②異議
――サステイル《南》に、神様がいるらしいよ。
どんな?――
――戦いの。
あぁそれは、難儀だな。――
―――――――――――
彼女は言う。亡霊のような青白い石化面へ、吐き捨てる様に。
「知ってるよ。堪らなくて眠れない夜も、いたたまれなくて死にたい夜も。それでも確かに生きてきた。縋る様に生きていた。赤い砂漠のその上で、脂と生き血の沼に溺れて、正しかったと言い聞かせて、正しかったと呪いをかけて。そしたらいつかアイツに出会って、間違っていると私に言った。……知っているさ。どれだけの歳月を掛けても、どれだけの仲間と出会っても、呪いは呪いで消えやしないし苦労は苦労で在り続ける。痛んだ古傷が私を呼ぶ。いつかの痣が私を縛る。それでも確かにその日から、私は孤独じゃ無くなった。」
冬季特別ルート:テヌーガ南西壁の上にそれはあった。古い魔法学校の城館の中に、法を司る者を導くための灯火。やがて学院は呪われる。その呪いにいち早く勘付いたのは、同じく呪いを享受するもの。実に法務官とは死神の代弁者だ。特段ノスティア法では、サインとギロチンを同名の手により執行させる。
『死刑二処ス――』
『異議アリ!!』
法廷を模されたその教室は幾何学的に緻密で繊細な木目の彫刻が施され、その律と秩序を乱すように、木片が空を舞っている。壊れた壁は内側へ吹き飛び、瞬間気配が静まり返った。
「よぉナナシ。」
エリザベス・アドスミスは呪われている。この議場は客人に罪を問う。しかし、俺の危惧した状況はそこには無かった。
「あれ、裁判長は?」
「今しがた消えたよ。よっぽどお前が嫌いらしい。」
「そうか。」
呪法は仙法や魔法と似て非なる技術。俺はリザに近づきながら机や床やらを蹴り飛ばし、手当たり次第に傷をつける。
「へいへいへいへい・・・・!!!」
「おうおうおうおうぉ、何してんのさ。」
「ここのやり口はえらく単調だ。法廷を模されたこの教室は一種の陣として機能してる。すなわち教室型の魔法陣。いや法廷型?とかく、だからこそ、その秩序を物理的に乱してる。」
行方不明者の多発するロジックも単純。テヌーガはその特性上、少人数での攻略が多くなる。理由としてはスタートラインで断崖絶壁への登攀能力が要される点。ユーヴ《うち》みたいに断崖を上下できる即席のリフトでも構築しなければ、多くの人間が学院に入る前段階でふるいにかけられるだろう。実際、ここまで人力で登ったのはテツとガイドのミカルゲのみ。ハーケンガンで楔を打ち込めばミニノアズアークによるエレベーターが完成する。
(一人乗り)
「へぇ。楽しそうで。」
リザは頬杖を付きながら溜め息を吐いた。
「ところで、えらく凛々しいスピーチをされていたようですが。」
「むっ。あ、ところで異議有りってなんだよ。」
リザは話を逸らす様にそう聞いた。
「異世界にある法廷モノのお決まり文句さ。「異議あり」つって反論するらしい。実際はそんなに無いみたいだけどな。」
「そりゃよかった。他は?」
「エルノアに向かわせた。ほら、このダンジョンは贖罪を問うだろ。その大きさに比例するように法廷の規模が増してるって思ったんだ。そこで教室の大きさからしてもココが最優先だった。俺の方はお前が最初だ。」
「おいおい、お姫様じゃないんだぞ。」
リザは立ち上がり、次へ向かう準備をする。存外ケラリとして元気そうだ。
「それもそうだな。」
「異議ありって言えよ。」
「めんどくせぇな。」
俺は木の床に大きく十字傷をつけ、傍らに「C1」の文字を刻んだ。
「中継地、というか簡易休憩地をここに置く。テヌーガが法学校だったって情報だけでも当分は飯が食えそうだな。それに加えてキャンプ地も開拓。ユーヴサテラの功績が増え財布も潤いウハウハ。」
「からの文化遺産への損害賠償で裁判に――」
そして急いで文字を消した。