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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第31譚{魔術廃校のシーラ B2編}
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①リガイドの覚悟:B2


「テヌーガ南西壁のルートは難しいだけじゃない。シーカーが規定した特別危険領域さね。」


 蝋燭の陽炎が揺れる丸太小屋のカウンターで、ギルドマスターは煙草の煙をくゆらせながら、いつもの皺枯れた声でミカルゲに言った。


挿絵(By みてみん)


「つまりライセンスでA級程度、通常のダンジョンがレベル5を天井に置いた上で、あそこはレベル7に指定されてる。挑み行く人材は特別上級シーカーともてはやされた傑物。そんな奴らですら真っ向から装備を整えて挑んでも無事には帰れないとする超高難易度。ただのシーカーなら、壁すら登り切れない。ミカ、客を踏み台にしようが利用しようが構いっこねぇさ。制限領域免除、アンタにはその権限がある。だがね、南西壁あそこ自分てめぇが簡単に死ねる場所だってことを忘れんなさんな。」


「分かってるよ、でも……」


「分かってないね。」


 マスターはミカルゲの陽炎の如く揺らぐ覚悟を一蹴するように言葉を遮った。


「攻略も進んでいないシーラの難易度が、どうやって付けられているのか知らないだろう?」


「なにそれ。」


「屍の数さね。」


 ミカルゲはハッとしたような表情を見せ、ゆっくりと苦い顔をした。


「あんたの両親。ここらの学舎の主席、外国のエリート、凡人共の大型決死隊。そしてテヌーガの知識を蓄え続けた、ここの案内士。」


 マスターは僅かに闇を照らしていた煙草の火をじりじりと灰皿に捻じった。


「あんたの言い分も分かる。浅層ほど損害が激しいなんてのは周知。夏期のモンスターと"紙喰い"を筆頭とした害虫共が今もテヌーガの隠した叡智を貪り食っている。文字通りに。」


「なら――」


「ならどうしろってんだい。」


 少し語気を強めた口調に、ミカルゲは一瞬身を引いた。しかしマスターの口調は憤怒のそれではない。むしろそれは哀愁に満ちた告白のようであった。


「あんたの両親が死んで以来、テヌーガが出す吉報に命と吊り合うようなものは無かった。ギルドの長として、情けないかもしれんがね。それでもわたしゃ見たく無いのさ。これ以上、育てた子供ガキどもが死んでいくのをね・・・。」


 テヌーガギルドの案内士には孤児が多かった。危険だからである。故にミカルゲは皆のことを家族の様に思っていたし、少なからず周囲もそうであっただろう。だからこそ、悲痛なその言葉をミカルゲは噛みしめていた。


・・・・


『それでもね。――あんたがコレだと思った奴がいたら、しっかりサポートしてやりな。』


 ギルドマスターは辛そうに言った。


『命を賭けて、ね。』



―――――――――――


{テヌーガ南西ルート、城館B2}


「家族みたいな人たちが死んできた。雪崩に呑まれて、地面に叩き付けられて、モンスターに喰い散らかされて。それでも皆が求めてきた場所に、今私は立っている。マスターは今も待ってるの、死んでいった家族を弔えるほどの何かを。その命が報われるような真実と叡智を。だから私は、諦め切れない。」


「その中には――」


 前髪を揺らし、凍てつくようなポーカーフェイスのまま鋭く目を光らせたテツが口を開いた。


「その家族の中には、僕たちはいない。」


 ミカルゲにとっては核心に迫る言葉であっただろう。苦虫を嚙み潰したような顔で佇む彼女は緊張したように指先を震わせていた。


「南西壁をクライミングした時のミカルゲからは、焦りと呆れが伝わってきた。きっと君はあの場所で僕が落ちても、命綱を切れた人間だと思う。だって僕らはF級クランだから、そもそも挑むに値しない。そしてミカルゲはそれを知っていた。僕たちが死にゆく人間だったと、知った上で制限許可を免除した。」


 ふんわり暖気の乗った空気が、また凍える様に纏わりつく。隙間風に刺されつつ、狼煙の様でありながら訝しげに燻る両者の火種をミカルゲは苦しく感じていたに違いない。


「そうよ。」


「そうなんだ。」


 しかしテツの方は本を片手に机に寄りかかっていた。ミカルゲからは無関心を装っているように見えるのだろうか。だがそれはテツの本心である。もう聞きたい言葉は聞けたらしい。


「そう、私たちは貴女たちと違う。このダンジョンが大事なの。でも南西壁に挑める極冬季は短い。でもこの神秘は、年を跨ぐごとに失われていく。そこの本棚もそうでしょう。きっと劣化や害虫による損傷が激しいはず。それに冒険者は遺産を盗む。だから私は、このチャンスを逃したくない。」


 テツはパタリと本を閉じた。ミカルゲは続ける。


「それに、もう。仲間として信頼されない。」


「そうだね。」


 劣化や害虫による損傷は激しいものの、本棚で見つかったそれらには貴重な価値があった。例えばテヌーガが宗教についても調べていたこと。とりわけノスティアの国教については大量に研究されていた痕跡があった。あとは戦争犯罪の判例だとか、処刑に関するいろはだとか。


「選別は終わったぞ。トラップ無しだ、外に出せる。」


 リザの声にアルクが続く。


出版物こっちのチェックも終わったよ。この机に置いてあるやつとテツの読んでる資料類ね。」


「プーカ、頼む。」


「えっさほいさ。」


 俺はプーカの背中を押して、本を収納する様に促した。テツも読んでいた資料を机の上に積み、ズボンの埃を叩いて息を吐く。


「さぁ、先へ急ごうか。」


 その目は確かにミカルゲを見据えていた。


「一緒で、良いの?」


「初めから一緒じゃないか。」


「でも私は――」


「勘違いしているようなら、言っておくよ。」


 テツはミカルゲの言葉を割って話した。


「僕は、ただ導くだけ。その為に君の意志を知りたかっただけ。ここで怖じ気づくようなら先へは進めない。でも諦め切れないって言うのなら、それでいい。護るのは僕じゃない。もしもの時、君を見捨てるのも僕じゃない。もしもの時、君を気絶させてでも帰還させるのは僕じゃない。僕は判断する。僕は判別する。それを実行するのは、君を含めた皆だ。」


「テツ。」


「ミカルゲ、僕の両親は死んだ。僕の家族はここの皆。それでも僕らには命の優先順位がある。1に自分、2に仲間、3に他人。冷酷だろうが僕からすれば、君は何も間違ってない。でも僕は可能な限り、みんなを生きて帰らせたい。」


 土産の整理が終わり、プーカが荷物を背負って立ち上がる。ミカルゲの意志は本物だ。彼女はやっとそれを共有した。ならばここからが、クランとしての本領だ。


「手伝ってくれるよね。」


 ミカルゲはしっかりと表情を見せ、口を開いた。


「えぇ。――そこに導きがあるのなら、この命を、貴女に賭けて。」







Tips

・A級シーカーライセンスの更に上位

『A級シーカークランの"先導手の最低条件"であるA級シーカーライセンスは、テヌーガ南西壁ルートの推奨級位であり、高度な技術と実績と知識を持ち、試験が実施される中では最上位のライセンスだが、シーカーの世界には遥か果てしない超難易度を誇るダンジョンに追従するようにして、実績に応じた更に上級のライセンスが存在する。それらはエルゾーンと呼ばれる最難関ダンジョン、神々の領域への切符であると共に、自殺許可証とも揶揄される位である。

 「以下はそれらを纏めたもの↓」

上位   トッププロ ・ 上級ベテラン A~

(新規改訂の三つ 連盟会議より追加決定。二等級SとAの間)

高位   ネザー   ・ 高級    (以下、通常S級とまとめて呼称)

高位   グラン   ・ 最高級

高位   ヴォイド  ・ 準特級


高位   マスター  ・ 特級  (怪物) 

最高位  アポストル ・ 極級  (怪物)…エルゾーンから帰還した者。

伝説(噂)ワールド  ・ エルゾーンを制覇した者。


 すなわちネザーを以て上に値するライセンスはS級と呼称されるようになる。ただしネザー、グラン、ヴォイドの三等級については単独でのエルゾーン踏破を許可されておらず、同等の上位同行者が必須であり、マスターシーカーに比べてかなり厳しい審査を突破しなければならない。逆に言えばマスターシーカーとはそれほど信頼に値する級位であるともいえる。

 またこれらはナナシが学院にいた頃改訂されたが、新規に3つが追加された理由は高すぎるマスターシーカーへのハードルを可視化する為であると言われていた。しかしエルゾーンと呼ばれる絶大な力(主にその見返りによる魅力)に対し、挑戦者を増やす為の各国の策略とも噂されており、A級とは確かに一線を画すものの、ネザー、グラン、ヴォイドの3クラスにおいては実力がほぼ平行線であると言われている。またマスターの実力を持ちながらも、犯罪等の倫理観や社会性欠如により昇り切れないという例も少なくない。』


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