんだ。何かしらの方法で新大陸に出立するとしたら、そこから出る可能性が高い。それに城下街には銀行もあるしギルドもあるし、一応君たちのホームなんだからさ、またーりしようよ。ねぇみんな?」
「そこにダンジョンがあるなら。」
「そこにピラフがあるなら。」
「そうかぁ」
リザは若干ペースを乱されるように首を傾げながら、
最後には納得したように頷いた。
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{本拠地の街}