⑩陳述:B2
――排除したはず罠が再生していた。一応客には伝えたんだが……
残りはクレバスに滑落した。谷底すら突破出来なかったよ。―――
―――凍傷が酷い。切断するしか・・・
朝に客と出たニカが戻らない。捜索隊を―――
――僕ら地元民はガイドを付けないんだよ。だからこっちはソロだけど、素人と行く君らの方がよっぽど勇敢なのさ・・・
歴史はあるけど、探索士は新しい人種なんだ。過信し過ぎない方が良い。特に異国のは―――
―――お、俺の仲間を返せ!!詐欺師ども!!頼む、頼むよ・・・
ミカルゲがニカの死体を見つけた。あぁ、滑落したらしい――
―――テヌーガでは案内士が推薦した冒険者の探索制限を撤廃できる権限があるんだ。君のお父さんとお母さんはそれで・・・
ミカルゲは天才だ。もう冬季探査に置いて右に出る者は―――
――靴屋が行方不明だ。またミカルゲが死体を・・・・
南の貴族が大所帯を寄越した。あぁ、あの独裁の。そう、このままだと全員死ぬぞ―――
―――不運な事故だったな。
ミカルゲ、また客が死んだようだね。いや、お前が生きてて良かった―――
―――ミカちゃん、もう危険な真似は!!
焦ってるかって?そうかもな。たぶんミカルゲは追っているのさ。両親の影を―――
―――僕は身を引くよ。あぁ、靴屋を継ぐんだ。よかったらミカちゃんも・・・
学院の亡霊が大所帯を狩ったらしい。死体?いや、それはまだ―――
―――死の壁、南西壁を登るのは幾らでも許可するさ。だが中には入るな。あんたが優秀な探索士を見つけるまではね・・・・
誰もいないんだ。なら、もういっそ―――
―――ミカ……
ミカルゲ?―――
――――――――
「ミカルゲ。」
「えっ?」
「足元。床の下が空洞になってる。気を付けて。」
「あっ、うん。」
テツはそう言った後、俺に目配せをして先頭を歩くように指でこまねいた。所在は登攀を果たした南西壁の入り口を1Fとした、地下2階に位置する場所である。地下1階はと言えば、不自然に引き延ばされたようなシーラの構造に押しつぶされる形で1部屋分のみの探索スペースと、その下へ続く狭苦しい階段しか見られなかった。
「みんな、向こう10歩先の天井が不自然に湾曲してる。たぶん奥の大扉を守るためのトラップだ、恐らく壁にもある。僕より後ろには下がらないで。」
テツは大法廷の入り口で見たような、見るからに何かありそうな部屋の扉を指差し忠告する。一方ミカルゲは、その何気ない一言に驚いた様子だった。
「そんな少ない情報で・・・・」
非凡な視覚情報の多さと魔素を含んだ気流を読み解く直感にも似た感知。しかしテツに慢心は無く、いつも通りのクールな真顔でミカルゲの背中を押した。
「アルクのきっかり後ろにいて、いざとなったら守りづらいから。」
優しさにも見えるテツの言葉に、ミカルゲは動揺した表情を見せ、そのあと少しだけ微笑んでから指示に従った。
「凄いね、初めて言われた。それと久しぶり、隊のお荷物になるの。」
「中段のお荷物枠守んのはテツだからな、分断された時とか私もそっち行きてぇや。」
リザは頭の後ろで手を組みながら、呆けた様に皮肉を言った。
「おいおい、こっちはウェスティリア魔術学院コンビだっての。...その、あの、後衛よりドリブルとか上手い――」
「いらねぇよ。頼むから3、3とかで別れないでくれ。頓死だ。」
確かに隊の並び順を見れば俺、リザ、アルク、ミカルゲ、プーカ(+猫)、テツと言った具合である。真ん中に壁でも降れば食糧庫と隊の羅針盤が後方に分断されることになる。食料も医者代わりもプロの探索士も、現地のガイド(魔法が使える)も、可愛いマスコットもいるんじゃ敵わない。俺はそんなことには構わず、何にも気にせず、全然傷つかず、大扉とは廊下を縦に挟んだ対面に位置する扉を開けた。
「資料室。いや、学院で言う研究室みたいだね。」
中には書物がびっしりと詰まった本棚に黒板やら天秤やらデカい引き戸のついた机やら、何かと「学問」じみたオブジェクトが散乱していた。
「汚部屋だな。寒いことが幸いというか、ゴキブリが出なくて幸いというか。」
俺はいつでも下がれるように一歩ずつ踏み出し、辺りに光を照らした。実に、こういった散乱状態であればワイヤートラップや最初に引っ掛かった魔法陣トラップのようなアナログ細工は、施せるところが限られてくる。
「見っけ。」
「左?」
テツが俺に聞いた。
「いや、身長だ。お前ら後方より前衛は背が高い。勝ってる。」
「そう。左にトラップあるから。あと、天井に魔法陣。」
アルクが驚いた顔でドア越しにしゃがんで天板を見上げた。
「うっわホントだね、良く気付くよねテツは。模様かと思ったよ。」
「マジであるじゃん、危なっ。」
「シーカー辞めたら?」
魔法陣トラップは全般的に落書きに弱い。俺は飛び上がりながら天井に傷を付け、散らかった書物の1つに指輪の効力を載せ、ワイヤーの方へ投げた。
「当たれ。」
意志を乗せ、指輪に内在する魔法分の効力が書物に上書きされる。適当に投げた固い本は不自然なバウンドを見せ、ワイヤーの方へ飛ぶように転がった。
「凄い。」
ミカルゲの反応と同じほどで、――カチッとワイヤーが切れ水瓶の落下して割れる音がした後、部屋の正面、左壁、右壁から小窓のような穴が刹那に4つずつ開く。俺はすかさず扉を閉め、廊下に身を引いた。
「しゃがんで。」
「え?」
テツはミカルゲたちを伏せさせると、刹那に――ガアンッと鈍い音を鳴らし、扉と部屋に接する壁に槍の矛先が現れた。俺はまつ毛に触れる程の距離で貫通した槍から離れ、一拍置いて壊れた扉を蹴破り、中を見渡す。
「大仕掛けだな。」
部屋の天井には鈍く紫色に光った不完全な魔法陣と、意気揚々と壁に突き刺さった計12本の大槍が見えた。
「アルクかミカルゲのどっちか、ノスティアの魔法陣に見識は?」
「うーん、高等な魔法陣は専門分野だからね。」
「そうね。陣に言語が書かれているなら別だけど――」
困り顔を見せる二人に割って、テツが部屋の中を覗いた。
「心残りがあったんだ。大法廷にもここと似たような仕掛けの痕跡があったにも関わらず。そういうトラップは無かった。代わりに襲ったのは、この大槍に似た魔法。」
アルクが頷く。
「確かに法廷に刻まれていたものに似ている。それならば見当は付くよ。この魔法陣の効果、一つ目は洗脳とか催眠系統、二つ目は再現性が付加されてるはず。上に有った奴はこれより規模が大きかったから、更に再現した大槍を操作出来たんじゃないかな。」
テツはそのままズカズカと部屋の中に足を踏み入れ、研究机に近づいていく。
「え、大丈夫なの?」
アルクの言葉に「うん。」と当然の様に返し、テツは机の上の資料を漁り始めた。
「人為的なトラップのある文明系のダンジョンは、屍によって簡易化していく。でも再現性があるなら話は別。むしろ悪意が絡めば難化する。例えば、冒険者に避けられた手段を改良したり。でも今、本物の槍が飛び出したということは、僕らは最初にこの部屋に足を踏み入れ、もっとも難度の低いトラップに晒されたことになる。」
「それって。」
ミカルゲの言葉に、テツの視線が鋭く尖った。
『最初で最大の好機。』
ミカルゲは息を呑む。いま、この隊は間違いなく前傾姿勢だ。おおよそ難度の跳ね上がりが予想される大ダンジョンの、もっとも幸運な順番で挑めているから。きっとその功績は歴史に名前を残し得る。ハーべストという街が羨望し続けた答えがここにはある。持ち帰れるものはきっと財産や経験だけではない。だからこそ、進みたい。だからこそ。
「帰る時は帰るぞ。」
――楔を打って、然るべき。
「気ノリしないことを言うんだ。」
テツは机に突っ伏し、資料を見つめながら淡々と話す。
「ウンザリするほど小心者。大きな結果を見据えてこそのシーカーなのに。命を賭けてるからこそ、それに吊り合うロマンだとか、夢だとか、そんなものを見据えて進むのが探索士だと思ってたのに。それなのに今更、自ら死地に赴いてる癖に、ナナシはそういう事を言うんだ。」
「テツ...」
ミカルゲはテツの冷たい気迫に押されていた。
「安全な時は危ない選択をする癖に、チャンスの時は安全を選ぶ。……隊の士気が下がる。臆病者のリーダー。弱虫、意気地なし。腰抜け。だからいつまで経っても無名のF級。」
「今はそんなこと――」
「違うよミカルゲ。」
しかし俺たちは知っている。テツという羅針盤は、決して狂わない。
「僕は、そんなユーヴが好きなんだ。」
呆れた様に笑うテツは顔を上げた。ミカルゲは立ち尽くしていたが、プーカは欠伸をし、リザとアルクは構わず本棚を漁っていた。そしてテツはただ一点、クランの不確定要素に対して真っ直ぐに目を合わせていた。
「この先、諦めないことを諦めて欲しい。思い出したんだ、僕がミカルゲのことを良く知らないって。そして思い出した。このクランはある意味寄せ集めで、チャランポランだって。」
「――だってさ、プーカ。」「ありがとうございます!」
プーカはシュパッと敬礼をする。
「異質なんだ。だから僕に合っている。でもそんな中で今、一番凡人で、シーラに固執していて、野心的で、盲目的になる奴が、真っ先に僕らに釘を刺せる。僕は知ってるんだ。ユーヴは仲間の為に、黄金に代わるようなキャラバンを粉々にできる連中だって。僕は知ってるんだ。そういう強さが、柔軟さが、探索士には必要なんだって。このクランは僕にそうやって教えてくれた。でも、僕には知らないことがある。君がユーヴに従える人間かどうかを。諦められる人間かどうか。正直に教えて欲しいんだ。」
テツはミカルゲの眼を真っ直ぐに見つめていた。そしてしばらく立ち尽くし、沈黙を裂いたミカルゲの返答は予想外のものであった。
「私は...」
ミカルゲは服を握りながら言った。
「……ごめんなさい。私は、きっと諦め切れない。」
Tips
・女帝の指輪 (エンプレス)
『セカイと呼ばれる少女が、ナナシの{木刀ゆぐまる}と交換した{皇女の短剣}をナナシが粉々にした為に新たなに授けられた魔法の指輪。皇女の短剣と同じく自然に魔素を溜め込む習性を持ち、持ち主が無魔であっても効果を付与できる。またシーラでも効力を発揮する為"潜具"と定義することも出来る。その効果は未知数であるが、物体に対して何かしらの命令を与え、硬化や柔化、鋭利化、挙動の操作などが確認されている。』