②鉄球
木製の大扉を前にして、不気味な気配の漂う一本道が伸びている。
「さっき言った通り、あの扉を守る様に天井の陰りに罠が有る。でも作動した痕跡が無いから警戒しながら進むしかない。」
天井はこちらから見えない角度で高く段差を持っていた。テツ曰く、その闇の中に罠が有るという。
「行こう。」
隊列は俺を先頭に恐る恐る進んでいく。後ろにはテツ、ミカルゲ、アルク、プーカ、リザが順々に歩みを進める。
「もう少し、あと三歩。」
テツの声に合わせ、三歩目を踏み出したところで眼前の気流が――フッと舞い上がる様に切り替わる。俺の視線は上へ、その鈍く銀色に輝く刃を捉えてバックステップを踏む。
「来た。」
――ザスッ!!
床の木目が深く斬れる。
「ギロチンですか……。まったく猪口才な真似を――」
「ナナシっ、次だ!」
テツが発するが早いか、ギロチンが床を裂いた瞬間に地面が後方へ斜面を作る様に傾いた。瞬間、大扉から垂直に真上を見た方向から直径三メートルはあろう鉄球が悪意に満ちた表情を覗かせるように、陰りから表れた。
「チッ、床が!!」
後方の壁が崩壊し、吹雪く外界が光を漏らす。その先は絶壁を望む奈落の底。俺は短剣を咄嗟に抜き去り、落ちる身体を滑り止める様に床へ突き刺した。
「ナナシッ!?」
――は?
「君だけだッ!!」
俺だけが後方へ落ちている。アルクの掛け声と同じくしてテツが俺と同様に滑り落ちた。依然、アルクたちは何も無いかの様に斜面と化した床を垂直に貼り付くように立っていた。
「テツ!!」
「大丈夫。」
テツはアンカーガンを床へ撃ち込み釣り下がる様に身体を制止させた。
「みんな、目を瞑るんだッ!!決して前を見るな――」
テツはそう告げ、斜面は角度を増やしていく。30度から45、50、55度。鉄球が地面に完全に顔を見せた頃、ミカルゲの身体が宙に浮いた。その時に俺は気付く、落下したギロチンに刻まれた円い紋様が紫色に鈍く光りを放っている。アルクは咄嗟に目を瞑りながら後ろを振り返るように首を振り。リザは腕で目を覆った。
「ミカルゲ。」
テツは地面を蹴り上げ、自分よりも下に落ちたミカルゲへ飛び付く。そしてミカルゲを掴んだまま背中越しのプーカが持つキャラバンへ指示を送った。
「リクエスト・タイタン――!!」
掛け声と共に目を瞑るプーカの背から巨腕が伸びる。
「ちょっと急に重いんッ!!!」
「四つん這いで踏ん張って、止まったらナナシが最後。」
エルノアが顔を出し、紋様を眼に捉え垂直に落ちる。しかし四肢はリザの腹へしっかりと着地し鉄球と向かい合った。
「ノアズアークッ――」
「おっ、ふわふわゲット~。」
リザが調子良さそうに猫を掴み、俺は床へ刺した短剣を足場に膝を曲げる。エルノアはノアズアークに拳を作らせ構えた。
「プーカ、頭から尻の方へ衝撃が来る!!その方角で前に耐えろ!!カウントッ――5!」
俺は頭上の鉄球を仰ぎ見る。しかし恐らくは目測では有るが、いやここまでこれば確実に、鉄球にも重力の傾きが作用していた。つまりそれは転がるでは無く落下する様にプーカの元へ降り落ちる。
「ウソウソッ、3、2、1」
「ウソって何ッ?!」
俺は飛び跳ね、巨腕が鉄球へインパクトするラインで右手を伸ばした。
――ガンッ!!
「ギッ!!」
プーカが重みを享受した刹那に掌底を合わせ鉄球を押し返す様に触れる。
「跳ねろッ!!」
拳を張った押す勢いで落下した鉄球は、殴られたゴムボールのように速度を上げて大扉をぶち破りながら吹っ飛んだ。俺は反動で折れたギロチンの刃を掴み地面に刺した。依然、その紋様は鈍く光っている。しかし、それを穿つ得物が無い。
――砕けろ。
念じるがピクリともしない、指輪の魔力切れだ。
「テツ、撃ち抜けッ!!」
斜面の角度は既に90度に迫っていた。つまり5秒も満たずに跳ねた鉄球が戻って来る。しかしテツの両手は塞がっていた。左手はアンカーガンを伸ばしながら、右手はミカルゲの胴へ。ミカルゲはそれを悟り咄嗟に叫ぶ。
「離してっ!!」
「分かった。」
刹那の判断、テツは躊躇なくミカルゲを掴んでいた右手をパッと離した。