表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第30譚{魔術廃校のシーラ}
236/307

⑧傍聴席:キャンプ1

ダンジョンテヌーガ

・仮2F ユーヴサテラC1 『大法廷』


 早朝から出発をし絶壁へ、ミカルゲの予想に反し、かつ圧倒的な速度で登頂を果たした俺たちは現在、未開拓領域の安全地帯でお昼を迎えていた。


「鍋底に油を敷きベーコンを投下、さらにハーベスト街で採れたジャガイモやにんじん、キャベツを一口大に刻んで炒める。」


 俺は三角錐に展開されたテント型ノアズアークの中心で、火にかけられた鍋と睨めっこをしながら言った。


「火が通ってきたらユーヴで製作した『長期保存を可能とする瓶詰トマト』を鍋に入れ、塩とオレガノと呼ばれる香草を少々加える。瓶詰は高価だが家庭でも簡単に作れるので、ブリキの缶詰よりかは再利用できるものとしての付加価値が付く。つまりは売ってもよし、旅で中身を使っても良しの万能商品だ。」


 立ち昇る香りに鼻を鳴らしながら、ミカルゲはウンウンと頷いて鍋を覗く。


「ここに酒を追加して煮込めばより美味しいけど、休憩中とはいえダンジョンの中であるからして余計な手順は省略。身体を温めるショウガと唐辛子を加えて混ぜ、蓋を閉じる。芋は貴重な炭水化物源として米やパンの代わりになる。寒いと忘れがちな水分も、パワーの元となるカロリーも同時に採れるトマトベースの根菜スープ。」


「省略するくらいなら、そもそも簡易食で済ませればいいのに。」


 ミカルゲは不思議そうに溜息を吐いたが、リザは腕を組みながら自慢げに返答した。


「それがユーヴの強みなのさ。ノアズアークという貯蔵庫をここまで持ってこれる強み。時間的猶予。」


――時間的猶予。


 俺はその言葉に頷く。


「そう。確かにここは、C1と定めたセーフゾーンではあるけど。大前提ここは、侵入を図る歴戦の猛者を幾度と跳ね除け、あるいは吞み込んだ魔境の腹の中でもある。つまりは焦燥厳禁の闇の中。いくら人間の悪意が関与したシーラであるとはいえ、アウェイであることに変わりはないし。そしてやはり、安易に魔法は使えない。」


 ミカルゲは俯く。


「でも、もちろん今更方針を変えようだなんてことは言わないけど。私はずっとあの絶壁で足踏みしてきて、それで機会を逃して、挙げ句同じように機会を逃した冒険者を見殺しにしてきた。だから、なんというか、怖くて。」


 テツはその話に興味を持ったかのように顔を上げ、俺の言葉を補足した。

 

「でも結局は、チャンスを掴んでる。ミカルゲは僕たちとここにいるでしょ。それに高い所で袋が膨らむように、海底で水圧が掛かる様に、魔素の無い所でもそれ相応の異変とその順応が求められる。当たり前だけど、ここは僕たちが住んでいる場所じゃない。でもそれを認めているだけじゃあダメ。」


 湯気を抑え込んでいた蓋を取り、出来上がったミネストローネに近づきながら、テツはおたまを手に持って続けた。


「少しでも、この場所の人になるんだ。」


「この場所の、人...?」


 テツはスープをお椀にすくいあげ、その熱を手に伝えながら腰を降ろす。


「ここで吸う空気の匂い、環境の音、火の揺らぎ、気流の方向、そして、ここで食べる熱いスープの味。その全部が、深淵の中で、恐怖を掻き消す。」


 咀嚼と咀嚼。赤いスープを喉に通し、一拍置いて白い息を吐き出してから、テツはミカルゲと目を合わせた。


「だって。何処に居ようとも、どんな恐怖が迫っても、ここは僕たちがスープを飲んだ場所でしかない。今僕は、ここで学んできた人たちのことを想っている。そうすれば、何かが分かりそうな気がするから。きっとそうやって少しづつ見知った場所になっていくんだよ。そして最後には、その理想には、ここに住まう生き物が如く、歩みを進めるシーカーになれる。」


 回したお椀をそれぞれが手に取り、口へ運んでいた。匙から口の中へ。喉を通したスープが食堂から落ちて胃に回る。熱は胃の形を教える様に廻り、舌の上では香りと味の余韻が鼻を抜けて踊る。頬は咀嚼した食感を記憶し、熱に当てられ上昇する体温が意識を更に目覚めさせる。


「まぁ、後片付けが面倒なんだけどね。」


 一杯目をさらえたアルクが笑いながらそう言った。


「ここで学んできた人たちのこと……。」


 ミカルゲはそう呟くと天井を仰ぎ見て、細かく施された彫刻や壁画をじっくりと見まわした。そしてフッと笑ったあと、我に返ったかのように視線を大鍋に落とす。


「というか、こんなに作って大丈夫なの?」


「いつも足りねん。」


 ミカルゲの要らぬ心配を、不満げな顔をしたプーカが切った。



――――――――


「よし。」


 外の猛吹雪が気に成らなくなるほど、身体に熱が回っている。


「フォームポケット。」


「のあずあーく。ゲプっ...。」


 リザの声に、エルノアがさぞ他人事のように呟いて応える。


「頼むぞプーカ。」


「いやあ。」

 

 俺の呼びかけには、さぞ嫌そうにプーカが応えた。


「いつものことだろ。(最近は)」


「肩凝んねん。」


「飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯―――」


「っしゃあッ!!」


 トンビのように俺が取り出した携帯食料を掻っ攫い、プーカがノアズアークを背負った。


「燃料がいるのね。」


「そうかもな。」


 ミカルゲの小言に呟くように返答し、大法廷の扉を開ける。現在地は仮2FのC1。目的地は戻る様にスロープを進み1Fへ、階下覗き、更にその下の下である。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ