⑨それでも磁針は違えない。
「行かないって、それじゃあ引き返すの?」
アルクが投げかけた疑問にミカルゲも追従する。
「も、勿体ないわ!実はこの下のフロアに何があるのか見当が付いてるの!!」
ミカルゲのその情報もまた、ユーヴにとっては疑問の有るものだった。
「来た事も無いのにか?」
リザの問いにミカルゲはコクリと頷いた。
「テヌーガが神学と天文学を研究していたことは別棟のダンジョンから分かっていたの。そして多くの機密が眠っている知識の祠、つまり{図書室}がある場所は必ず信心深い場所の下にあった。谷底の星見寮の大天使偶像、北館の大教会、ガーデンにある大十字架の地下室。テヌーガは知識の上に信仰があることを誇示していた。だからこの礼拝室の下にはたぶん、いやきっと高確率で{図書室}が有る。それもダンジョン・テヌーガに置いて最も謎に包まれた、テヌーガ法学にまつわるもの。」
――最も謎に包まれた...。
その一言にアルクの喉が鳴った。俺はすかさずそれを代弁する、決してやましい気持ちなど無く。
「高いのか?」
「もう野盗ね!!」
ミカルゲは目を光らせながらプンスカ怒鳴った。
「貴女たち本当にちゃんとギルド規定守ってるんでしょうね??確かにその立派なキャラバンに隠せば見つからないかも知れませんけどもねぇ!!――」
「いや、あはは!!もちろん!!もちろん!!」
もちろん故意的に盗むことは無い。もちろん。そして、この圧倒的に有力な情報でクランの機運も高まっていく。このダンジョンに中間フラッグが有るならば間違いなく{仮称B3:図書室}になるだろう。
「どうするテツ!」
「行かない。」
場に呑まれない即断の一声。気の緩み、動揺、少数派、保守的な意見、目の前に迫っているだろう宝の山。
――え・・・?
それでも磁針は違えない。
「どうして。せめて一つだけ、あと一階層だけ降りてからでも。」
ミカルゲの落ち込んだ声に、テツが切り返した。
「他の場所がどうであれ、ここはシーラだ。そして僕らが今行っているのは未踏破領域探索、超高難易度ダンジョンを限られた情報で進む曲芸。図書室なら尚更怖いんだよ。下にどれだけの資料が眠っていたとしても、書物の精査には時間と大きな隙が出来るし。」
テツは少々助け舟を求める様にリザの方へと視線を送った。
「そうだな。さっきも2人掛かりでチェックしたが、こういうダンジョンの書物は魔法陣トラップの宝庫。安易にページを開いて顔面が吹っ飛んだシーカーも本にそのまま喰われた奴もいる。キャラバンが弱体化した今、曲芸って例えには一理ある。」
「でも――」
俯いたミカルゲの不安を払拭する様に、テツは口を挟んだ。
「ただ、終環点を狙うなら話は別。」
――終環点。それはシーラの核。
「僕はいつだって最善を探してる。ボクの思うここでの最善は、例えそれが不本意でも一回テヌーガを脱出すること。何故ならば帰路に掛かる影響、リスク、リソース、を僕らは知らないから。僕はナナシを除く皆の命を預かってる。少なくとも谷を越えて丘の上まで、帰るべき。」
「除くんかい……」
しかし小言を吐く俺とは対照的にテツの眼は依然光を帯びていた。
「――でも、テヌーガで僕らに小細工を仕掛ける何者か、待ち構えるモンスター、そしてダンジョンの摂理。その意表を突くやり方ならば、今ここから進んでもいい。それが僕の提案したい二つ目の道。”前哨基地を置いてのトライ”って言うのは礼拝室から行くやり方じゃない。」
テツの言葉に俺たちは顔を見合わせた。同じ道程、同じ困難を乗り越えてきたはずのこのクランで、たった一人彼女だけが違う光明を見出していた。
Tips
・終環点
『魔法制限領域{シーラ}には、大なり小なり魔法を広範囲に抑制するタネ、あるいはダンジョンを超高難易度に変質させたタネがある。それが探索士らが目指すゴールであり領域の核となる終環点だ。終環点にあるものは終遺物と呼ばれ、宝石、書物、偶像、食器等、売物になるものから杖、剣、指輪、盾等、実用的なものまで様々あり、触る、壊す、引き抜く、所有する等、何かしらの刺激を与えることにより作用させる。後、晴れてダンジョンに影響が及べば此れを{攻略}と定義されダンジョンが{終環した}状態になる。
終環したダンジョンには下記のような変化の例が確認されている。
☞・往路でシーラに生かされていたシステムがダウンし復路が容易になった。
・急激な魔素の正常化によりダンジョン固有種が温厚になった或いは死に至った。
・土壌が活性化し自給自足が容易くなった。
・魔法が扱えるようになった。
シーラによって終環した姿は様々であるが、総じて攻略の容易になったこの状態がどれだけ続くかについてはダンジョンごとに差異があり、数分で終環点やその機能が復活したシーラもあれば、多くの恩恵を授け、人々が集う大都市に生まれ変わったシーラも存在する。』