無幻の魔女
第30譚{魔術廃校のシーラ}
「例えば、カルトについても調べているの。人は失えば失うほど教祖に依存していく。その行動も、食事も心象も身体すらも、差し出して痛くして縛り付けて、失えば失うほど奪われていく。失う程に好きになってしまう。依存は心を溶かしていく。」
「そう。」
「カルトの一部に変な格好をしている人がいるでしょ。社会的ではない言動や姿は社会や仲間という帰り道を断絶し、内輪の同調圧力や準ずる絆のようなものを深めていく。全てを差し出した人間の選択肢を潰すの。そして絶対的なものに身を委ねてしまう。判断能力を鈍らせ、ハマらせ、思考を放棄させ、心を溶かす。……君は、私に依存しているの。魂も魔力も名前も差し出して、もう何も残っていない。後戻りもできず、頼れるものも無い。朽ち果てた枯れ木のように何もない。空っぽの木偶の坊。君には私だけ。私を失くすことを恐れ、私の為に何でもする。私だけの傀儡。私は自由も力も栄誉も欲した全てを君から手に入れて、一方君は枯れ木のように全てを奪われた。」
そいつは距離を詰め、囁く。
「魔女なんだよ。悪魔のように君から全てを騙し取り、絶対的な力を手に入れた魔女。君に残ったのは依存だけ。君は私に縛られ操られ、差し出して、依存した。君にはもう私しかいない。君は私の為に死ねる。私の為にその身を投げ出し、私の為に心を擦り減らし、私の為に死ねる。死ねるの。死んでくれる。……ねぇ、そうでしょ?君は私の為に死んでくれる。」
「そうだな。」
その答えを聞いてそいつは更に距離を詰める。切なそうに、あるいはあざとく、胸元に頬と耳を当てて、心臓の音を確かめる様に。
ウェスティリア魔術学院・西の星見丘陵。春の風に吹かれたその地で、長い黒髪が踊る様に靡く。
「なら言うね。」
距離を取り、目線を上げたそいつの表情はいたって真剣で、鋭くて、
「君の為に死なないで。私の為に生きて。」
とても凛々しかったのを覚えている。
そしてその後、言葉に詰まった。
「君が私に献上した最後の奉納品。代わりに、私の短剣をあげる。君が望めばこれが君を守ってくれる。」
彼女は鞘に収まったダガーを手に持つともう一度距離を詰めて、腰の辺りに手を伸ばし、ローブの中をまさぐる様に結ぶ。
「これはずっと私と付き添ってきた私の半身。いざという時はこれを抜くの。君はもう戦わなくていい。ずっと私に依存して、守られてればいい。言ったでしょ依存は心を溶かす――」
そのまま彼女は背伸びをして、静かに呟いた。
「ずっとずっと私に利用されて。」
花の匂いに抱き着かれ、小悪魔の戯言が耳元で囁かれる。この世に絶対が存在しないみたいに、重厚な扉を軽々しく開く子供のように世界が転機を迎える季節。導かれるように手を取られ絶望が芽吹き瑞々しい大輪が弾ける様に咲く。きっとそれは堪え切れない蕾から血の匂いを漂わせて。
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{無幻の魔女}