⑦大法廷:キャンプ1
テントの骨組みを残したように、ノアズアークが大きな三角錐に展開する。ここはテヌーガC1の法廷、ここには無論屋根があり壁があり、ノアズアークはありもしない雨風を凌ぐものではないが、三角錐の中ではオーパーツの特性上ある種の結解のような、いわば魔素の不可侵領域が薄く展開される。
「これこそが『ノアズアークフォームキャッスルVerプレハブ』略してプレハブだ。ふはは、いいだろう?」
リザが腕を組んで自慢げに話すがツッコム者はいない。なぜなら罪悪感があるから。
「いや――」
「ん?」
「なんでもない。」
皮肉屋の黒猫も開けた口をすかさず閉じ、お行儀よく座っていた。
「ふぅ...。それじゃあ状況を整理しよう。」
そう切り出したのは鉄器の計量カップに紅茶を淹れたテツだ。計量カップは量も測れるしコップ代わりにもなる。ダンジョンで必要な機能性というものを理解している優れモノ。テツはカップを置き焚火台の横へ立ち、自身のメモ帳を照らすように見せる。
「このシーラで僕らが侵入した経路から大体のマッピングをした。階数が分からないから仮1Fと仮称して、まず城館内部の入り口であるフロントから見えて二股階段を登った先が2F(仮)。1Fも2Fも同様に吹き抜けの廊下があり丁度2Fの中央奥にリザのいた一番大きな法廷があった。これが現在地。そして対を成すようにナナシのいた2番目に大きな法廷があのドアの先にある。あってる?」
テツは俺たちに確認するように顔を見合わせる。特に一部始終を見ていたというエルノアの表情を捉えると、エルノアはコクリと頷いた。
「次に、ドアを開けて吹き抜け横で崩落した床を下ると、フロントから通じる1F廊下に小中規模入り混じる4つの法廷が面している。全ての法廷に共通しているのことは黒板と、その裏に準備室のようなものがあること。特段この大法廷の準備室は城館の外壁に面した大部屋で内部構造は塔のようになっていて登ことも出来る。また窓の数がミカルゲの持ってきた写真と一致するから、塔から上部を3Fと括ってそれより上部には通路が無い。」
「そうね。城館の外を日頃眺めている私からすれば、窓さえあれば吹雪いていても大体の方位は分かる。」
ミカルゲは針が回り続けるコンパスを眺め、呆れた様に蓋を閉じる。シーラではよくあることだ。あらゆる現象の狂い。それは自然現象のみならず人体にも起こり得る話で、方向感覚はもっとも典型的に起こり得る人体の不具合。
「つまり、僕たちが攻略していくのはC1より地下の階層となっていく。これは今更だけど、シーラはその傾向として円環点(=ダンジョンの核)に近づくほど外部からの侵入が難しくなるでしょ。テヌーガの外観を見ると一見城館の中に、つまり魔術学院の建造物の中に秘密があるように思えるけど、より俯瞰でみれば話は変わる。全ての寮、城館、ルートからもっとも遠く侵入しづらい場所。」
テヌーガの写真を眺めるミカルゲは呟く。
「絶壁の、中?」
「そう。」
テツは静かに頷く。
「地下かぁ。」
リザは足を組みながら天井を仰いだ。
「地下にあるもの。呪い、死刑、罪人、法廷、亡霊。先駆者たちの死体は……?」
「死臭がしないのも気になってた。特にカーペットのような布、木製の机や椅子が多いこのシーラで先人の探索士たちの死体が、臭いすらも深淵に消えた。」
その先にある顛末は、おおよそ楽し気なものではないだろう。例えば故郷に隠されたロマンだとか自身のルーツだとか誇りだとか、そんなものはもはやこの学院には望めない。そこにあるのは圧倒的な悪意と、呪いを享受したものが感じ取れる膨大な呪いの吹き溜まり。超自然的な暴力をもつシーラを人が操れることは絶対に無いが、その膨大なパワーを人間は産みだし得る。事実として、シーラを人は産み出し得る。ここは恐らくそういう悲しい場所なのだと無駄に深読みしてしまう。違って欲しい答えとして。
新作;長編小説(約15万文字、一冊程度。)「電子競技部の奮闘歴」制作中につき本作休筆中。
全FPSゲーマーに送るリアルEスポーツ活劇。
カクヨムにて先行公開予定。→2023年2月10日