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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第3譚{野原の宿}

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⑤交わされる約束の周り

「無理。」


 下半身不随、しかし彼女は立っていた。

 コスモスが咲く平原で、星降る夜の風が穏やかな日。


「――私が憐れに思われても、私の為に命を捨てる君はもっと憐れ。」


 彼女の声は聞こえない。

 ただ白い文字となり言葉だけが浮かんで来る。

 シルエットの彼女と丘の上に居た。

 その日は酷く苦しくて、

 とりわけ身体は心地良かった。


「――可哀想な野良犬。」「――憐れな番犬。「――虚しい駄犬。」

「――きっと君は、壊れてる。」


 それでも。


「後悔は無い、」


 俺は魔法を使えない。

 彼女の顔を照らす火も、

 草花に与える恵みの水も、

 この満天の星空を泳ぐ風も、 

 電気と機械に支配されたあの平和な世界へ変える術も。

 持ち合わせていない。


「だからこそ。」


 目指すと誓ったあの日を想う。



◇◇◇


「暇人。」


「うるせぇやい。」


 ネコカフェというものがあった筈だ。

 淡い視界の中、夢で見た景色だろうか。

 ネコと戯れながら飯を食べる?

 いやはや、この黒猫を見るといささか不衛生では無いかと感じてしまう。

 めっちゃ毛抜けるし。

 そもそもウザい。

 傲慢で強欲な魔女。


「ボッチ。」


「うるせぇ。黒猫が横切ると不幸になる。」


 魔術学院の無駄に広い食堂、

 その出入口と湖を見渡せる大絶景の窓際から最も離れた席が特等席だ。

 ジメジメとしていて人通りが少なく、陰っている。


「セカイに小っ酷く言われたらしいな。探索士なんて、わざわざ危険を冒しにいくようなものだ。魔法の行き届く地上ならまだしも、彼らの盾は君には届かない。……さて、ましてやボクが提案したなんて言ってないだろうな?」


 エルノアはギロリと俺を睨んで言った。


「なんだ小心者。それが知りたくて来たのか?夜もたまらず震えて眠れないから気になって聞きに来ちゃったの?安心しろ俺は事実しか話してない……」


 ムスッとした顔で黒猫が目を閉じる。

 次いで浮かんだ光の輪っかからは穏やかに凪ぐ湖の水面が映っていた。

 なんだ窓際の席なんていらないじゃないか。

 なんて悠長な話でも無く、

 この水面はディスプレイに映っているのではない。

 それは実際にそこにあって、

 そしてこの水を頭から掛けられた日には食堂の掃除で一日が終わる。


「で?」


「言ってないです。」


 俺は身を仰け反りながらそう答える。

 風に仰がれた水面の飛沫が、

 ――パシャアッと威嚇するように顔面を濡らした。


「はぁ。で、結局決めたのか?」


 ネコカフェというものがあった筈だ。

 そこは少ながらず人生相談をする場ではなくて、

 猫の機嫌を取る場では無かったように記憶している。


「ナナシ。」


 溜息を交らせた黒猫の髭がしなやかに揺れる。

 俺は少し遠くを見つめて、人の流れに目をやった。

 誰もこちらを見ようとはしない。

 それは虚しいのではなく、

 穏やかであること。

 平和であること。

 幸せであること。


――人が流れる。


 席に座り、各々の会話を楽しんでいる。

 飯を食べ、ボードゲームに勤しんでいる。


「あぁ、もう決めたんだ。俺はお前と旅をして、自分の命は自分で守る。」


 ウェスティリア魔術学院、大食堂。

 俺は少し視線を落として、

 何を考えているのか分からない真顔の黒猫に目を合わせた。


「迷惑かける。」


「利害の一致だ。……知ってるか?黒猫は病を治す生き物なんだ。きっと治るさ、君の病も。」


 黒猫が輪を作って姿をくらます。

 ジメジメとしたこの席に視線を送る者はいない。

 机に伏していただけの、昨日までは。


「やぁ、ナナシ。相変わらずこの学院は警備が杜撰だと思うんだけど。」


「たしかに。」


 ローブの裾を伸ばし、机に残った猫の足跡を消しながら、

 俺は目の前の男が広げる地図に目をやった。

 手書きの文字に正確な縮図。

 山を越えて、丘を越え、簡易な世界の二次元に自分を写した指を置く。




◇◇◇


「暇人。」


――あぁ。


 ユーヴサテラを語る上で外せない人物がもう一人いた。

 否、人物と呼べるのは彼女がその姿をした一時だけであろう。


「みんな寝たか……?」


 そこには、夜のキャラバンの屋上に座る俺の背後で、

 星天の夜に溶け込むような真っ暗なローブを纏う

 "黒猫だった"人間が姿を現した。


「さぁな。」


 俺は屋上の欄干に見える木目をサラっと撫でる。

 すこぶる綺麗なもんだ、傷一つ無く粗も無い。

 つまりこのキャラバンは、勝手に治る。

 多少なら。


「たまには掃除をしろ。」


 ふてぶてしい口調で、エルノアは俺の隣に座る。

 魔女帽でも被れば立派な悪役になりそうな見た目である。

 幼さの残る均整な顔立ちはいつ見ても無駄が無い。

 凛々しく聡明で、知性に満ちた手強そうな顔。


「いつもしてるさ。」


「足りない。」


 そしてよく、毒を吐く。


「そですか。」


 さて、人物とは言ったものの、彼女は人ではない。

 無論人の姿をしたときは人としてなんら遜色ないものである。

 猫の姿をすれば人語を喋れるビックリ動物に成るだけで、

 それを可能とするのは彼女が「精霊」という括りの生き物であるからで、

 すなわち俺たちとは能力も素性も一線を画す。

 では精霊とは何なのか。

 そんなものは誰も知らない。

 人間が自分の全てを知り得ないように。


「懐かしいな、こういう夜は。」


「そですね。」


 エルノアは顎を上げて、満天の星空を見つめた。

 肩よりも伸びた長髪がサラサラと風に当てられ綺麗に流れていく。

 母親によく似たのだろう。


「ボクの別荘はまだか?」


 別荘とは新大陸のことだろう。

 何せこの大陸には彼女の敵が多いらしい。

 

「キャラバンで空でも飛んでくれ。」


「そうだな、一番重い奴が降りれば飛べるかもしれない。」


 エルノアはふふっと笑って俺を見た。


「今度リザと交渉してみるよ。」


「殴られそうだな。」


 新大陸の渡航とは、シーカーとしての最大の栄誉であり最高の通過点だ。

 そんな一部の人種が熱狂するような目標を精霊である彼女が期待する理由はひとえに、

 彼女が大量殺人鬼だからである。

 ...その罪は多岐にわたる。場所も量も方法も。


 しかし俺たちは彼女を守っている。

 素性を隠し通し、身分を欺きながら。

 底辺クランの防人として共に旅をしている。

 これも理由は単純なもので、

 そうしたいからそうしているのだ。


「まだ寝ないのか?」


「――君は?」


「見張りだ。」


 これは夜更かしする時の常套句である。


「必要無いだろ。」


 それもそうだ。

 ここはダンジョンでも何でもない唯の野原である。

 モンスターの気配も無い。


「お前は寝ないのか?」


「猫は夜行性なんだ。知らないのかニャ?」


「こういう時だけ猫ぶんなよ……。」


 コイツは...ふざけた奴だが、凄い奴ではある。

 彼女は新大陸への渡航経験があり、

 【神々の山稜・エル=サミッツ】を帰還した生物。

 字ずらだけなら伝説級にシーカーしている。

 その武勇伝が伝播することは多分一生涯無い訳であるが。

 それでも、ユーヴサテラ発足以来、最初で最小かつ最高の仲間だ。

 例え名目上、犯罪者であったとしても。


「ノアズ・アーク……。」


 エルノアは浅い息で囁くようにそう唱えた。

 呼応するようにキャラバンの木板は月型に隆起し、

 彼女の背中を優しく撫でる様に変形する。

 即席のソファの完成である。


「一人分ですか。」


「ふふん。なぁに、一緒に座りたいの?」


「いいや、床サイコ~。」


 俺は寝っ転がって伸びをした。

 人間とは欲深いもので、無いものを欲してしまうものなのである。

 それは精霊も同じ。


「舐めるな。こうするだけだ。」


 エルノアはそう言って月型の木のソファを平らな床に変え、

 星空と見合うように寝転んだ。

 結局は同じ体制である。


「そう言えば……。」


 エルノアは思い出したかのような顔でこう聞いた。


「君は元の世界に戻りたいと、思う?」


 難儀な質問だ。


「どう考えても、こっちがホームだよ。エルノア。……ただ、こっちにいる限りは、また魔法が使いたい。」


「そうか。」


 そして難儀な目標である。


「見つかると良いな、生命の神泉(エル=ヴィータ)。」


 エルノアは微かに笑った。

 確かに、生命の神泉(エル=ヴィータ)には呪いや災厄を跳ね除ける力があるらしい。

 あるいは永遠の寿命、無限の生命。

 真相は謎であるが、辿り着く道程には命が幾つあろうと足りないはずだ。

 きっとそこなら、俺はまた魔法を使えるようになる。

 これは大いなる野心って奴だ。


「どうして魔法に拘るんだ。」


「魔法世界で魔法を使えないなんて、価値半減だろ。」


「ここを魔法世界と言う奴は、世間知らずか異世界人だ。」


 転生。そんなものが有れば良いのか、俺は前世の記憶を持たない。

 だがこの世界には確かに、転生と言う概念が有り、転生の村すら存在している。

 実に往々にしてそれは禁術であるからして、なんとまぁ、全くもって難儀な話だ。

 それに客観視は出来ようと、主観になることは無い。

 今でも転生したとかいう人間なんかは夢想家か薬物中毒者に見えるものだ。

 実際そうだろう。そんな奴が目の前に居たら、生い立ちを疑い心の距離ごと一歩離れる。

 だがしかし、俺はその世界を知っている。

 断片的に。呪いじみた、記憶の檻のその中に。


 でもきっとエル・ヴィータに辿り着けば、全てが上手く行くはずだ。

 別に、例えそうでなくても。それでいい。

 むしろ、それでもいい。


「キャリーしてくれ、船主様。」


 エルノアはしかし、不満げな横顔で言った。


「主人はプーカだ。操舵士はリザ。先導手はテツ。ボク達が何処に行くかは皆で決める。残念ながら君がそうやって決めたんだ。君こそが、ボクを連れていくんだよ。」


 ここぞとばかりに、


「はぁ……。」


 正論を言う。


「そうだな。」


 エルノアは俺の溜息に微笑して、

 星空を見上げたままに続けて言った。


「でも良いさ、偶には猫の手でも貸そう。ボクなりの猫の恩返しってやつをだね。」


・・・・


「そうですか。」


挿絵(By みてみん)


 漠然とした光の数々にまとまりを付け夜空という名の闇を開拓したように、

 冒険という名の闇路に触れ行きこの世界を開拓していく。


「それは助かる。」


 そういう職業が在る。そういうクランが在る。そこには誰一人として欠けてはならない。


「で、あの扉は....」


「知らない。」


 俺たちは、『探索士シーカー』だ。


 


Tips

・開かずの扉

『ノアズアークキャラバン内には{亜空間}へ繋がる木の扉が一つある。その大きさはキャラバンの様相に比例して異なるが、接続する亜空間チャネルを表す紋様が三つ彫られており、{プーカの部屋}{禁書室}へはここから接続できる魔法の扉。これは魔法制限領域シーラの中でも開放することができ、出入りを可能とする。またその2部屋には部外者が単独で侵入することは叶わず、無理に開ければ3つ目の亜空間でありリザが整備した{トイレ}へと接続される。リザはこのトイレを拡張しバスルームも追加してやろうと試みているが予算の都合上未整備で、無魔の多いユーヴではドラム缶風呂と冷水シャワーが主な入浴方法である。すなわちこのトイレ空間は自由枠であり、当初は小さな鍛冶場にする計画すら有った。

 またノアズアークには禁書室内にもトイレへ接続する扉が有るのだが、そのトイレへ接続する扉には明らかに、トイレとは"別の空間"を示す亜空間チャネルの紋様が2つ木彫りされている。にも拘わらずトイレにしか接続されないこの扉をユーヴでは開かずの扉と呼んでおり、その仕組みを誰も知らない。またはエルノアだけが知っているのかも知れないが真相は闇の中である。(なお、トイレは一つしかない。※掃除をしよう。)』



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