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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第32譚{魔術廃校のシーラ 霊廟編}
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②霊廟テヌーガ 終環点

 血塗られた正方形の木製ダクトのようなダストシュートを下りながら、思う。

 

――あぁ、怖いな。


 この期に及んで、この先には一体何が有るのかと。はたまた何も有りはしなくて、死体の溜まった行き止まりであるのか。あるいは狂暴なモンスターがエサを求めていて、下る蜘蛛の糸へ口を開く地獄のような景色が待っているのか。この期に及んで鼓動の鳴りが徐々にペースを上げていく。あぁ、このワイヤーが急に切れてはしまわないだろうか。頭上の光が萎むように薄くなっていくのを感じる。一体どれほど降りてきただろうか。


「はぁ。」


 白い息を吐き出し、俺はキャラバンの待つ頭上を眺め、もう一度下を覗いては息を吐いた。


「はぁ......」


「――悪かったわね。」


「え?」


 ミカルゲは訝し気な顔で俺の頭に足を乗せた。


「みなさん。みなさんのリーダーは、ガイドのパンツが覗けなくて溜息吐き出す変態です。」


「は・・・?」


 俺は息を呑んでもう一度顔を上げる。


「――おいおい頼むぜぇ!!」


「うっわ。ナナ、うっわ。」


 一番上からリザの声が反響し、プーカがそれに追従、頭の腕はパラパラと土塊を落しながらミカルゲが頭を踏んできた。


「ガイドのスカート覗きたければ夏のテヌーガをご利用くださぁ~い。いるのよねぇ、こういうスケベさん。」


「ナナシ、それはダメだよ。」


「ンなわけ無いだろッ!!ってか夏なら良いのかよ。」


 俺はすかさず顔を下げる。


「もちろんズボンよ。」


「でしょうね。」


 感情なんざ所詮、無形物だった。時に岩より重い抑圧が、雪より冷たい心労が、煮え湯のような焦燥が。しかし時には他愛無く、さっきあった恐怖なんざ蠟燭の火より容易く消えた。


「あーあ、いざとなったら置いてっちゃうよ...?なんつって。」


 あぁ。この飽き性な感情は、楽観から次点でまたもや不安がる。血塗られた正方形の木製ダクトのようなダストシュートがパッと開けて、だだっ広い空間と続く丘のような神殿を瞳に映しながら。余計なことを、また思う。


――あぁ。天才には、一生掛けても追いつけないのか。


 これから俺が挑み行く場所に天才しか上げれないのなら、願うこの果て夢の先には凡人が立てぬのなら、


「見つけたね。」


「そうだな。」


 それは、――なんという、絶望だろうか。




{終環点・霊廟テヌーガ}


 広がる景色に息を吞む。高さは40mほど、横幅はテヌーガを丸々繰り抜いたように広い。ガラスを通したような淡い紫光が降り注ぐ様に内壁を照らす。何かの柱と祀られたように置かれる一つの物体。あれは開かれた本だろう。丘の上、比較的強く光に照らされ、この洞窟の真中に鎮座する。背面には巨大な聖母のステンドグラスと燭台が見える。そこは何とも神秘的で超常な空間。岩壁とカーペットの布地、そして所狭しと置かれ石棺に、刻字された石の墓標。小さな木の苗と無数の十字架。まるでそこは人工物と天然の入り混じる、地下墓の様であった。


 地面が刻々と迫り来る。


「静かにな。」


 俺は一番に地に足を着き、余った所から絡まないようにワイヤーを纏めていく。ミカルゲ、アルク、プーカ、リザ。順々に降り立った所でリザが最後にワイヤーを強く2度引いた。それから引かれたワイヤーはピシッと2度張り数秒経って動きを止めた。キャラバンの歯車をエルノアが止めたのである。


「リザ、どう思う。」


 少々よろめいたリザに一応聞いた。しかし、確証は無いが経験は囁く。


「本っていうのは稀だが、随分と分かり易いタイプじゃねぇの。あの台座に置かれた書物を中心に伸びる紫の脈、影響を受けて削られた床に地面。キモい法則性のある、ある意味整った魔素の乱れ。」


 リザは遠目から断定した。


「終環点だ。まぁ、シンプルにウチの先導師がアッパレって所じゃないか?」


 情報を集めるだけではない。情報を解析し、導く探索士。俺は別段疑問に思う事も無く、それに同意した。


「そうだな、天才だ。」


――あるいはこっちが三流なのか。


 絡まらないように束にしたワイヤーを置き、天井を見上げる。ダストシュートの穴は降りてきたものに加えて幾つかの小さな穴が有った。


「テツはなんで分かったんだろうな。」


「半分は勘だろ。」


 リザは軽い考察をし腕を頭の後ろに置いた。


「いや、どうだかな。」


 俺はアルクの方へ視線を移す、そこには既に紙を広げていそいそとマッピングする様子があった。


「テツには確信があったように思えた。」


「だが何も言って来なかった。なら単純で良い。」


「あぁ。」


 俺は身体を伸ばして進み、近くの墓石の土ぼこりを掃って文字を調べた。


「寒い。」


 後ろから覗くミカルゲが身を震わせ息を吐いた。心なしか頭の血管は締め付けられるように脈を打ち始める。呼吸は空気が少々薄まったかのように浅くなっていく。


「長いは無用だな。」


 俺は振り返り、しかしミカルゲが膝をつく。


「――1079~1081。ねぇ...これ、戦争があった年だわ。」


 そしてミカルゲはウサギのように墓石を移っては、土ぼこりを掃って文字を読む。


「これはっ、ヨハン・シャーディスの墓標。こんな所に...」


「有名なのか?」


 俺は何が書かれたか分からない墓を覗き込む。古語だろうか、現代においても見慣れない文字。


「えぇ。戦争を仕掛けられた向かいの国ではね。彼は、テヌーガが掲げる神と同じ宗教の神父だった。同時に著名な学者でもあったの。」


 ミカルゲはまた墓標を移っては視線を落とし、膝をついて土を掃う。


「アルバー、ト...?こっちは1080~1081。おかしい、墓標には生きた年代を刻むはずでしょ。」


「凄い奴なのか?」


「貴族...って書いてある。どうやらそっちの木の下に、アミガーラ...たぶん『仲間』?が埋まってる。」


 視線の先には小さな木とそれを囲う石畳の数々が有った。


「樹木葬だね。アイギスではよく見られるよ。ここには小さいのがいっぱい有るね。」


 アルクはその樹をスケッチをしながらそう言った。


「私も作図とかするがよ、相変わらず上手いもんだな。正に金のなる樹だ。」


 リザが絵を覗きながら横槍を入れる。シーラで取られたスケッチは貴重な情報だ。よく売れる。


「やめてよ。墓荒しとか不謹慎な奴みたいじゃないか。」


「儲けの為だから同じかもな。」


「貴重な情報なの、開拓の為のね!!」


「分かってるっての。」


 リザはニヤリと笑って一歩引いた。


「でも、ここ一帯の墓。全部敵国だった人たちのものだわ。テヌーガ地方の出身は1人も見つけられない。」


「へぇー、向こうの広い方行けば見つかるんデネ?」


 興味無さげにプーカが鼻をほじる。


「――だとしても多すぎるわ。主戦場はテヌーガから離れた場所だった。大多数の兵たちの死体は戦場に埋まっているのが研究で分かってる。それにこの頃の庶民は埋葬をしなかった。でもそれ以外は?それじゃあ、ここにある庶民の死体は何?法則は?背景は?あるいは、その罪は?」


 アルクがスケッチをしまい、後退りをする。リザも同様に後ろ手に組んだまま背中を合わせて一歩ずつ後退した。


「さぁな。」


 俺は鞘から刀を抜いて構える。


「生きて帰ってから考えてみるか。」


 壁際では重い液体のような影がゆっくりと立ち上がり、ジリジリと身を寄せ合いながら天井へ登っている。そして墓標の隙間からは青白い光が揺蕩う様に立ち上っていた。


――ダンダンッ、ダダン♪


「ピアノ?」


 遠くの方から低音の鍵盤が一人でにリズムを奏で、風も無いのに木々が揺れた。


――ダダン、ダダン、ダッダッダッダッダッダッ...♪


 不気味なメロディーに乗り、蒼白い煙のような輪郭はまるで踊る様に揺れていた。さて、選択肢は二つに一つだ。


「ナナシ~?」


 ある意味急かすようなリザの緩い声に、俺は応えた。


「終環点を奪取する。」



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