④死刑囚
一際小さい法廷で、頬杖を付きながらそいつは佇む。目の前に異形の亡者を見据えながら。
「むんー。ショウゲンダイ?ホウテイ?ヒコクってなんなん?リッショウニン?えっ?もっかいもっかい。ってかマフィアトノって何?」
『マフィア、トノ。』
「誰ぞマフィア=トノ」
『マフィアト、ノ』
「マフィアト……?」
『マフィア……、ト、ノ』
「マフィア?トノ」
「ソ。ダカラココ法廷、ソコ証言台。デ被告ハ、マフィアトノ関ワリヲ持チ、共犯二ヨリ多数ノ死者ヲ出シタ、時ハ遡ルコト三年前ニ』
「...ん?あぁー。なるほなるほ。」
『分カッタカ?』
「っで、マフィアってなんなん?」
『ホワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!』
裁判長の霊姿が頭を抱え、発狂しながら霧散する。
「なにしたんだ?」
プーカは首を傾げて不思議そうな顔をした。
「分からん。でも話ナゲっ。」
「同情するよ裁判長......。」
俺は法廷のカーペットを剥がし床の木板を確かめる。そこには確かに繊細に彫刻された陣が彫られている。壁も同様、法廷のサイズ感は確かに小さいがここは間違いなく陣の罠の中。人を貶める為の法廷。
「お前、気持ち悪くなったりしなかったか?」
「しやんね。それより騙されたんよ、ゴハン出やんかったんよ。それに寒いし話長いし。」
「ごはん?」
プーカは退屈そうに証言台に突っ伏し、語る。
「ナナシも食べに行ったんちゃうの?ラストミミル。プーカはまだありませんんん...」
腕の中に声を籠らせながら、プーカは無念そうに嘆いておでこを打ち付ける。
「――ラストミミル?」
プーカから零れた聞き慣れない単語。正直検討も付かないが、例え曖昧な証言であろうとも、それがプーカであれば糸口がほつれいてる。こいつはそういう奴。
「ラストミミル。でももしかして、プーカは記憶があるの?」
テツは核心に迫るよう聞いた。
「てっちゃん無いん?あぁ、きっと美味しすぎて忘れたんやね。ラスミミミル。」
「ラスミ?」
「ラストミールだ。」
首を傾げたテツを横目に喋ったのは、意外にもリザの腕の中でぬくぬくしていた黒猫だった。
「エルノア。」
「ここからはボクが話そう。流石に」
「記憶あったんだね。」
テツは若干疑うような眼をし、エルノアはその視線を焦って逸らして話を始める。
「ぜ、絶壁を越えた後、割れた大窓から学院に侵入したボクらはその先に広がる大広間で魔法陣に掛かった。プーカの催眠が浅いのはポケット(=ノアズアーク)を背負ってた為。プーカの記憶を覗き見ながらボクが正気でいられたのはポケットの中に居たからだ。」
髭を揺らして猫は語る。そういえば、最初に出会ったのはエルノアだった。
「だから俺の場所に駆けつけられたのか。」
「うん。」
プーカはそれを聞き殊更肩を落として嘆く。
「ハァ...、なんなんここ。このダンジョン嘘つきなんねんなんのんのん・・・」
「そうだね。シーラにして作為的な罠が掛けられている。」
テツもプーカに同意する。
「だから"くだらない"か。」
「うん。」
リザの言葉にテツはコクリと静かに頷く。それはきっと、冷静さと聡明さを合わせ保ちながら。
「く、くだらないですか?」
その言葉に反応したのはミカルゲだった。
「あっ、いや。ごめんなさい。その怒っているという訳ではなくて……」
「うん。」
すかさずテツは相槌を打つ。恐らく両者そこに悪意は無く、ただ一片の曲解があった。
「その(=人の悪意があるダンジョン)方が、危ない。……でしょ?」
想いに更ける。それは確かにそうだ。俺もそう思っていた。常人なら普通はそう思う。なんなら今でも思っている。しかしテツは、あるいはプーカも、そこに純粋なシーラほどの脅威は感じていない。そこにある肌感の違い、差異に対する警戒の方向性。それを伝えるたった一言。
「でも、ここはシーラだから。」
シーラだから、僕の右に出る者はいない。そんな自身。裏付ける経験値。
「人は地震を起こせない。シーラの力を人為的に利用しようものなら、そこには人としての限界値が有る。シーラはね、シーラ故に自由で乱暴で気ままに横暴で、圧倒的な暴力で人を殺す。でもそれ故に、僕らは平等。」
敵も味方もそこにはない。シーラに使われているならともかく、シーラを人が使うのであれば、そこには綻びが見えるだろう。特にこの学院には何かしらの心情を感じる。人間的で作為的な悪意。だがシーラを利用しようものなら、要されるは知識と知恵。知識とは書庫の容量、知恵は引き出しの滑り易さ、その対応数の多さ、付随する探しやすさ。
「ミカルゲ。シーラは、それと断定されるための絶対的な要素がある。教えて?」
「魔法が、使えない...こと?」
「そう。だから彼らは僕にとってガイドになる。魔法が使えない所で扱われる罠は不確定要素を取り除いた安全地である可能性がある。あるいはその考慮すらも利用した仕掛け。いずれにせよ、それらはこの深淵を照らすカンテラになる。」
テツは生まれながらにこの超自然に触れてきた。学者との違いは、それらに生で触れ続けてきた事。それは大書庫のようなシーラへの執着。つまるところそれは逆転の発想だ。そこには罠すら置ける余裕がある。あるいはそれらが風化した、あるいはあまりしない、という情報がある。テツはそんな僅かな情報すらヒントだと言いたいのだろう。
「くだらない。」
ともすれば、異常者め。
「それに魔法が使えなければ、このクランには最強がいる。」
「最強……?」
テツは視線を落として俺の方へ上げる。釣られてミカルゲもそれを追った。
「期待してるよ、プーカ。」
『アイサーッ!!』
敬礼したのは後ろのプーカ。リザは俺の肩を叩き、口元を手で隠す。
「ぷふっ。まぁ。――ぶふッ!!」
「おい、慰めようとしたのかな。煽ってるだけですよ今のところ。」
「いやッ、はぁすまん。……まぁそういう時っ。はぁはぁ。よし。まぁそういう時もアハハッ!!」
「煽ってるなお前、テクニカルに煽ってるなお前。」
事実、いや確かに、プーカは圧倒的に攻略の戦術幅を広げている。
「小さくても強い。」
「そうなんだ。」
特段長期戦略において、プーカの存在は偉大。灯された蝋燭の下、ボロきれのような地図を広げ机上でダンジョン攻略に更ける時、パズルを解くのに必要なモノを考える。それはペンでも消しゴムでも無く、ヒントでも無い。最念頭にあるのは制限時間。プーカが底上げするのはその要素。ポケットを背負えることこそが時に、クランの地力を底上げする最大要因となることもある。そしてそれだけじゃないところも。
「へへ、じゃあユーヴサテラのみなさんも中々侮れないですね。あれっ"みなさん"?」
・・・
「あっ。」
首を傾げたミカルゲを見てリザが声を漏らす。
「どうした。」
俺たちは何事かとリザの方へ視線を集め、
「アルクまだじゃん。」
『『『 あぁ~ ・・・・やっべ☆ 』』』
納得した。
「へっぽこクランめ。」
エルノアはボソッと呟き、ミカルゲは慌てふためく。
「えっえっだ、だだ助けに行かなきゃ!!」
しかし俺はふと思う。
「そう、でも、うん。まぁまだ大丈夫でしょ。」
「でーじょぶでーじょぶ!!」
「だーしょ、だーしょ。」
プーカとテツもそれに続いた。
「な、なにが大丈夫よ!!急がなきゃ、いや、もう間に合わないかも――」
「でも。」
例えば圧倒的な物量差のある戦争に徴兵され、敗戦濃厚で戦場へ繰り出されるようなとき。アルクは多分、死なないタイプ。「何で生きてんの」と、上官に不思議がられるタイプ。
「アルクは口上手いから、恐らく生きてる。」
そして多分、それは幸運とかではない。
――【探索士クラン『ユーヴサテラ』】
TIER:7
階級位:F
アーティファクト:黒き世界樹
血盟主:{プーカ・ユーヴサテラ}
潜具 :{ノアズアーク}
久々の投稿。期間が空いたのは投稿したはずの本文3800文字程が消えた為。割と力を入れていたが故に激萎えに次ぐ激萎え。新作なのに全文改稿しているようで苦痛でした。幻の4話目を披露したかったバイザウェイ。書いている時の気分はマフティー。執筆速度は閃光でハサウェイ。やっちゃいなよそんな偽物なんか。