⑥テヌーガ魔術学院の秘密3
『天秤ハ、酷く壊れ切っテイタ。何百年と経ッタ今デモ整合性ヲ探し求メテいル。コノ場所は未だ、彷徨っていル。私ガ下シタ断罪ハ間違ってイナイのカ、ト。』
開かれ、捲られる書物を中心にドームのように象られた空間が空を飛ぶ。流される景色は過去のテヌーガに並ぶ無数の捕虜の列。一人一人がベルトコンベアに流されるように法廷を経由し地下へ運ばれる。
「このギロチンを落せば、結解内の者、うなじに印のされた捕虜は一度に首が飛びます。」
エリックと同じく立派なローブを着た者が4人、息を呑むように顔を見合わせる。
「分かり、……ました。」
『――私だ。』
仮面の亡霊が、白髭を蓄えて老いた実体としてそう答えた。若かりし頃の自身に指を差すそいつの素顔、光の灯った瞳が今は無き生気を感じさせる。しかしそれでもひどく淀んだ様に、その視線は苦悩の中に有った。
「みなさんッ、私はみなさんの安全を保証する者。もう大丈夫です。この城には美味しい食事、暖かな寝床、豊かな音楽が有ります。みなさんは必ず故郷へ帰れますッ!!」
子供の泣き声、それを宥める声、絶望し切った老若男女の顔。それらの視線を一気に集める様に、地下修練所の高さのある観覧場からエリックは叫んでいた。
「元の生活に戻れます。もっと豊かになるはずです・・・」
『――極刑である。しかし命を奪うその刑に対し、少なからず私は序列を設けた。』
「大丈夫、大丈夫ですッ。」
それは正にこの地下墓と同じ広さの空間、修練所の床にはとても大規模な魔法陣が紫色に光った。
「麻痺、幻覚、幻聴?」
ミカルゲが目を細めながらそう呟いた。
『その通りだ。』
亡霊となったエリックが応える。
『痛みを伴う事のない極刑、むしろ快楽を与える安楽死刑。その為の大陣。――しかし、』
「今です...!!」
『そんなものを、誰も望んではいなかった。』
皺枯れたエリックの低い声が、無機質にそう言った。そして同じ頃、同じく観覧台のエリックから離れたところに置かれた大きなギロチンが縄を断ち切られて、誰も居ない空を掠め飛ばす。刹那、修練所にいた数百人の首が嘘みたいに一斉に滑り落ちる。
「そんなっ……!!」
ミカルゲはその結末に声を漏らすが、悲劇は続いた。
『ここからだ。』
「先生。」
「無念です。こんなことは...」
エリックは欄干に寄り、膝を付いて肩を落とす。しかし視線の先の違和感にエリックは一瞬思考を停止させた。
「流血が、ない?」
「リチャード、確認してください!!」
ギロチンを放った女が下階にいた助手に指示を飛ばす。リチャードと呼ばれた男はそれを耳に入れるや死体を確認しに近付いていった。
「ひっ、ひぇええええええ!!!!」
しかし男は死体の手前で踵を返す。エリックはすぐさま観覧台から階段を駆け下り、死体場に着地して首を落したそれらに近づいていった。
「ひぃいいいっ……っぷ、オロロロロ!!」
「どうしたのですか!?」
リチャードを一瞥し、エリックは死体の元へ近付いた。そしてエリックもまたリチャードが腰を抜かし、嘔吐した理由を目の当たりにした。
「これはっ...?!」
そこにある夥しい数の生首は子供から大人まで残さず全て、目を最大まで開き、歯茎が剥き出す程に口角を引き吊っていた。
「わ...笑っている。」
薄気味悪い沈黙が場を包み、何人かが膝を付いて嘔吐する。
「ゲボァッ!!」
「――あっ、頭が、割れそうだッ!!」
「どうしましたっ、頭痛ですか?」
エリックはそれを見ると、苦虫を嚙み潰したような顔で何かを閃き、すかさず頭部の消えた首元を確認し、死体の服を破きながら剝ぎ取った。
「痣...?」
そこには首を斬り落とした紋様とは接続しない形で、正体不明の刺青のようなものが施されていた。エリックはその線が鈍く光るのを見つめながら刻まれた文字を指で追う。
「この文字、イーステンの古文字に類似している。であれば、彼らが自ら...」
そして何かを悟ったように、若かりし頃のエリックはローブをはためかせて振り返り、大声で叫んだ。
「全員ッ、ここから離れなさい!!この死体は呪われているッ!!」
時、すでに遅し。――ゴゴゴゴゴッと、地鳴りが鳴ったと思えば生首の顎がケタケタと震え始めおもちゃのように歯を打ち当てて音を鳴らす。
「ウェッ……ゲハァ!!」
膝を付き、嘔吐をする学院の幹部らを笑う様に、生首はケタケタと笑い続ける。
「生徒だけでも外へッ...ハァッ、いえ――」
城は隆起し谷はより深く崩れていく。崩壊が始まると同時に何かが構築されるように瓦礫が盛り上がる。
「間に合いませんか。」
笑い声の合唱がピタリと止み、世界は暴力的な閃光に包まれた。
◇◇◇
『私ハ私を動かすが、身体ハ死んだのだと直グに悟っタ。』
爆心地のように生体反応が微塵も感じられないその場所で、転がる土塊のような死体の山と、形の歪になった空間の天井を仰ぎ、起き上がったエリックは自分の灰色になった手を見つめた後、遠くで鈍く光る本を見つめていた。周囲にはドロドロになった人間だったものが、黒いスライムの様に貼り付いていた。
『……そして私は、見つけたのだ。この冥府を生み出した物を――』
若かりし頃のエリックと呼応するように、亡霊の老人が届かぬ場所へ手を伸ばす。
『ブラックブックを...』
Tips
・序列死刑
『死刑制度を非人道的行為と認めた上で、更に序列を設け凶悪犯罪の抑止を試みた制度。エリックは結果的に死刑を人道的に行うという方向で、自ら生み出した制度を再解釈した。以下序列。
№8(安楽死刑)
№7絞首刑
№6切腹刑
№5磔刑
№4凌遅刑
№3火刑
№2拷問刑
№1絶望刑 ――』