③その館の中で
「五名様ご来店~!!」
魔導士の街の宿居酒屋。ギルド一体型ではなく宿泊施設としての情緒ある内装。夕暮れ時の到着は、若干の疲労感と、空腹と、それを打ち消す死臭に包まれていた。
「ナナシ。」
エルノアが鼻を鳴らして俺を呼ぶ。
「あぁ、穏やかじゃないことが起きてる。」
眉を顰めた俺の顔を伺うようにミカルゲが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いいや、なんでもないよ。」
関わらない方が良い。実際は関わることになる可能性が高くとも、関わらないスタンスを保っていた方が良い。俺たちは第三者だ。俺たちは第三者。
「ふーん。それなら良いんだけど。……あっ、こんにちはマリナさぁん!お客さん連れてきたよ~。」
ミカルゲは回る様に番台へ近付くと、エプロン姿のふくよかな婦人に挨拶をした。
「あらぁーミカルゲちゃん。お荷物がいっぱい。収穫祭は楽しかった?」
「もちろん。」
「そう、それは良かった。今夜はシチューを出す予定だから、お部屋案内したら手伝ってもらえる?」
婦人は俺と目を合わせて会釈をし、ミカルゲの肩を叩いた。
「はーい。お部屋の鍵を頂きまぁ~す、」
一方、肩の猫は不機嫌そうな顔で爪を立てた。
「ナナシ、僕はこんな旅館に泊まる気は無いぞ。朝起きる頃には鼻が捥げてそうだ。」
エルノアのボヤキを聞き流し、俺たちはツカツカとミカルゲの背中を追った。
「はぁい、お部屋は階段を上がって連絡通路を右、別館の207でございまーす!」
「ナナシ。」
「ナナー、なんか嫌な臭いするー。」
うちのクランで鼻が利くのはエルノア、次点でプーカ、そして俺だ。そして俺でも分かるほどに異様な臭いの元が近付いてきている。
「ちょうどご要人のキャンセルが出てねー、お部屋一等だしさっき掃除されたばかりだから、きっとピカピカでお布団もふわっふわだよ~。」
はしゃぐミカルゲの後ろで、プーカはテツの服へ顔を埋めた。
「どうしたの?」
「匂い嗅いでる。」
「うん。まぁ良いけど。」
「……。」
そして辿り着いた部屋は正に、臭いの元出であった。
「さぁ~、入った入ったぁ!!」
ミカルゲが鍵を回し、元気よく扉に手を掛ける。
「待った。」
その動きを制止し、俺はミカルゲの手をドアノブから離させ、代わりに握った。
「そんなに良いお部屋なら、俺が開けてもいいかな?」
「えっ、はいはい、もちろん!!お楽しみは人それぞれ~。」
ドアノブを握りゆっくりと力を込める。抵抗感は特に無い。
――ガチャリ。
その部屋は風を吸い込み、代わりに強烈な死臭を吐き出す。
「ん、ちょっと臭いね。」
ミカルゲはそそくさと部屋へ入ると鼻を鳴らした。
「スンスン。スンスン。……なんか、ごめんね。掃除はされてるはずなん、だけ、ど……。」
部屋を開けて正面に見える大きな窓。その手前に置かれた壺を前にし、ミカルゲは顔を顰めた。
「なんですかねぇ、これ。」
恐らくそれが臭いの正体。壺の上には壺蓋の穴へ通されたロープが置きダンスの上へ向かって垂れ下がっていた。
ミカルゲはその蓋へと手を掛ける。
「ダメだ。」
俺はその手を掴み、紋様の描かれた木蓋を覗いた。
「中に人が入ってる。」
「……え」
無論その壺は置きタンスの上に載るほどで、おおよそ人が入れる程の大きさでは無かった。しかしリットル換算で60は入れられるほどの水瓶にも似たもので、すなわちこれは、
「猟奇殺人。」
エルノアが、肩の上で呟いた。