③証言台
――雪原に烈火の華が咲く。彼岸花を逆さにして、それが白地で咲くように。大輪の割れた音がする。それは純白のキャンバスへ、赤い泥をぶちまけたように。やがて鮮やかさは黒に色を代え、猛烈は吹雪が白肌に刺すように、鉄の如く冷たい絶望が私の血さえも蒼く凍らせる。それは真っ白なキャンバスの中で。
「あ。」
キャンバスが染まる。
「あぁ・・・」
心の中で蠢く感情があった。不愉快な感情があった。度々感情が湧いた。何度も何度も蠢いた。やがて理解する。これは、この好奇の贄なんだと。
――あぁ、彼じゃなかった。
――彼らじゃなかった。
何度も目にした。何度も目にした。何度も目にして、やがて慣れた。キャンバスの中で、白地の心が真っ黒く染まる。もはやそこには熱が無い。烈火の如く燃える熱。涙が出るほど熱くなって、身体を溶かすマグマのような後悔。きっと私は心を失くした。それはテヌーガの絶壁を滑落する挑戦者たちの肉塊。一体何人が死んだのだろうか。彼らはきっと、私のエゴだ。吹雪に冷やされ真っ黒に染まるエゴの華。鮮血が黒に代わる。蠢くそれは侮蔑だった。
――私の性じゃない。お前らが未熟だったんだ。
――私は悪くない。
――身の程を弁えろ。未熟者がここにくるな。ここはテヌーガ。
テヌーガは浅薄者を愚者を無能を無知を愚鈍を阿呆を痴鈍を排他する。烈火のような欲は要らない。何度も挫け、挑み、知ろうとする純白の探求心。それだけがテヌーガへの登攀手段。それだけが人生の全て。
そして私は、私を知った。私はただの白痴だった。
『死刑。』
テヌーガは私を否定する。
「間違ってたんだ。人を踏み台にしていい筈が無い。誰であろうと命だった。あの華は、風景にある物じゃない。キャンバスにある色じゃない。命だった。分かってた。でもいつか、私はそれが当たり前だと……。」
「……で?」
「私なんか……。」
「……んで?」
「私なんか……!!」
「……なんで?」
・・・
「私なんが、死んでしまえばァ……!!」
ミカルゲに向かい、180度の空に浮いた蒼白い槍の羅列が飛来する。
「死ねばよがっだァ!!!!!」
走馬灯のように駆け巡るのは、とあるクラン。いつものように踏み台のように、それはいつも通りに。たった一つの客、一つの群れた命。ひとつの切符だった矮小なクランの影。
踏み台だった。屍だった。行けるはずがないと踏んでいた。無能だと知っていた。それなのに、彼らは何故かここにいる。
「違うよ。」
――ダァン!!と強烈な銃声が鳴り響く。鉄の噛み合い、コッキングを挟むリロードの音がする。
瞬間、魔法が解けたように視界が広がる。夢から醒めるようにその意識が絞られる。無数の槍に刺さりながら防ぐ馬鹿一匹に、その背中の陰で夜猫のように目を光らせるスナイパー。証言台の上で屈んで座るそいつは殺気にも似た厳しい眼光でミカルゲを睨んでいた。
「死のうだなんて考えない方が良い。僕の前で、僕のクランで。死のうだなんて驕りは許されない。そんなものは許さない。それは僕への侮辱。」
怒っている。そいつは瞳孔をかっ開き、威嚇するように猫背をグッと曲げて睨みつける。
「広がる景色は死よりも華麗に咲く。僕の導きで人は死なせない。僕の近くで死なせない。」
そこに燃ゆるは、ミカルゲが嘗て失った烈火の熱。ミカルゲは大きく尻餅を付き目を擦る。
「ここは僕の領域。ただ見据えるんだよ、その景色を。」
開けた視界に映るテヌーガの内部。そこに立ち並ぶ見たこともない異形の亡者。見たことも無い奇怪な教室。相対する彼らへ向かい、そいつは振り向いてライフルを向ける。ミカルゲが拾い、視界で捉えたその一幕。絶望にも似たその光景はしかし、咲くように広がる未知の世界であった。
「誰も死なせない。」
覗いたスコープ、捉えた照準。ライフルの吠える音がした。
―――ズガァアアアアアアアアアアンン!!!!!!!!!!!
馬鹿みたいな轟音。曇天の覗く天板。弾け飛ぶ蒼き霊魂の亡者。何者であろうとも穿つ大気と魔法の弾丸を放つは未知に挑みし狩人の得物。名は{大気狙撃銃}間違うこと無き、特定A級オーパーツ。
『閉テイ...、ヘイ廷...、閉廷...、ヘイ...』
四散する霊魂から自らが立つ証言台へ眼を落し、テツは淡々とコッキングの音を立てる。それは暗きに燃える蒼きカンテラの灯。
「くだらない。」
弱小クランを導き続けた、若き開闢者の小言。