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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第30譚{魔術廃校のシーラ}
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⑤断罪


『スナワチ、貴殿ノ罪ハ奴隷商及ビ武器商トシテノ役目ヲ孕ム隊商ノ先導二尽力シタコトニアリ』


「どぅっ...」


『ナンダ?』


 一際小さな法廷で、声を上げたアルクを裁判長が睨む。その法廷には一人の商人と一体の亡霊しかいない。ただ彼らは互いに向き合い言葉を交わす。向けられた視線は敵意の眼差し。怯むアルクはおどけながらも主張を続ける。


「ど、あ。いっ、いいいいいいいいや、ちがっ、ちぃお、ちょっと待ってください。そ、その素晴らしい服装に見とれてしまいましてて、あの、その」


『服ナドヨイ』


『いや、っちょ。ばぼぼbぼ、ぼぼぼb僕の家系は確かにはは運べるものならなななっ、なんでも売物にするようなクズ野郎の家柄でしたから、いいやししかし、まともなものだって売りさばいていましたし何よりもそのあのその両こここっこここかっこ、国家間の、せっ政府間での合意の下に隊商は動いていましたし人々の生活の向上に対して一助となっていた側面もございまして、そそそ、それがで、そうっ、それが!!それっ!!」


 アルクは亡霊の服装を指差し、唇を一舐めして調子を整える。


「その、恨めったらしいほどに、優雅な優雅な服装でございます!!」


――タンタカタンタン。タンタカタンタン。


「南はサステイルの砂漠で鍛錬されました職人芸の針裁きを見ればと、商人は西へ赴き高原の羊毛、東は艶やかな綿を仕入れましてはそうっ、美しきかな宝石と装飾の国へ一流の素材を運びます。そして出来たそれを仕入れますは西の貴族共でございましたが、ノスティアのやはり高貴なお方からの、それはそれは気高き眼に入ればより快適に過ごされますよう暖かみのある服装へと改良がなされます。それこそがそのローブでございまして、特段それはノスティア特有のアズライトとアメジストが繊細な縫い捌きによりあしらわれました特注品とお見受けする所から、この学院の高貴さが伺える所でありましてっ」


『フン』


 亡霊は顎を撫でながら耳を傾ける。その態度は何処となく、先刻に比べ満更でも無いように脱力した様子。


「特に着飾られた装飾品の数々を見ますにあぁやはり、着飾られたそれらはさすればノスティアの一級大に相当する宝石類であることに相違は無いかと思われますから」


――タンタカタンタカ。タンタンタカタカ。


 舌が上顎にぶつかり、唇同士がぶつかり合い、発生する音のリズムが適度に離れて混じり合う。完全無欠な滑舌から耳に馴染む適度に癖の無い声量とその高低の度合い。それは音楽が万人を虜にするように、心地の良いリズムが旋律のように聞き飽きさせない。加えて卓越するのは洞察眼。注視するのは服装だけではない。仮面に隠された表情の強弱や身体全体の動きから該当する最善の喋り方を瞬時に当てはめ捻りだし、喋りの方向性を随時相手が喜ぶ方へ話題を増やす。


「高貴な学院で高位の証明をなされた勲章であることと考えられます。またその勲章とは別にローブ自体の装飾を見ましても恐らくは通常とは相違のあります縦線と横線の模様があしらわれているかと思います。それらは他の学院でも見られます高級教授の逞しき聡明さの具現!!」


『ソウカ、ソウカ。』


「その身なりはあなたの知性を証明する唯一無二の神聖。そしてその神聖を体現する一助として商いをするのが我々トレイダル大商家でありました。」


『ソノ通リダ。コノ装束は最高序位ノモノデアル。デハ、ソノ聡明カツ、知性ノ高キ私ガ答エヨウ。貴殿ノ隊商ハ数々ノ人間苦シメ二足リ得タ。東ノ綿花ハ一体誰ガ栽培シ収穫シタノカ?奴隷デアル。ソノ羊毛ヲ生ミ出ス為ノ民タチハ依然貧シイママ二、縫イシ職人モマタ正当ナ対価ヲ得ズ。極メツケハ先程申シ上ゲタ人身ノ』


「――知りませんでした。」


 アルクは一蹴するように、裁判長の言葉を断ち切る。ここまでの展開、話の流れ、その反論。すべてがすべて計算され尽くした大樹の葉先の如き無数のパターンの術中。その言葉を言わせるために、その話を捻りだす為に、そしてそれを覆し得る論理展開を持つこの状況を作り出す為に、アルクはここまで誘導した。


「僕はそんなことは知らなかった。そして知った今、家を抜け出し自分の道を歩いている。だから僕は今、僕の目指す隊商であり続けている。少なくとも今のところは。」


『ソレガドウシタ』


「――しかし可笑しい。貴方はそれを知っていて尚、その服装を身に纏っている。」


 アルクはヘラリとした面持ちを崩し、臨戦態勢に入るよう背筋を伸ばし始める。


「確かにそれはサステイルとイーステンの狭間、奴隷を保有する小国家のウズバンから仕入れた綿花を加工し、サステイルのハナド王国の不当な賃金で仕事をさせている不当な職人ギルドから道徳的には不当な低額で織らせた物であることに違いないが、僕がそれを知ったのは14の頃であり、丁度その時期から僕はトレイダルの大隊商の付き添いを辞退した為に除名されている記録が残っている。一方対してそれではそれなら、それを知ってなお未だにその服を身に纏っている貴方は、その横暴な立ち居振る舞いとは」


 アルクはパッと顔を上げた。


「――それは罪では無いのでしょうか?」


『...罪。』


 そしてアルクは気付いていた、交渉相手が欲している者を。何故ならばそれが無ければ、自分はとっくに殺されているから。ただ自分を殺すだけであるならば、微弱に敷かれた魔法陣の催眠も、仕組まれた誘導もこの法廷も必要が無いのだから。


「無知は確かに罪でしょう。贖罪など愚かかもしれない。しかし罪に気付き歩みを始めるものと、他者の罪に胡坐をかき己の罪に相対して尚行動しない者とでは、その差は図りしれないものがある。それは確かに拭えぬ罪であり、贖罪の善行すら無い怠慢という大罪をも孕んでいる。」


『メ、ロ...』


「僕は世界から、奴隷と貧困を無くすために旅をする。だからここで止まるわけにはいかない。そしてここで、もう一度あなたに問いたい。」


 最後にアルクは悪戯心に、ほんの少しの釘を刺す。


「罪人が、罪人を裁けますか?」


『ヤメロ』


 ――シャッ、と瑞々しい音が響き。亡霊が霧散する。


「うわぁッ!!」


 腑抜けた声を上げたアルクは瞼をゆっくりと開き、目を覆っていた腕を下げて光景を見る。それは裁判長が立ち尽くしていたその場所、霧散した中心部に向かい蒼白い大槍が無数に貫通していた。


「うう、ナナシどこぉ。」


 イガグリのようなそれもまた、蒼白い粉が吹き飛ぶように散っていく。紛れも無く、異常が常態化するダンジョンの日常。これはその一端をいなす、たかが商人の様相。





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