②優等生
「僕は、ユーヴを抜けるよ。」
端を発したのは、ユーヴサテラの交易担当「アルク・トレイダル」であった。
「どうして?」
膝を抱えて話すテツの籠った声に、アルクは用意していた答えを返した。
「ナナシがいないからだよ。護衛士が不在の中で、いや居たとしても、僕みたいな素人がいるべきじゃない。ここへの帰路で散々考えた。僕らは、ナナシがいたからこそ成り立っていた。」
アルクは今日までの旅路を思い返していた。探索士クランとしては奇怪な人員編成、そして成し遂げてきた数々のクエスト、攻略してきたダンジョン、手に入れたもの。
「私たちはどうなる。」
不満そうなテツの顔を横目に、リザが口を開く。
「ナナシが死んだからおいそれと解散しろってか?今更だろ。誰が死んでもいい覚悟をしてきた。そんなことは承知の上で旅をしてきた。ダンジョンの護衛者は殿だ。当たり前の事態が当たり前に起きて、いざ私たちの番が来れば覚悟出来てませんでしたってか?なぁ、アルク。」
外では雪がシンシンと降り始め、窓ガラスの結露が一層に玉のような水滴を増やしていった。暖炉の薪がパチパチと爆ぜている。
「良い部屋だよなぁここは。暖炉もあってベッドもあって、読みたい本も沢山置いてある。お勉強もし放題さすが優等生様だ。腹減ったら学食もあるんだろ。いいな。お前には帰る場所があって。お前の覚悟って、そんなもんだったんだな。アルク?私たちが命を賭けて冒険してる傍ら、所詮お前は学生気分だったか。」
アルクは特に反論せず、真顔で立ち尽くしていた。
「なぁアルク。何とか言えよ。」
「――ダメだよ。リザ。」
熱を帯び始めたリザの語調をテツが鎮める。その副団長はいつだって冷静に、物事を考えていた。
「辞めたい奴は、辞めるべきなんだ。」
「でもな――」
「分かってるでしょ。命懸けって。命懸けの冒険だからこそ、強要するなんてことあっちゃダメだよ。」
テツは俯いたままに言葉を紡ぐ。
「それに、テヌーガでのナナシのやり口に疑問があった。僕は、もしナナシが生きているなら帰る場所を残してあげたい。」
しばらく続く沈黙の空間で、それぞれの頭の中を、それぞれの思考が駆け巡っていた。
「そうか。」
ボソッと口にした、リザの言葉に覇気は無く。何かを飲み込むようにジッと床の絨毯を見つめていた。
――グゥゥウウ・・・
「ねぇ~、飯まだなん?」
突発的にプーカが腹を鳴らした。
「雪って美味そうやんなぁ」
信じられないといったリザは面を喰らったような顔でプーカを見ていた。そしてしばらくして、リザは窓ガラスへ手を伸ばすプーカの横顔を見て「そうか」と悟った。
――誰が、抜けようとも。
「そうだな。」
リザは自問自答するように頷いて続ける。
「なぁ、私はユーヴに残る。最後の1人になろうともキャラバンの謎を解いて、オーパーツじゃんじゃん手作り出来るようになるその日まで。私はこのクランの一員でいる。」
思い返したかのように、リザは自身の目的を頭に浮かべニヤリと笑った。例え誰が抜けようとも。それはアルクも例外ではない。そこにはエゴにも似た強い意志があった。
「みんなは?」
アルクの問いにテツとプーカが続く。
「僕もだ。」
「ノアちゃん、なんか作ってぇなぁ~。ノアちゃ~ん?」
居場所を作る奴、居場所の無い奴、居場所に価値を見出す奴。それぞれが揃い、それぞれがまた決心を固める。
「そうだね。」
アルクはついに仏頂面を崩し、コクリと頷いた。
「誰が抜けようとも、いなくなろうとも。僕らには目的があった。世界システムを覆すような発見をして、貧困を無くすために。」
「終遺物の謎技術を解き明かすため。」
「世界一のシーカーになるため。」
「めしィ~。」
アルクは再度頷く。
「ならばこそ。鏡の森を抜け、死の海を渡り、地下遺跡を解き明かし、世界の最高峰を越え、大いなる命泉へ、遥かなる新大陸へ、行くと成れば――」
アルクの気迫に押されるように、暖炉の炎が渦の様に回転をし、溢れんばかりに火力を上げて轟轟と音を立てる。
「僕らにはリーダーがいる。」
暖炉から飛び出した炎は、不気味に燃ゆる蒼炎へと姿を変えて纏まり、中から人影を写し出した。それは暖炉に収まるように屈みこみ、前傾姿勢で己が身体を右腕の機械肢で支えていた。やがてそいつは立ち上がりその全容を露わにした。
『さぁ。僕らの旅を始めようか。』
――アムスタ・シュペルダム
それは学院一の優等生であった。
・Tips
【アムスタ・シュペルダム】
ウェスティリア魔術学院フェアリア主席、ドライアド寮主席入寮者。在学生として初めて探索士ライセンスA級を獲得した傑物。アポストルシーカー、オーガスタス・アルデンハイドの実姉であるシラバ・アルデンハイドを祖母に持ち、ユーヴサテラ一行とはトライデント斜塔街で初めて顔を合わせた。