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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第32譚{魔術廃校のシーラ 霊廟編}
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①道化


 カタカタカタと規則的な音が鳴る。それは静寂に響くには余りにも不気味だった。しかしテツは終始穏やかな表情とエルノアの頬なり肉球なりをつまんでいた。


「僕はネコ。ネコ、猫、ねこ~♪」


――ふにふにふにゃ、ふに、ふにふに。ふにふにふに......


「やめろぉ......」


 エルノアは怪訝な顔で眉を顰めながら、はち切れんばかりに尻尾を全力で振っていた。


「ねこ~。」


「おいぃぃ......」


 テツは依然感情の読めない顔でエルノアを撫でるが、その静かな猛攻が終幕したのはキャラバンから垂らされたロープがピタリと止まった時分であった。


・・・・


「どうして残ったんだ。」


 小型キャンピングカーほどの空間。1人と1匹、残された狭いキャラバンのなかで、机の上のエルノアは椅子に座ってくつろぐテツへそう聞いた。


「君にしては謙虚なモノだ。」


 テツは何ら表情を変えず、眠たそうに首を傾げて聞いていた。


「んー。」


 しばらく考えたような間を取って、テツはそれに応える。


「最初言ったよね。しょうもないって。」


「うん。」


「本当は少し、悔しかったのかも知れない。」


 エルノアが息を呑むように聞き入る傍ら、テツは天井を見上げ呆然としているようであった。


「こういう時間は、久しいよ。何をするでもなく、何も出来ない無力な時間。あの時もそうだった、僕は君らが来なきゃ、小さな小屋で独りぼっちだった。」


 ダンジョン・アミテイル、途方もなく深い場所に彼女は居た。たったひとり、死者を誘う亡霊のように。エルノアはテツとの出会いを想起していた。深淵を覗く聡明な目付き、あるいはそれは、深い虚無を見据えているような生気の無い漆黒の瞳。


「このシーラは、確かに歪に肥大化していたけど、元は唯の学院で、シーラとしてはそれなりに小さい。...加えて、外観からは終環点の位置が分かり易かった。地下に埋まっているとか、広大な土地を持っているとかでは無くて、表面が全て露出しているから。」


 ポケットから取り出した写真を眺め、テツはスッと肩の力を抜いた。


「確かに、ここを防衛することは最も重要だとは思う。変則的で一時的な護衛師と先導師のスワップ、その判断には疑念も無いし、さっきの説明に訂正は無い。でも思った。ここを攻略する上では本来、僕の力なんてユーヴには必要無い。」


「そんなバカな――」


「バカなんだ。」


 テツは珍しく、エルノアの言葉を遮るように冷たい声でそう言った。


「バカになったユーヴならイノシシのように攻略できる。このダンジョンなら。キャラバンが通過できる程よい広さ、スタミナ的な短期決戦に向いたシーラの狭さ、人工的な遺物型のトラップ。どれも相性が良い。ここの攻略を進めたのがオルテガ・オースティックなら、その相性の良さも見越していたんだ。アルクの瞬発的な先見性、プーカの腕力、リザの分析眼、全てを覆すナナシの不確定要素。その瞬間火力なら、きっと上手く行く。ならばそうすればいい、ただ進めば良い。ただ進めば良いんだ。ただ進めば。」


 億劫で陰鬱とした深い眼差し、テツは自分自身に呆れた様に――ハァ。と、深い溜息を吐いて、静かに呟いた。


「でも僕は、バカには成れない。」


 テツは机の上に乗せていた足を降ろして立ち上がり、ライフルを睨んだあと、大事そうに抱えて言った。


「独りでやって来た僕だから、いつも不安になるんだ。どれだけ妙案と思い立っても、僕にとっての最善がクランとしての、チームとしての最善じゃないんじゃないかって。でもこういう日は明確に分かる。エルノア、今日の僕はお荷物なんだよ。」


 テツは、微かに笑う。


「それは違う。」


 深い孤独の葛藤。しかしエルノアは怯むことなく、机から飛び降り、少女の姿に変わっていく。長い黒髪を靡かせ、端正で凛々しい横顔を見せながら、やがてテツときっちりその目を合わせた。それは彼女と同じような、孤独を知った深い眼差しで。しかし、灯火を見つめるような鋭い瞳で。


「君が言うから、バカに成れる。」


「......」


 この寒さにそぐわない、薄手の黒いワンピースが揺れる。


「君は客観視が苦手なだけだ、その評価は全くもって不適当で滑稽な自己嫌悪に相違ない。いいかい先導師、テツ・アレクサンドロス。君はユーヴのカンテラだ。旅の不安も、闇の恐怖も、竦む足も、怯む体も、それでも、君がいるからバカに成れるんだ。」


 嘲笑屋で皮肉屋な猫の、柄にもない酷く飾り気の無い言葉に、テツは少々驚いた様子で佇んでいた。それは皮肉屋の猫だからこそ、酷く実直な言葉に聞こえたから。


「ボクは君以前のユーヴを知り、君以降のユーヴを知る。だからこそ分かる。みんな意外と臆病なんだ。それでも入り口にどれだけの屍があろうと、無法地帯の迷宮にだって、猛獣の巣窟にだって、血にまみれた死体穴にだって、先導師きみがそう言うのならば立ち向かえる。君がそう言ったのならば、あのバカたちがバカのままで進めるならば―――」


 エルノアは向き直り、


「君はもう、暗路を照らした灯火カンテラだ。」


 そう告げた。


「...」


 テツはジトっとした眼でエルノアを見つめた。


「な、なんだよ。」


 エルノアはテツの冷たい視線を逸らすように顎を下げ、恥ずかしそうに眼を泳がせた。


「猫のクセに。」


「おい、百歩譲っていまのボクの姿を前にネコと呼び捨てる無礼は許してやるが、エルサミッツを帰還しユーヴに初めから居て君より可愛くて生物としても探索士としても君より優れた偉大な?ネコな。敬意を払えよ?」


「うん、服あげようか。」


 何事もなかったかのようにテツは歩いていく。


「え、いいの?!」


 それに釣られエルノアも何事も無かったかのように嬉々として背中を追った。その長髪を尻尾のように揺らしながら。








Tips

・エルノアとの関係値

『キャラバン内において、

 旋回する、急停車する、武器を取り出す等、a事務的な事、

 服を取り出す、食器を取り出す、飯を取り出す、扉を開ける閉める施錠する等、b日常的な事から、

 椅子型のオブジェクトを作る、遠くのものを近づけて貰う等、c雑用的な事まで、

 どれも手動でやろうとすれば操舵席や各所へのアプローチが必要な事らは大抵、エルノアに頼めば容易に成せることが多い。すなわち、キャラバンの機能を効果的に扱うには、面倒臭がり屋エルノアの協力が必要であり、猫を動かす為の信頼度や関係値が鍵となっていく。ユーヴサテラ内での関係値(言うことを聞いてくれる序列)は下記であり、関係値が高いほどノアズアークでの融通が効いていると言えるだろう。


1位テツa+,b+,c

(エルノア曰く、――こんな奴初めて見た。一番指示を出さない割に、言うことを聞くと敬意と感謝とアメが確り飛んでくるので、もうなんでも従っちゃう。言われる前に手伝うこともある。たまにしか撫でない割に、撫でるのがダントツで上手い。)

2位リザa,b,c-

(一番指示を出されているが、そもそもエルノアからすればキャラバンの操作を代替わりして貰っているので、そのシステムを構築した恩と、労いの気持ちも込めて助手的によくよく言うことを聞いてくれる。つまりキャラバンの機能を最も効果的に扱っているのはサテラ期以来ではリザがダントツである。)

3位ナナシa,b-

(手が自傷により血生臭いらしい。サテラにコキ使われた過去が重なり、極力言うことを聞きたくない。むしろ煽らずには要られない。)

4位アルクa

(手が金臭いらしく、撫でさせてすら貰えない。言動が逐一姑風で煩いと思っているが、必要なことしか頼まれないので、必要に応じて手伝ってやらないこともない。)

5位プーカ

(エルノア曰く、――こんな奴初めて見た。手が甘い匂いで好ましく、距離感が最も近い仲であるが、自分でやれよって事しか言ってこないのでウザい。※5位だが、餌付け報酬という確変モードa+b+c+を隠し持っている。)』

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